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岡崎トミ子(日本人よりも朝鮮人にシンパシーを感じる反日おばさん)や千葉や管や仙石ら民主党の奴らをみていて、しみじみ感じること。
自らを被害者と位置付け、体制と戦う全き正義の側に自らを置いていることに何の疑問も持っていないんだろうなーって。
で、彼らにとって”体制”って、日本国そのものなんだろう。
自らを”日本国”と対する側においている。代表する存在でなければいけないにも関わらず。
だからこそ、岡崎トミ子は国会議員でありながら日本国民の税金を使って韓国に行き、
日本大使館の前、日の丸に×印をつけたその前で、うそつき韓国人(慰安婦とやら)側にたって、
(自信を持って)日本政府に抗議ができるのだろう。
かつて、私も自らを”被害者”の側に、置いていた。
その頃の私は、(多分)岡崎トミ子や千葉らと同じように、オヤジが嫌いで、自民党が嫌いで、日本が大嫌いだった。
しかし、あるきっかけで特亜の問題を知りはじめ、
在日朝鮮人、韓国人のことを知るにつけ、彼らが自らの”被害者性”をよりどころにして
声高に叫ぶその姿になんともいやな感じを受けた。
自らが正義の側にたっている、と1点の曇りもなく信じ、
彼らの言う”加害者”を糾弾する傲慢なj、そして醜い姿。
(しかし、彼らは本当に被害者なのか?知ればしるほどに被害者ではない)
”被害者然として、なんて醜いんだろう”
その時ハタと"自分もあの在日達と同じように”被害者”を自らのよりどころとしていないか?"と思い当った。
”あんな奴らと一緒になりたくない、被害者づらなんかしていたくない”
そう思うことによって、”被害者”意識が抜けてきたような気がする。
(何年も何年もずーと思ってきたことだから、そこから切り替えるのは大変なこと)
でも、被害者でいつづけることは、ラクだ。
”加害者”を設定して、自らを正義の側に置き批判していればいいだけだから。
被害者然とした在日のような人間にはなりたくない。
でも、岡崎トミ子や千葉バァや管やら仙石やらの民主党のみなさんは、
日本よりも、在日や韓国や中国にシンパシーを感じる政治家さんたちなので、自らを正義の側にたっている!
と信じて疑ってないんでしょうね。
(あっ、でも最近の管のおどおどした姿は、どうなんでしょう?)
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