北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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(この文章は、学生Aさんが、コメント欄で寄せてくれたコメントに対する『反論』というか、私の見解の表明である。
本来、コメント欄に書いてもらったものは、コメント欄で返すべきと思うが、コメント欄は500字という制限があって、長文のコメントを寄せていただいたものに対して書くためには、書きにくいためにここに書くことにした。

当初は、まず長文で書いて、それを500字づつコメント欄にアップしようとしたが、それは大変だし、読むほうもきついだろうと思って、このようにしている。
なお、文体はいつもコメント欄でそうしているように、『です・ます』調にした。)


>学生Aさんへ
きちんとした議論を展開して頂き、ありがとうございます。
私のほうの『抗弁?』を書かせていただきます。

まず、私は小池都知事VS石原元知事という風には、この問題をとらえていません。というのは、私もまた小池氏のやりたいことが何なのか、よくわからないからです。


小池氏については、以前の選挙戦の時に、私が何を書いていたか(かなりのジグザグでしたが)を自分で勝手に振り返らせていただきます。

私は、当初、鳥越俊太郎氏を支持しようかと思って、この人の演説を何度か聞きに行きました。しかし、あまりにの都知事選への準備ができていないこと(都政に関する政策がほとんどないこと)、また例の週刊誌で報道されたスキャンダルについても、まともに反論すらできないでいること−−これらを総合的に判断して、『この人は(いわゆる革新系の統一)候補者たるにふさわしくない』と考え、支持するのをやめました。

その後は、小池氏などの選挙戦も見ていましたが、たしかに応援する人々(ただし、女性の一部にかなりの応援団がいたのは事実です)の熱狂はあるものの、彼女は、防衛問題についてタカ派なので、橋下氏と同様な問題があるのではと警戒していました。

小池氏に対する警戒は今でも続いています。しかし、彼女は、いわゆる左派(私も広い範囲でとらえれば、その一部とレッテルを貼られてしまうのかもしれませんが)の一部の人がいうように、簡単に『ファシズム』なる言葉でくくれるほど単純ではないようです。
あるいは、橋下氏とかあるいは安倍首相などとの連携を目指しているものの、今回の『森友学園』を巡るスキャンダルなどで、これらの勢力が沈没(あるいは勢いをなくしつつある。安倍首相は、まだ沈没したわけでは全くないと現状を見ています)といった状況なので、連携する相手が見つけ出せなくなって、一種、『方向性を喪失しつつある』状態なのかと思います。

だが、彼女が、安易に橋下氏や安倍首相らのグループと、直ちに提携しようとしないことに、彼女の『したたかさ』が見える(それはいわゆる左派が貼る『ファシズム』というレッテルよりももっと、強靭である)とも感じています。



さて、石原氏に話を戻しますと、私自身も、これまで一貫して石原氏を批判ばかりしていたわけではありません。彼が東京都知事に就任して、いろいろ『改革』とやらを始めた時は、『この人は、意外と人を動かす力があるのだろうか?』と考えました。

それは、前に記事の中に書いたような気もしますが、私の大学時代の知り合い(というか、その頃は、一種の『敵のようなもの?』でしたが)に、学生時代『民青』(ご存知かと思いますが、日本共産党の青年組織です)のリーダーの一人をやっていた人物がいて、これが都庁で働いていました。
(なお、私は、学生時代も、そしてそれ以降、20年近くもいわゆる『新左翼』系でした。
その後は、そのグループとは縁を切っていますが…。何となくヤクザの話のようになりますが…。この組織は『新左翼』系のなかでは、一番、『軟弱』とされていたグループの一つです。)

私が驚いたのは(これは一般の新聞記事にも書かれていたのですが)、都庁の労働組合で共産党系の活動家であったはずのこの人物が、石原慎太郎を評価するようなことを述べていたことです。本人と直接話をする機会は、ほとんどなかったのですが、どこかで短く言葉をかわした記憶はあります。
たしかに、(少なくともその時点で)彼は石原慎太郎を、『異能の人物』を動かすことのできる能力がある人間として、評価していたようです。


ただし、一般にも言われていることですが、石原氏はやがて、『興味を失ってしまった』のか、都政の『改革』はあさっての方向に行ってしまったようです。
もともと、石原氏は、絶えず『陽のあたる場所』を求める映画俳優のようなところがあるようで、あきたものは放り出してしまう癖があるのではと思います。ただし、都知事の座はなかなか手放さないで、(自分はろくに都庁に出勤せずに)誰かに都政を任せてしまう。

そもそも、このような『都政の運営の仕方』に今日のように、都政が『無責任のたまり場』のような(石原氏の好きな言葉でいうと)『ていたらく』に陥っていしまった根本原因があると思います。



石原氏の言われた『科学が風評に屈服していいのか』という趣旨の言葉についてです。たしかにこれは、『評論家』の言葉としては、気が利いています。だが、彼は評論家ではなく、都知事であった人物です。

また、豊洲、築地の土地や水質の汚染問題は、よくわからない部分が多々、あったのは事実でしょう。
(気になるのは、石原氏があたかも、『原発事故』以降に燃え広がった、『脱原発論』を暗に批判するような言い方でこの言葉を用いていることです。)

石原氏が元都知事でなければ、このような『気の利いた捨て台詞』で人々の拍手を浴びて、それでおしまい…ということになるでしょうが、彼は元都知事であり、知事を辞めて以降も、政党の代表格の一人になったりした人物です。
(また、尖閣の問題では、彼が『火付け役』だったと言って、過言ではないでしょう。)


政治家には、単に『言いっ放し』でなく、具体的にどのように決着をつけるのか、それを語る義務があります。
ところが、今回の『証言』でも、彼はほとんど何も語っていません。
だからこそ、『無責任』きわまりない、というのです。

彼の言っているような、『ピラミッド組織の頂点にいて、下々の人間、あるいは審議会の結論に乗っかって、決裁しただけ』などというのであれば、『政治家のリーダー』は必要ありません。
それこそ、自分はただ『神輿』の上に乗っていただけだ、といっているようなものです。

仮にそれが事実であったとしたら、そのような『組織』がそのままではいけない、というような反省(今後への指針)があってしかるべきです。
しかし、彼はそのような『提言』を行うわけでもない。

そして、上記のような『気の利いた言葉』を吐いたから、人々から喝さいを求めているとしたら、それこそ『ピエロ』です。

さらに、このような態度は、一方で『森友学園』事件で、政治家の資質(あるいは、『ファーストレディー』としての権限、機能と責任)について、議論が起きつつあるなかでは、『最悪の対応』といって良いでしょう。



石原氏の病気についてですが、たしかに私の書き方は、やや差別的なところがあったかもしれません。しかし、私自身、70歳に近くなって自分自身を『早期認知症』になりつつあるのでは、と危惧することもあり(その他病気もあることは、コメント欄などいろんなところに、時々書いているとおりです)、私から見ると彼は、『老人(病人)としての特権』を最大限利用しているように見えてしまいました。
しかも、彼自身、若い時には、『老人』や『病人』を徹底的にバカにしつくしてきた人物です。


今、『ブーメラン効果』という言葉がはやりですが、石原氏などは、『天につばする』行為を繰り返し、今、天から(自分が吐いた)つばが降りかかってきている人物として、記憶されるべきでしょう。
こういう人物に対して、私のような『老人』(そして、多少の病気も持っているもの)が徹底的に批判しなければ、一体、この『能天気な人物』は、誰が批判するのでしょうか?

私は、世の老人たちは(自分たちの『名誉』を回復するためにも)、このような(昔でいう瘋癲?)老人を徹底的に批判すべきだと考えています。
それが、むしろ、若い世代に対して、せめて(老人たちが)『できること』だと思います。
(なお、石原氏は、若いころは『馬鹿な若者』のふりをして、言いたいことの限りを尽くしてきた人物です。)


また、『証言』のメモについてですが、たしかに、彼の後ろに(中継画面でもうつって)いた人物が、しょっちゅう眠たそうな顔をしていましたが、メモを取っているようにも見えました。
たしか『補助者』というような看板も見えていたようです。最初は医者かと思ったのですが…。

だから、石原氏としては休憩時間中に、それをチェックしてもらうこともできたでしょうし、あるいは質疑の間で、話がわからなくなってしまったら、この人物と確認することもできたのでしょう。
(このことに触れないで、何もメモを取ろうとすらしないなどと、余分なことを書いたのは、私の『書き過ぎ』でした。)

いずれにしても、今回の証言の骨格は、彼の『明晰な頭脳』で決定したものに違いなく、そのような骨格の証言をすれば、事足りると考えること自体が、大間違いだということを言いたいのです。



以上、私のほうでどのように考えているかをまとめました。
批判などがあれば、歓迎します。







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閉じる コメント(15)

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石原慎太郎は何だったか。何でもなかった。論ずるに足りない男である。

違った、傲慢であった。勘違いが多すぎた。
要するに巨大なる俗物であった。

おいらの、一個先輩だけど…泣ける!

2017/3/22(水) 午後 2:22 [ mugai1234 ] 返信する

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> mugai1234さん
お元気ですか。怒りも『公の怒り』であるなら、必ずしも精神的に悪くないのではと思っています。石原慎太郎氏より、一つ年下ということで、身体がきかなくて大変かと思いますが、お互いに頑張りましょう。
何か、エールの交換みたいな書き方になってしまいましたが…。

2017/3/22(水) 午後 11:12 [ 北京老学生 ] 返信する

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老学生さん、丁寧なお返事ありがとうございます。お返事が遅れてしまい失礼しました。
本記事で老学生さんの仰る通り、あの百条委で石原氏は明白に先般の豊洲問題について、返答していません。しかし、私は、そもそも百条委を開催するべきではないし、石原氏を尋問する必要はないと考えており、その部分に老学生さんと大きな認識の差異があるように思います。 削除

2017/3/26(日) 午前 4:23 [ 学生A ] 返信する

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また、石原氏のような『能天気な人物』を、世代的に近い、自らこそが批判するべき、という老学生さんの発言には、一種、老学生さんの矜恃を感じます。とはいえ、その批判は、あくまで、その人物の発言と行動に限られるべきであり、病気や年齢といったものは、たとえ似た境遇にあるとご自身が認識されている老学生さんといえど、批判するのは、問題だと思います。病気や老化といった現象、存在は、正しく十人十色で極めて多様です。確かに、石原氏こそが、そういった十把一からげな批判をしてきた張本人と言われれば、返答に窮するわけですが、かといって、安易な、病気や年齢、性別など、本人が変更することが困難な属性を批判するのは、批判されるべきだと私は思います。 削除

2017/3/26(日) 午前 4:24 [ 学生A ] 返信する

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世間は籠池だ忖度だと騒がしく、石原氏の百条委員会出席など、もう遠い昔のように感じてしまいますが、例の豊洲問題は、何ら進展していないと言えます。問題の張本人で豊洲問題の脚本家とも呼べる小池都知事が、今後、どのような判断を示すのかは、なかなか興味がありますが、橋本徹氏にしろ、東国原英夫氏にしろ、あるいは昔の田中康夫氏にしろ、日本における「改革者」首長は、いわゆるポピュリズムの政治運動と言えますが、その方法、政策は、人件費の削減や公共事業、行政機構の削減など、緊縮財政的思考に基づきます。一方で、欧米では、公共事業の削減や公務員の削減に反対する反緊縮財政の運動を思想的背景に持つ、ポピュリズム(フランスのルペンやオランダのウィルダース、あるいはスペインのポデモスなど)が勃興しているのをみると、両者の差異は、かなり興味深く、観察する必要があるように思います。 削除

2017/3/26(日) 午前 4:25 [ 学生A ] 返信する

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> 学生Aさん
どうも有難うございます。私のほうだけ、記事として自分の言い分を書いてしまって、何となくフェアでない気がしてますが…。
さて、どう書いていったらいいのか戸惑うのですけど、私は小池都知事は、ほとんど評価していない(というよりも、この人が何をやろうとしているのか、よくわからない)のです。

その結果、彼女の動き、主張についても詳しくありません。強いて言えば、彼女が石原慎太郎を引っ張り出してくれたから、それに便乗して石原氏の姿勢を批判しているだけです。
こういう物事の論じ方は、『いびつな感じ』(逃げているような感じ)がしてしまう可能性があることも承知しています。

あるいは、学生Aさんとしては、石原慎太郎の口を借りて小池都知事を批判したいということなのかもしれません。そういう論法は、当然、ありうるかと思います。

2017/3/26(日) 午前 7:25 [ 北京老学生 ] 返信する

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それから、私自身は、石原氏の『病気や年齢』そのものは批判しているつもりはありません。少し余分な書き方であったかもしれませんが、そういうものを『隠れ蓑』にしようとしている状態に対して批判したつもりです。

だが、考えてみると、石原氏は昔から、世間の『常識』『差別意識』などを利用し、あるいはそれらをいろんな形で、攻撃、揺さぶらしながら、『発信』するのが得意な戦法でしたから、今になっても、その同じ戦法を(少し違った形で)使っているのかもしれません。

どこかそうかというと、彼は、『質問時間』を短くしてしまいました(結果的に、1時間半ほどはあったようなので、3時間→1時間になったわけでもないようです)。
そして、これは別に(石原氏が頼んだわけではないということなのでしょうけど)、少なくとも自民、公明の質問は、石原氏に対する実質的な『質問時間』をさらに減少させるような機能を果たしていたと感じます。

2017/3/26(日) 午前 7:28 [ 北京老学生 ] 返信する

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そういう『土俵づくり』の上で彼が何を言ったかというと、『青島元都知事からの引継ぎ事項のなかに、豊洲の件も含まれていた』とか、『環境基準というハードルについては、自分の時代に引き揚げてしまった』など、極めて重要なこともぽろっと言っていました。


だが、どういう訳か(全体的に時間が短いせいか、それとも一種、石原ペースで全体が進んでしまったせいか)、これらの部分に対して、質問者の側はさらに聞いていくといったことができていませんでした。
(これは、石原都政を擁護してきた議員が、大半であるという今の東京都議会に石原氏を批判させようとしても無理なのかもしれない、という気もします。)

学生Aさんがお書きになられた部分で、『ポピュリズム』といった風に、一律に切り捨ててはいけない、それは日本の『緊縮財政的志向』ではなく『反緊縮財政の運動』を背景にしているという部分があったかと思います。

2017/3/26(日) 午前 7:30 [ 北京老学生 ] 返信する

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これは興味深く感じました。率直に言って私は、日本以外のこと(特に欧米のことなど)はそれほど知っているわけではない(平たく言うと、ほとんど知らない)状態です。
トランプ大統領のこともあって、これではいけないなと思っているのですが、これはなかなか、短期間では切り替えが利きません。


私が、『維新』などの運動でどこが一番、嫌いかというと実は『身を切る改革』と称して、『緊縮財政』的なことばかり強調している点です。
特に議員の定数削減とか、給付(といって良いのか)削減ばかり主張しますが、現時点でも(失礼ながら)あまり良質な人々が集まっていないというのに、そんなことをしたら、さらに事態は悪化してしまう(特に後者の部分)という気がしています。

『政治』とか『議会』とかが嘲笑の対象にされれば、されるほど、まさにそのような人々しか、この世界に身を投じようとしない『悪循環』ができているというのを感じているからです(ですから、小池都知事のこういった風潮に賛同する部分は、全く評価していません)。

2017/3/26(日) 午前 7:32 [ 北京老学生 ] 返信する

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話を戻しまして、ですから欧米等のいわゆる『ポピュリズム』などと一括してくくられる政治勢力のなかに、どのような物があるのか、それはていねいに見ていく必要があるように感じています。

それは、はっきり言って(私は、安倍政権を批判する立場ですが)『反アベ』の勢力というか運動のなかにも(ある意味で当然ですが)、私としては違和感を感じる部分が、結構あるからです。

また石原氏の話に戻しますと、彼は、『科学は風評に膝を屈した』などと、気の利いた?フレーズをなげかけることを得意な戦法としていますが、この言葉を、さきほどの『自分はもしかしたら、環境基準のハードルを上げ過ぎてしまったかもしれない』と照らし合わせる、あるいは突き合わせる作業(そのような質問)が本来必要なのでしょう。

2017/3/26(日) 午前 7:36 [ 北京老学生 ] 返信する

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しかし、どうも石原氏にとって、『科学』というのは、『学会の権威の人の言うこと』であり、そういった見解が反映されている『審議会』での議論を経たことであるのだから、『素人』である自分としては、そのようにして上がってきたものを、そのまま『決裁』するしかなかった−−こんなことを言っていたように思えます。


だが、『3・11』を経たはずの日本において、このような議論が喝さいを浴びると、もし石原氏が考えるとしたら、石原氏の思考は、『3・11』という事件をパスしたままの状態なのではないか?、こういった疑問をぬぐえないわけです。


それに果たして、『政治家の政治判断』というのは、そのようなものでしかないと、これまで主張してきたのでしょう。
もっと強力なリーダーシップを発揮すべきだ、『官僚たち』の横暴を許してはならないと主張していたのだと、記憶します。

2017/3/26(日) 午前 7:37 [ 北京老学生 ] 返信する

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そのような、彼自身の過去の主張に照らしても、石原氏の発言は、結局は『過去の栄光』という身を守るものでしかなかった、という印象を禁じ得ないのです。

この程度のことしか、発言できないのであれば、何もムキになって、『決闘に応じる』みたいなことは言ったり、書いたりされなかったほうが、よろしかったのではないかと思います。

『屈辱』に耐えることはできない、というタンカを切って登場されたにしては、発言の中身がなさ過ぎた(結局は、部下に一任した、詳細は知らないということですから)と感じるのです。

何だか、前に書いたことの繰り返しに過ぎないという気もしてきますが、まあ、現状で考えていることは、この程度です。以上

2017/3/26(日) 午前 7:40 [ 北京老学生 ] 返信する

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石原同様認知症気味だから論争には参加しませんが、ひとこと!

石原の功績
‘盈爐諒顕戎諭政治家を誕生させたこと、
都民のダメさ加減を国民全体に周知させたこと、
A都に係るインパクトを与えたこと、

石原の非功績・悪い実績!
‥毀韻諒断、例えば山の手・田園調布優遇、下町・江東区ゴミ化、
屋上に屋を重ねる愚行 羽田空港拡張整備他
E埓唯我独尊主義 国政への不正干渉または不正利益誘導!
じ金の不正利用・職務怠慢
ヅ毀韻諒断・格差拡大
μ蟻霧い 豊洲・オリンピック他
Ц私混同…もう、有りすぎて書けません。

この問題は、東京に露出した日本の矛盾・もう再生は無理?

以上、昔都民、いまは違う日本国民の悲嘆です!参考までに!

2017/3/26(日) 午前 9:24 [ mugai1234 ] 返信する

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> mugai1234さん
有難うございました。たしかに功罪両方を考える必要があるのでしょうね。
私は、実はこのブログにも石原慎太郎に関してかなり書いてきたのですが、彼が都知事になってしばらくたった時点において、彼のやっていることを『評価していた時期』もあったのですから。

と言いながら、<mugai1234>さんが書かれているものは、ほとんど批判が中心ですね。
あと、私は、彼が都知事でありながら『東京映画祭』が、もっと充実したものになれていなかったのは、何故なのかという思いはあります。
意外と、『映画』のためにもあまり貢献していなかったのでは?(まあ、無理だったのかもしれませんが)という疑問も感じます。

ともあれ、石原氏を選んでき続けたのは、都民なのですから、彼自身のせいにばかりはできません(私も40年以上、ずっと横浜市民ですが)。<石原慎太郎というもの>を客観化することの必要性は感じます。もっとも、人間というものは、同じ間違いを繰り返す傾向の強い存在のようですが…。

2017/3/26(日) 午後 0:21 [ 北京老学生 ] 返信する

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> mugai1234さん
書き忘れました。彼の政治的志向性からすると、下町に対して行われた『東京大空襲』を後世にきちんと伝える施策に対して、財政措置をすべきだったのだと思うのですが、彼はしていませんね。

2017/3/26(日) 午後 0:23 [ 北京老学生 ] 返信する

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