北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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『安倍一強』で長期政権が約束されているかのように(権力者が)錯覚した状況のもと、政治の世界は、『一寸先は闇』であることを印象付ける事件が発生した。

昨日(25日)の自民党二階派のパーティーで飛び出した、『まだ、東北で、あっちの方だったから良かった』という今村復興大臣の『本音?』失言。

自らの政権基盤に『負の影響』を及ぼしかねないと、今村氏の発言の後にあいさつに立った安倍首相自身が、『東北の方々を傷つける極めて不適切な発言があった。総理大臣として、まずもっておわびさせていただきたい』と述べることで、会場は凍り付いた。

(安倍首相が、このような発言をしていなければ、会場のムードはさほど、変わっていなかったということであろう。)


今回の『事件』、実に象徴的な印象を受ける。
そもそも、この事件、勃発後少なくとも昨夜の段階で、『今村復興相辞任へ』というニュースがかけ巡ったが、実際に、『辞表提出』の速報が流れたのは、本日(26日)の午前10時前になってからである。

ニュースの映像を確認すると、今村大臣が首相官邸にやってきたのも、今朝の午前8時過ぎのようである。
それから、『辞表提出』のニュースが流れるまで、かなり時間がかかった。
おそらく、今村大臣ご本人は、『辞任』などしたくなかったに違いないだろう。

(ここからは、推測だが)今村氏本人は、いわば『自民党内における常識』の範囲内の発言をしたのだと思っている。
(しかし、安倍首相は、そのように世間から見られること自体を恐れているのである。)


ところが、安倍首相は(これも誰か、側近とか、菅官房長官あたりの示唆によってかもしれないが)、この発言を放置しておくと、自分自身の『任命責任』へと影響しかねない。

この間、『森友学園事件』などで、積み重なってきた安倍首相に対する『不信感』が一挙に爆発しかねないということで、『火消し』に回った。
だが、本音では今村大臣の『辞任=更迭』は極力、避けたかったはずだ。

なぜなら、第1次安倍政権は、『辞任の連鎖』で倒れてしまった。今回も、そうなるのではという『トラウマ』があるのだろう。
2012年発足の第2次安倍内閣以降(いちおう、現状は第3次安倍再改造内閣ということになっている)5人目の閣僚辞任だが、最近の状況を見ると、昨年1月の甘利前経済再生担当大臣以来のことだという。
何となく、この間、何人も『辞任』し続けていたような印象があるが、あれは全て『大臣以外』であったのか?


ともかく、安倍内閣の『道義的』『倫理的』腐敗はすさまじいものがある。
彼は、福島を、沖縄を、そして『広島』『長崎』を、さらには今上天皇を『踏みつけ』にして恥じることがない。

トランプやプーチンに抱き着き、現状では、北朝鮮の金正恩政権の『挑発』と戦うなどと言っているが、実際、北朝鮮とトランプ・安倍とを比較すると、どちらが『挑発』しているのか、どちらも『挑発』しているようにも見える。

あるいは、追い詰められた金正恩のほうは、自分が『挑発』されていると焦りを高めるだけかもしれない。
アジアのことについて、ほとんど何も知らないかのように見える『トランプ』に対して、『諫める』のではなく、安倍首相は、追従しているだけではないか?


中国と北朝鮮(あるいは朝鮮半島)とのこれまでの歴史を振り返ると、『北朝鮮が中国の一部だ』などというような発言をトランプがすれば、金正恩政権としては、むしろ『妥協』がしづらくなる。

習近平に対して、(ケーキを食べながら、シリア攻撃を明かすなどという)『恫喝外交』が成功?したから、金正恩に対しても『同じ手口』が成功するなどと考えるのも、『非常に甘い』という気がする。


そもそも、『朝鮮戦争』についても、アメリカと北朝鮮とどちらの側が仕掛けたのか、長く『論争』があった。今では、(ソ連崩壊後、流出した情報をもとに)北朝鮮の側が『侵攻』に踏み切ったということになっているが、いずれにしても双方の間で、当時、高い緊張関係があったからであろう。


このように、北朝鮮を巡る情勢一つとっても、安倍首相サイドの流す情報はあてにならない。『国際情勢の危機』を強調することで、総理大臣としては、『自分を支え続ける』以外には、『選択肢は存在しない』と国民に思い込ませようとしている。

しかし、安倍内閣は(もちろん、そのレベルは全く異なるが)向かうベクトルの方向性は、北朝鮮、あるいは、中国、ロシア(トルコも含めても良い)などの強権国家(強いリーダーと、国民に対して一方的に与えられる情報)の道である。

そして、現状、安倍首相の周辺は、(『森友学園事件』を乗り切った?という)安堵感に包まれている。うるさい今上天皇は、『特例法』で黙らせようとしている。
いわば、平清盛の『我が世の春』の状況である。
そこから醸し出される、『絶頂感』『無敵感覚』が今回の今村発言のようなものの『噴出』を引き起こしてしまうのだろう。



実際、安倍首相が最も『心を許す』大手メディアであるはずの『産経新聞』ですら、次のように書いている。

イメージ 1


これが本日(26日)の紙面。ここに次のような文章が掲載されている。

<(省略)安倍首相は今村氏が今月4日の記者会見で、福島第1原子力発電所事故の自主避難問題でフリー記者の執拗(しつよう)な質問に感情的となり、「二度と来ないでください」「うるさい」などと発言をしたことにも、周囲にこんな不満を漏らしている。

「挑発に見事に乗ってしまった。もっとうまくいなさなきゃダメだ」

ただ、いかに今村氏の失言が安倍首相の真意とは異なろうと、復興相に任命した責任は首相にあり、野党は当然そこを攻めてくる。安倍内閣への大きな打撃となったことは間違いない。(略)


これで吉野氏が再び舌禍事件を起こすようだと、安倍内閣の復興に対する姿勢そのものに疑心が向けられかねない。内閣は正念場を迎えた。>


これは、『安倍首相のスポークスマン』的な記者=阿比留瑠比記者の書いた文章である。
つい、この間まで、安倍首相の『無敵ぶり』をほめそやすような記事を書きまくってきた人物が、このようなものを書く。

そこに、『産経新聞』自身の『焦り』が見えるような気がする。


ただ、これで『安倍首相の首』を取った、と早とちりするのは避けたい。
これがもし、安倍晋三が首相でなく、例えば民進党の政権であれば、あのように同じパーティーの席上で、ただちに『批判の発言』が飛び出すようなことはなかったであろう。

このあたりが、安倍政権の『長持ちをする秘訣』であるとはいえよう。
それに、今回の『今村氏辞任』も、メディアに『今村大臣、辞任へ』という情報を流すことで、逆に今村氏を、『辞任せざるをえない状況』に外から埋め立てていったようにも見える。


安倍首相に対する『不信感』は根強い。
しかし、同時に、民進党だけでなく、共産党、自由党、社民党などの野党勢力に対しても、『不信感』が漂っているのが、今の状況だろう。

(案外、麻生大臣あたりが、『また、俺の出番が回ってきた?』とひそかに喜んでいるのかもしれない。
この男の、最近の奇妙な『張り切りぶり』を見ていると、そのような印象がぬぐえない。)







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ミンシントウ、かつてのジユウトウは毒を食らわば皿までも、政治のリアリズムを間違えました。

例えば大きくは、オザワ。小さくはオレンジスーツのおねーちゃん、タマキなんとかのかるさ、つまらなさです。
野党参議院でやっていたかと思うと、イナカの町の副町長、昔の助役サンにおさまっていたり、ケンカイは民主党国会は自民党、等と堂々とやって見せる訳ですから、いくらアホの百姓町人でもあきれかえっ手、シラネェヨです。

植松恵美子、本当に垂れんとさんでしたねぇ。、、いいえ、かきまちがい、うちまちがいではありません。保守、ど自民党の土地柄で行政の ナンバーツーがもと参議院でオレンジ革命等との賜っていたおねーちゃんで、、、うまくいきませんでしょう。

選挙民も劣化してるから、蓮舫とは男はなくな、などとなれあって代表戦をするミンシントウであるわけでしょう。 削除

2017/4/27(木) 午前 9:11 [ ] 返信する

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> ぜさん
今、成田空港からのリムジンバスに乗っています。さきほど、少し長めのコメントを書いたのですが、通信エラーで消えてしまいました。
もう一度、入力しなおすのは面倒なので、短めのコメントとします。
『政治』に希望を見いだせなくなったら、私は『政治』について語るのを止めるつもりです。
民進党も、自由党もダメなことは十分承知していますが、少なくとも安倍首相の政治を克服することが出来なければ、日本は(今以上に)悲惨なことになっていくと思います。
当面は、何らかの形で自民党系の人を含んだ形でしか(あるいは自民党系が中心となる?)『ポスト安倍』の政権は展望できないでしょう。しかし、それは新たな政治勢力を、日本人が育てることができなかったからで、いわば『やむを得ない現実』でしかありません。

2017/4/27(木) 午後 10:17 [ 北京老学生 ] 返信する

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希望がなくなったら発言しない、それはそれでひとつの政治的態度でしょう。

しかし、あえて言いますがその希望の質と量は、いかがでしょう。道端で寝転がって日暮をしている人は、希望、と言うメルクマールをどう聴くでしょうか。

私は、地方政治の立候補者として実にヘド出るような暮らしを人生の肝心要の時にやりました。子育て、自分の力と意欲の発揮されるべき時に、民主主義とか、此のままではw、とか、いつまでも大衆はバカではない、、、等と、、あなたの言う希望を持ってしまったのです。

無恥と野蛮、皿ねぶり茶坊主と執拗な村社会の継続、まぁ、古く言えば檀家制度と一列横並びの、政治的希望を冷笑するしかない日々でした。

シッシ、アッチ行け、シッシと追い払われながら最終的には落選の連続と言う形で終わります。多数決民主を認め、自分の公約が未達成ですから、コレデと自分からではなく、無惨におとされるまで続けるのは当然ですから、その結果は認めるのですが、では、私の希望は、どう考えればよいのでしょう。

希望など無くともさんざめき叫び、イギモウシタテを続けることが政治でしょう。 削除

2017/4/27(木) 午後 10:42 [ ] 返信する

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