北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。


昨日(7日)の午後、実は、いわゆる『護憲派』の講演会に出かけてみたが、中身はあまり面白くなかった。
講師が元新聞記者なのだが、講演慣れしすぎているのであろう、半分『漫談風』の話し方である。
それに何とも『ウケ』狙いのトークが多すぎる。
(聞いていて、これは『百田尚樹』氏のトークの『護憲版』ではないかという気がしてきた。)


相手(安倍首相等)をおちょくって、笑い飛ばすというのは、『楽しい』作業なのかもしれない。
しかし、それでは、いわゆる『護憲派』をも取り巻いている、『現実』の厳しさをはあs来ることはできない。
一部の人々(若者を含めて)がどうして、『改憲派』に惹かれたり、あるいは安倍首相に対して『信じたい』という気持ちになっているのか、それと向き合うことはできないのではないかと危惧する。

こういった、『内向き?』の集会が、それが『右』のものであれ、『左』のものであれ、好きになれない。もちろん、『日本国憲法』や『憲法9条』には現代的意義があると私は思っている。

しかし、それは『万能』ではないし、必ずしも『憲法9条』だけが、日本を戦争に(少なくとも直接的には)加担させないような状況を支えてきたのではないと思っている(自衛隊の存在、あるいは日米安保の存在も、あったことは『事実』であろう)。



さて、昨夜、自宅でテレビ番組(録音したもの)や映画『KANO』を見る前に、床屋に行ってきた。
(カミサンに日本にいる間に行くように言われたので…。もっとも、私は床屋に行くのが大嫌いである。)

昨夜は、『QBハウス』という『10分でカットができる』『料金は1080円』が売り物になっている店に行った。
日中の時間に行ったら、結構、混んでいるみたいなので、閉店(9時らしい)前の時間ならばすいているであろうと思ったら、まだ混んでいた。

(店のなかの掲示物を見ると、『土日祝日』は、『夕方以降の時間帯が比較的すいている』などと余計なこと?が書いてある。こういった掲示のせいで、この時間帯を狙っていく人が増えてしまったんだろうと推測する。)



さて、待ち時間が結構あったので、昨日(7日)の日中に書店で購入していた、この雑誌をもっぱら読んでいた。

イメージ 1


これは、かなり『右寄り』の雑誌なのだと思うが、この号では、『八田與一(よいち)』の特集を組んでいた。
4月になって、台湾にある彼の像が、元台北市議らの手によって、『首を斬られる』という器物損壊事件が起こったことが特集を組んだ原因なのかと思った。

その記事をよく読むと、もともと特集を組んでいた(5月8日が彼の命日で、毎年、慰霊祭が台湾で開かれるので、それに合わせたのだろう)のだが、この銅像事件が発生したので、そのことも記事の中で言及するということになったらしい。

イメージ 2


イメージ 3

上が、首を斬られる前の像である。ご覧のように、(普通のこの種の像に見られるように)偉そうなポーズをしているのではなく、地面に座り込むという、珍しい姿勢の銅像だった。
そして、下の写真のほうは、八田氏が多くの日本人、台湾人と協力して作り上げた『嘉南大シュウ(土へんに川の字を書く)』の位置を示している。

『嘉南大シュウ』というのは、大規模な灌漑システムのことである。
この雑誌を読んだのは、そのあと、(サイド)見るつもりだったDVD『KANO 1931 海の向こうの甲子園』のなかで、嘉義農林学校(ユニホームの略称が『KANO』だ)の甲子園での野球大会での『一大旋風』の話と並行して、八田與一が出てくるので、もう一度、八田さんがどういう人か復習しておきたかったからだ。


イメージ 4


これが、その映画の中の八田與一(俳優の大沢たかおさんが演じている)の姿である。
この雑誌、『右寄り』の雑誌だから、書かれていることが全部、デタラメで価値がないかといえば、必ずしもそうではない。
八田與一という人のことについては、それなりにまとめられていると思う。


それに、ここに書かれている八田與一の話は、『読み替え』ていけば良い。
『右寄り』の人たちは、八田與一の業績は、『明治の日本人の偉さ?』の象徴だみたいな話を好む。

しかし、実際は、(やはり、さまざまな差別を抱えていたり、新たに生み出していた)『明治・大正・昭和(特に戦前)』という時代にあって、他の『日本人一般』と異なる、『際立って個性的な生き方』をしたから、八田與一は、後々までも台湾の人々に顕彰され続けているのだと思う。

例えば、彼が推進した『嘉南大シュウ』の建設工事のなかで、やはり大きな事故も起きている。1922年12月6日には、今でいう『オイルシェールガス』に引火が起こってしまい、爆発事故が発生し、『50余名』(記事のなかに、そう記してある)の犠牲者が出てしまったという。

しかし、これらの犠牲者を悼む『殉職慰霊碑』には、日本人とか台湾人とかいう差別をせずに、その名前が混然となって記されている(これは、八田氏の考え方を尊重してのことだろう)。


彼の生き方は、『日本人と台湾人を差別することなく扱う』という一本、筋が通ったものだった。
それは、当時の台湾に住む日本人に『共通したもの』だったのでは、全くない。
だからこそ、八田與一が今でも、敬愛されているのだろう。
(この辺を勘違いしては、いけないと思う。)


そして実は、映画『KANO』に登場する、日本人監督・近藤平太郎(俳優の永瀬正敏さんが、『入魂』の熱演をしている)もまた、『日本人、漢族、原住民』の3者を『差別』することなく、むしろ、それぞれの『特徴』を生かす形で、チーム編成を行い、それが甲子園に登場するや、『怒涛の進撃』を開始したので、それがかえって『本土の人々』の興奮を引き起こしたのだと思う。
(つまり、近藤平太郎も、八田與一のよく似ているのである。)


映画『KANO』をもう一度見たが(これが、この映画を見るのは3度目か4度目である。映画館というか会場で見た、2回を含めての数だが)、記憶していたよりも、『日本語』ばかりが氾濫する不思議な外国映画である。

もちろん、台湾人の俳優(いわゆる漢族の人も、原住民の人も。ここで書いている『原住民』というのは、台湾での表記の仕方であり、そこには、『差別的な意味』は一切ない。日本語であれば、『先住民』という言葉のほうが近いかもしれないけど…)も多数出演しているので、なかにはイントネーションの変な感じのする、『外国語みたいな日本語』もたくさん出てくる。

映画のなかで話されている中国語は、いわゆる北京語ではなく、台湾語(ビン南語=ビンは、門構えの中に『虫』を書く字=)がほとんどみたいだった。
(もちろん、日本語の字幕が付いている。おそらく、台湾では、繁体字の中国語の字幕がすべてのセリフに付けられるのだろう。)

北京語と台湾語の違いは、あるネット上の情報では、『東京で話されている標準語と、沖縄の年寄りたちの話す沖縄の言葉(ウチナーグチと呼ぶらしい)』の違いほどの大きな違いがあると、説明していた。


また、この映画の中に八田與一の妻で、1945年9月1日(これは嘉南大シュウの起工式からちょうど25年後の日である)に烏山頭ダムの放水門に身を投げた妻・外代樹(とよき)も出ていたのかと思ってみていたが、出ていないようだった。

もっとも、近藤平太郎の妻の姿のほうは、かなりクローズアップされていたので、製作者の側の意図としては、八田與一の妻と、近藤平太郎の妻の姿を重ね合わせるように描いていたのかとも思う。

ともかく、8日の八田與一の命日を前にして、この雑誌を読み、さらに映画『KANO』をもう一度見ることができたのは、良かったと思っている。






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今日は。

漫談風に茶化して、、大いに反省です。私もネトウヨに見られるいちいち反論するのも自己嫌悪に陥るようなモノイイに、ついついヘラヘラおふざけて見せることがよくあります。

なるほど、おっしゃるように、スルリと事態の正確なファクトや深刻さ、さらにはその場に言わせる話すべき相手さえ、ふわりと重力のかけたものになっていきます。

大いにはんせいです。 削除

2017/5/9(火) 午前 11:00 [ ] 返信する

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