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店内の内装はエスプレッソのクレマをモチーフにした色らしく
なんとなく落ち着く雰囲気
カントリー風のテーブル椅子 ほとんどの店内は無線LANが使える・・・
たまたま近くにドコモショップが スタバに比べると駅近くの店舗が少ないので
自然とスタバに行く回数が多くなるのですが
タリーズの方が静かで落ち着く・・・
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珈琲
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詳細
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モカの続きを少し書いてみます。
モカの名称はバリエーション・コーヒーとして使われることが最近では多いですね。
バリエーション・コーヒーとは、コーヒーにミルクやアルコールを加えたものです。
今でも喫茶店に行くと、ストレート・コーヒーとバリエーション・コーヒーはメニューに分けて書かれていたりしますが、チェーン展開しているカフェではバリエーション・コーヒーがメインで書かれていますね。エクセルシオールだと、バリエーション・コーヒーばかりのメニューの中に「本日のコーヒー」というのがあって、それがストレート・コーヒーだったりします。
エクセルシオールのバリエーション・コーヒーに「カフェ モカ」というのがあります。 これは「ココアにエスプレッソとチョコレートシロップを加えた、甘くてほろ苦い定番ドリンク」です。 このように、チョコレート風味がするバリエーション・コーヒーの名前に「モカ」が使われているので、最近ではこのようなテイストのするドリンクを連想することが多いかもしれませんね。 モカ色というのも、ミルク入りコーヒー色を指すことが多いようですね。 「モカ」はコーヒー豆の種類を表すこと以外にも、コーヒーに関連することに使われることが多いように思えます。これは、コーヒーの歴史と「モカ港」が強く関連してことに由来していると思えます。
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1600年頃にローマ法王クレメンス8世がコーヒーを「イスラム異教徒のみの飲み物にしておくのは惜しい、キリスト教徒の飲み物にせん」と宣言し、キリスト教徒が抵抗無くコーヒーを飲むようになったと伝えらています。 1614年、オランダが商館をモカ港に設置し、1615年にベネチアにコーヒーが伝わるようになりヨーロッパにコーヒーが普及しだしました。
4年後の1618年、イギリス人とオランダ人が初めてコーヒーの工場を建設しました。
1640年に商業目的でオランダ商人が初めてモカ港よりアムステルダムに運んできて販売し、
1645年にベネチアでコーヒーハウスが誕生し、続いてアムステルダムにコーヒーハウスが誕生しました。
有名なロイズ保険組合はコーヒーハウスが起源です。1688年頃にエドワード・ロイドという人物がコーヒー・ハウスをロンドンに開き、貿易商や船員などがたむろするようになりました。
ロイドは顧客のために最新の海事ニュースを発行するサービスを行い、保険業者たちがその店にたむろして取引の場として利用していたことに由来します。
オーストリア、フランス、ドイツ、アメリカにもコーヒーが普及すると、イエメン1国では供給しきれないほどモカコーヒーの需要は急増し、価格は暴騰しました。モカの町は巨万の富を築いたコーヒー商人たちの豪華な大邸宅が立ち並んでいたようです。
当時イエメンは世界のコーヒー市場をほぼ独占していましたが、オランダがコーヒーノキの苗木をイエメンから持ち出し、1700年代初期にはセイロンやジャワ島にコーヒー農園が誕生し大規模な供給が始まるようになりました。
次第にイエメンの独占が崩壊し、1839年イギリスが南アラビアのアデン港を占領し大貿易港に発展した影響とともに、衰退しだしました。
さらにモカ港は19世紀の中頃から、やや沖合いに潮流が運んできた土砂が堆積してできた砂地のため港としての機能を失い閉鎖されたようです。
(参考 全日本コーヒー協会HP コーヒー歴史年表他)
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10月1日は「コーヒーの日」でした。 全日本コーヒー協会という社団法人があって、そこが「コーヒーの日」を10月1日と設定しています。
国際協定によって、コーヒーの新年度が始まるのが10月というのが由来のようです。また、この日がコーヒーの年度始めとなるようです。 コーヒーを飲み始めた日とかが由来ではないんですね。コーヒーの起源については諸説あって定かではないようです。
こういう「○○の日」というのは幾つあるんでしょうね。 全日本コーヒー協会というのがあるのなら新日本コーヒー協会というのがあるのかなあと、つい想像しちゃいます。 全日本コーヒー協会は全日本コーヒー商工組合連合会、日本インスタントコーヒー協会など5つの業界団体を基礎に構成されてます。 |
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「モカ」も港の名前です。「モカ」は往年コーヒーの出荷港として栄えたイエメンの港名です。
モカ港はアラビア半島南西端にあり、紅海に面してます。
下の地図の”A”がモカ港のあるところです。
コーヒーノキの原産地はイエメンの対岸のエチオピアのアビシニア高原とか。
その後、イエメンに移植され、世界で一番最初に珈琲を飲用したとされるのがイエメン産であったらしい。
これを世界に広めたのがアラビア半島の商人達。
コーヒーノキとはコーヒーの木かと思いきや、そのままコーヒーノキでいいのです。コーヒーノキは俗名ではなく属名です。
コーヒーノキ属(Coffea)は、アラビアコーヒーノキやロブスタコーヒーノキ、リベリアコーヒーノキのコーヒーの3原種が属する植物の総称。その種子がコーヒー豆。
イエメン対岸のエチオピア産のものも一緒に輸出されたため、両国産のものが「モカ」と呼ばれます。
近年「モカ」と言えばエチオピア産の豆を指すことが多かったようですが、2008年5月、エチオピア産コーヒー生豆から基準値を超える有害成分が検出された事から輸入が規制され、日本国内では非常に手に入りにくくなりました。
「マタリ」は、イエメンのバニマタル地方で採取されたコーヒーのことで、最高級のコーヒーの1つです。
マンデリンと「モカ・マタリ」は最もハンドピックが必要なコーヒー。クリーンな味のモカマタリを作るには、時として3,4割捨てなければならないとか。
「No.9」は最高等級を表し、欠点豆がほとんどありません。
ブラジルとは逆で、N0.9、No.8、・・・・No.1の順になるようです。
独特の酸味とコク、「モカフレーバー」と言われ古くから珍重された豊かな香りが持ち味です。
『コーヒーの女王』、『コーヒーの貴婦人』と呼ばれ、独特の酸味と香りを持つ。 昔は『モカ』を一番多く買っていました。
たまに「ブルーマウンテン」をプチ贅沢で買ってました。
ところで、イタリアでは「モカ(Moka)」という飲み物があります。
モカ・エキスプレスで作られた飲み物はコーヒーやエスプレッソとは異なるもので、「モカ(Moka)」や「直火式エスプレッソ(stovetop espresso)」という語で言い表されます。
モカ・エキスプレス(Moka Express、又はモカ・ポット:Moka pot)とは、圧力をかけた沸騰した湯でコーヒーを抽出する方式の直火式のエスプレッソ・メーカーです。
モカ・エキスプレスの名称は、アルフォンソ・ビアレッティが1933年に開発し、ビアレッティ社がモカエキスプレスの名称で販売したところからきているようです。
以前紹介した、牛柄模様のは電動式でしたが、あれの直下火式のやつです。
デロンギ社はモカ・エキスプレスと同じ構造をしたものをモカ・マシーンと呼んで販売しています。
イタリアの店でだされる「モカ(Moka)」は全てモカ・エキスプレスでいれたものかどうかは知りませんが、エスプレッソ・マシーンでいれているのもあるんではないかと思います。
「モカ」のコーヒー豆を使って抽出てしたのが「モカ(Moka)」とイタリアでは呼ばれているわけではないということですね。
でも、エスプレッソぐらい濃かったらコーヒー豆の種類は関係ないかもという気がします。
そういえば、茶系の色をモカ色と呼ぶこともありますね。
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牛柄模様をモチーフにしたカプチーノメーカーと同じ柄のエスプレッソ・マシーンがありました。
これはスペインのASCASO製 DREAM carzy cowです。
同じデザイン・コンセプトのグラインダー・ミルもあります。
家庭用エスプレッソ・マシーンですが、業務用に使われる部品を採用していることもあってか、お値段が高いです。
ポッドタイプからでもグラインドしたコーヒー粉からでも抽出できます。
スチームミルクが泡立てられるのでカプチーノもつくることができます。
ASCASO社は1962年の操業以来、エスプレッソ・マシーンのスペアパーツを供給していました。
その後、スペアパーツの供給のみならず家庭用エスプレッソ・マシーンの開発・製造を手掛けるようになりました。
業務用のノウハウを活かした家庭用エスプレッソ・マシーンmodel DREAMは、100%アルミボディーに真鍮製ボイーラを採用していました。
スチームノズル・フィルターホルダーも真鍮製で耐久性が高かったようです。
カラーデザインが違う crazy ladybird red、dark black、polished aluminum等があります。 |




