北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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27日の夜に、台湾から成田空港に到着してから、今日で6日目。8日には、また台北行きの飛行に乗る予定なので、まあ、半分近くが過ぎ去ったという感じである。

今回は、台湾に2カ月弱しかいなかったので、まだ(台湾と日本の間での)気分のギャップは、それほどひどくはない。

(ところが)考えてみると、2008年に北京に(カミサンと一緒に)で出掛けて、それから半年ほどたって、初めて日本に『一時帰国』したときの『気分のギャップ』はすごく大きかった。
ほとんどめまいがする感じで、少なくとも数日は、そういう気分が続いた。

中国と日本の『空気(雰囲気)』の違いが大きかったからだ。
たとえてみると、日本では、赤信号を渡っていても、まずクルマにひかれることはない。だから、極端な話、本を読みながら(あるいはスマートフォンの画面を見ながら)渡ったとしても、基本的にOKであろう。

ところが、北京では、『歩行者優先』などではない。むしろ、それぞれが、『自己責任』で対応することが求められているようだ。

だから、赤信号でも(クルマが来なければ)渡るし、逆に青信号でも、クルマのことをこちらでよけることを念頭に置きながら、渡る必要がある。
台湾のほうも、中国ほどひどくはないが、似た感じがある。


また、日本では歩いているのは、皆同じ『日本人』といった感じがどこかに漂っている(実際は、外国人がいっぱいいるし、また、日本人であってもルーツが多様な人が存在している)。

こういうところから来る、どこか、お互いにもたれかかっているような『雰囲気』。逆にいうと、相互に監視しあっているような『雰囲気』。
こういうものは、恐らく『日本社会』特有かというと、それは、また違うのだろう。

韓国社会なども、よく知らないが、そんな『雰囲気』を感じないでもない。


こういった、(熱帯魚?でいうと)水槽のなかの『水の質の違い』のようなものが、たしかにあって、日本からしばらく離れていると、戻るのにしばらくの猶予が必要になる。

私の場合(何度もこのブログに書いているが)、子供のころ、親の仕事の都合で、日本とアメリカ(カリフォルニア州ロサンゼルス市)の間を何度か往復したので、こういった社会の『文化の違い』のようなものは、子供の頃(小学生から中学生にかけて)から感じている。

日本では、『みんなと同じであること』が要求される。ところが、アメリカでは『一人一人が自らの意見を表明すること』が求められる。
(もちろん、アメリカはアメリカでパターン化された部分があるために、だから、必ずしも180度異なっているわけではない。『自立した個人』を演じているだけで、必ずしも本当に、『自立』しているわけでもない。)


だが、こんなに『文化の異なる社会』を往復させられると、いつも『外国人』であるような気分が、どこか残ってしまう。
(そして、それはおそらく、私の性質を規定してしまうことになる。)

こうした子供のころのことを、60代の終わりにさしかかっている現在、再び、思い出してしまうのだ。
まあ、こういう気分を味わっている人は、日本にいる『外国人』、『帰国子女』、あるいはもしかしたら、『在日の人(の一部)』、仕事でいろんな国を行ったり来たりしている人など、結構、大勢いるのかもしれない(とは思う)。
(つづく)






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