まだ少々尾をひくじんましんで午前は病院でした。
総合病院にはあまりお世話にならない私ですが、
やはり、皮膚科、待ちまくりです(TT)ショがないわ・・・
この病院は採光の具合のせいか、とても明るい印象です。
それでも、外来でいくのでさえ気合がいるのに、入院している人々は大変だと思う。
近年病院のありかたも存在も建物ごと変わってきたような気がします。
お懐古だ、名建築だ、レトロがどうとか言っている私でも
病院という場所に限っては、まんまレトロ建築だとよくないのでは(当たり前ですが)と
家族の入院・通院のさいに思っていました。
相当前の話ですが、神戸大学医学部付属病院
(建築昭和5年・設計者:兵庫県営繕課・施工者:清水組)
本館(旧・県立神戸病院)の建物は「エントランス」がすごかった。
いまはどうか知らないのですが、外来はここが出入りで、上をみあげると
うわ〜というか、重厚すぎてむーんときてしまいました。
戦災をかいくぐってきた建物、というかんじでした。
親類のいっとき入院していた
三菱神戸病院もかなりな重厚建築だったと記憶しています。建築当時の最先端スタイルでしょうが・・・。
(建築昭和10年・設計者:三菱重工神戸造船所・施工者:竹中工務店)
こうして
資料をひっぱりだしてみていると、今度は震災で瞬時にうしなわれた建物の多さにも
気づかされます。こういうのもちょくちょく考えていきたいと思います。
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駅舎も、本来はすべてお懐古向きというか、あまりに慣れすぎてふと気づくと
すんごい建築だったなんてこともありますが・・・。
JR神戸駅(建築昭和6年・設計者:鉄道省・施工者:大倉土木)
なんて降りても「あら?神戸?」みたいな雰囲気漂っていた気が
しますが、好きでした。
水のみ場といい(鳩がやたら多かった)
トイレットがミョーに大きく広くて少々行きにくい場所にあったり
全般ものがなしい感じでした。
JR兵庫駅(建築昭和5年・設計者:鉄道省・施工者:銭高組)なんていつだったか、
「ここは戦後のにおいがする」と日記に書いた記憶があります^^;
阪急会館(建築昭和11年・設計者:阿部美樹志・施工者:竹中工務店)
まさか地震で崩れるとは思いませんでした・・・。
皆大好きな場所だったはずです。
きりがないので、またいつか勝手に語ります。
なんでか、たまごとじうどんが突然食べたくなってきました(なんで!?)
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ブログも、まさかのアレルギー出現で、
病院の話から建築、駅舎のおもひで話までホントにつれづれまくりです。
もちちゃん、なにかひとこと。
「からだにきをつけてね」
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