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昨年は食べに行っていたのか?みたいな記事を書いてしまった大阪ヨーロッパ映画祭。
記事 → URL: http://blogs.yahoo.co.jp/mochimiki05/60585603.html(まったく映画と関係のない食べログになっています;反省です)
で、その食のヴィレッジにあったモンゴルの住居・ゲルの中に座ったその時、
そのテーブルに、冊子(公式パンフ?)の多分刷りかけのがカバー代わりに貼ってあったのですが
それがちょうど、映画祭の記事の
モーリス・ジャール氏に関するところでした。
(1924年フランス、リヨン生まれの映画音楽家。惜しくも昨年3月29日にこの世を去った巨匠モーリス・ジャールです。私は大ファンだったのでその急なお別れが信じがたくて、実はいまもホントか?と思っているほどです。)
ジャール氏が一昨年の大阪ヨーロッパ映画祭で名誉委員長の就任を承諾してくれたこと、そして彼が「日ごとに健康状態を悪化させていたにもかかわらず、自ら映画祭へ出席しました。なかんずく昨年の第15回大阪ヨーロッパ映画祭を彼とともに祝えたことが、私たちへのかけがいのない贈りものになりました。」
・・・という箇所が眼に入ってほんとに改めて驚きました。
ファン、観客が来るからには体調が悪いとかそんなそぶりをみせてはいけない、というプロの矜持だったのでしょうか、私はリサイタルホールでのジャール氏の矍鑠とした姿を思い出しました。彼は腰を傷めました、ということでしたが前向きでアグレッシヴ、とにかく後世のために受けて立とうというような強い意志を感じました。が、ほんとにそこまで健康状態が悪く、身を削っていたとはと驚いたのです。
その強い意志は伝わってきましたので受け継がれるべきだと思っています。まさにギフトだったでしょう。
そのときの記事→http://blogs.yahoo.co.jp/mochimiki05/57446451.html (2008年。すごく、すごく遠い昔の気がします)
モーリス・ジャールといえば『アラビアのロレンス』(監督:デヴィッド・リーン)が代表作です。
高校生のころ、名画を上映する映画館(こういうの今は消えましたね;)でこの映画を観た衝撃はすごかった。で、すぐに音楽にはまったのですが・・・その頃は今のようにダウンロードで自宅にいながら音楽が入手できる時代ではなく、まったくアナログでした。このサウンドトラックはたしかテイチク・パイだったかな?廃盤でした。。。のちにCDは入手できるようになったけど、とにかく今の時代のように(!)
音楽がききたいときに聴けるという状態ではなかったので、海外からはるばる取り寄せるしかなかったです;音楽も必要とあらば物流だったんですよ。
※今から考えると気の遠くなるような手間が必要だったんです。映像も音楽も情報も何もかも。今は受身すぎる世の中だと思う。
その「映画にはまる」キッカケを作ってくれたのがのちに(考えると)短い間だったけど私の親友になってくれていた人で、授業でたまたま後ろの席に座っていた人でした。私が気にかけていると知ると映画の上映時間をきちんと調べてくれて、休み時間等に映画の話をすることで仲良しになっていった気がします。
※よくわからないけど、きっかけは「アラビアのロレンス」という映画だったなあと思う。
とにかくはるばるとした時間の中でモーリス・ジャールがもし(この世に)いてくれなかったら?と今も考えることがあります。なくなったと知ったときにはほんとにショックでした。あれが最後の来日だったとしたらなおさらです。
※写真がでてきましたので追加で貼りました。
向かって右のかたが『モーリス・ジャールの軌跡』のパスカル・クエノ監督です。左側は通訳のかた。
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