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年末・年始 神戸に帰省した際に撮りました。
あらためて 美しい橋だなあと。
そして浜風は迫力の寒さです!でもめげない強さが必要だ。
母の実家は淡路島にあります。
私の幼い頃といえば、船に乗って海を渡っていくものでした。
※明石海峡は一見こんなに穏やかで美しいのですが、実際は潮のながれが荒く、ゆえに明石の鯛は(そんな厳しい潮のなかで育ちますから)身が引き締まって美味しいとか。
水平線を眺めていると、小さいことなど忘れて大きく視野をもたねばと何年ぶりかに思いました。
実際何度も慰められてきたことです。
遠くを行く船をみては、はるかな世界を夢みたものです。今もそれは変わりありません。
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洲本市には平成4年から平成7年3月まで転勤で住んでいました。
・・・ですから阪神淡路大震災を洲本市で体験しました。
そしてこの雄大な橋は工事中で完成はしていませんでしたね。
2012/1/8(日) 午後 3:04
Nさん、
そうだったのですか。私の親戚(高齢者)のひとりは地震のショックで認知症がでてしまったとききました。東北のことも考えてしまいます。
この橋は雄大です。私が好きなのは水平線と地平線かなあ。。。
2012/1/8(日) 午後 6:03 [ moc*imi*i05 ]
2010年11月15日の休止日に明石淡路フェリー(たこフェリー)で淡路島に渡り往復して帰って来ました。
http://blogs.yahoo.co.jp/kuramakaidou_nikenjyaya/17835777.html
洲本市に住んでいた頃には岩屋と明石の連絡船をよく利用していました。
2012/1/9(月) 午後 0:05
Nさま、
フェリーは何とかならないかと残念で;
連絡線=播淡汽船ですね。私は母親の帰省といえば明石と岩屋を思い出します。淡路交通のバスとかタクシーも。(♪あわじ、あわじこ〜つう〜という歌が流れていましたねー)山手線というのが路線にあって、これがなかなかワイルドな道を通ったこととか記憶です。
2012/2/4(土) 午後 11:15 [ moc*imi*i05 ]