北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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ネットでいろんな団体やら運動体のイベント・スケジュールを見ていると、台湾の脱原発運動の視察に行ったという団体の報告会が、渋谷で予定されていた。

ちょうど、今年の3月から台湾(台中市)に住み始めて(現在は、『一時帰国』中だが)、台湾の事情がよくわからなくて、困って?いたので、『ちょうど、いいや』とばかりに出かけてみた。

昨日(6日)の夜に表参道の国連大学のそばの会議室で実施されたのだが、ちょうどこの日は、渋谷で、台湾の外国人福祉労働者(フィリピン人、インドネシア人など)の受け入れ問題を取り上げた別の集会も開催されていた。
どちらにも、興味があり、どちらに行こうかと迷ったが、脱原発の方にした次第。

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上のほうが、『台湾エネルギー革命 脱原発方針をかちとった人々の力』という報告用レジュメの頭の部分。

下の方は、当日のプログラム。
『FoE Japan』という環境NGOが主催して、行われた。


なお、集会の内容は、2時間のうち、半分がこの台湾の脱原発運動の報告にあてられ、残り半分で、東芝の経営状況(『国際的な脱原発の流れと没落する原発企業』)と日本政府の原発輸出計画(『世界に逆行する日本の原発輸出政策』)の2本の報告(それぞれ質問を受け付ける)という具合に極めて盛りだくさんだった。


この『FoE Japan』というのは、<地球規模での環境問題に取り組む国際環境NGO>ということで、<世界74カ国に200万人のサポーターを有するFriends of the Earth Internationalのメンバー団体として日本では1980年から活動を続けてきました>ということである。

ただし、日本の団体はそれほど世帯が大きいようではないが、スタッフは若い女性を揃えていて、かなり優秀そうな印象も受けた。


台湾の脱原発の視察報告を行ったのは、スタッフの深草亜悠美さんというかた。20代?の女性である。
(ちなみに、『東芝』の報告を行った人は、60歳代後半以降の東芝OBの男性、『日本の原発輸出計画』の報告を行った人も、やはり若い女性と面白い組み合わせだった。参加者もかなり高齢な人たちと、それなりに若い人たちの不思議なミックスである。全部で50人弱くらいの感じ。)


パワーポイント?の資料を映し出しながら報告をしたのだが、彼女が台湾を訪れたのは、今年の4月末の1週間で、台北周辺、台中、そして雲林(という南部の高雄の近くの場所)を訪れたようだった。

彼女の話によると、台湾を訪れたのは、これが初めてで、彼女は英語がかなり得意のようで(いろんな国際会議みたいなところで、英語で報告したり、議論したりしているらしい)はあるが、中国語はできないようだった。

いろんな台湾の情報も(通訳は同行したものの)現地のサイトの英語情報を、読むことが多いようで、蔡英文総統のことも(英語の呼称がプレジデントになっているせいか)、報告のなかで『総統』ではなく、『大統領』と呼んだりしていて、少しびっくりした。

(考えてみると、中国語を通してでなくとも、英語を通しての情報収集がもっとできるはずだと、これまでの自分の動き?を少し反省させられた。)


また、日本人の年配者が台湾に行くと(必ずのように)日本の『植民地』であった歴史から語り出すのだが、そういうこともなく、『蒋介石』の名前も話のなかに出てこなかったので、若い世代にとっては、台湾と言うのはそのような『新しい見方』もできるのかなと思った。

ただし、このような報告だから全く『成果』がないかというと、そうではなく、ある意味では『欧米風』な視点から、新しく台湾を見直すことができたような印象も受けた。

昨日のレジュメの資料を使って、台湾の原発について改めて振り返る。

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台湾には第1から第4まで4つの原発がある(第4原発は、2014年に建設中止となった)。第1から第3までそれぞれ2基、合計6基の原子炉が稼働している。
(なお、2015年の統計で発電量のうち、原発の比率は14%ということである)。


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特に問題なのは、第1原発と第2原発は、1987年に解除された(蒋介石政権で開始された)戒厳令のもとで、建設・稼働が進められ、今から考えるととんでもない場所に設置されているということである。

第2原発のどちらも台北市の郊外の新北市(=『新しい台北市』という意味。この市は首都圏のベッドタウン的位置づけを有している部分もある)に立地している。


第2原発の周辺の人口状況がここに示されているが、第2原発から30キロ圏内に何と540万人(台湾の全人口は、2350万人)が住んでいる。
80キロ圏内でいうと、1000万人が居住するという。

日本の場合だとなんだかんだ言いながら、実際には都会を避けて立地がされてきた。ところが、台湾の場合は、蒋介石の軍事政権のもとに、アメリカ製の原発が建設されたこともあって、首都である台北市のすぐそばに、原発が立地している。


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これは、2002年に第2原発の周辺で報告された、魚の大量死事件(『公式に記録されている数少ない原発周辺の異常事態・事故』だという。つまり、『公式に記録されていない』ものが、いくつもあるということだ)である。

台湾は、名だたる地震国でもある(台湾の島の中心部を、富士山よりも高い山の峰が走っている)。また、毎年、台湾の南の地域を『生誕の場』とする台風が、何度も襲ってくる。


第3原発は、台湾の南端に立地している。第4原発も、第1、第2と同じく新北市である。
第4原発は、いわゆる『日の丸原発』で、日立(1号機原子炉)、東芝(2号機原子炉)、三菱重工業(各発電機)が担当している(直接の受注元は、GE=ゼネラル・エレクトリック)。


2011年3月11日の『福島第一』の原発事故は台湾の人々に衝撃をもって受け止められ、脱原発の運動が急速に盛り上がり、2013年、2014年の大規模なデモ(2013年には当時の国民党馬政権のもとで、『住民投票』実施の方針が明らかにされた)によって、馬英九総統は、建設凍結を余儀なくされた(同時に、第1〜第3原発の寿命延長も断念している)。

なお、2013年には20万人の脱原発デモが行われている(という)。
台湾は、日本の6分の1くらいの人口規模であるから、これを6倍すると120万人のデモということになる。


この第4原発については、馬政権の前の陳政権(民進党)のときから、既に『第4原発中止』を公約に掲げていた。
それに対して、2008年の総裁選に勝利した馬英久(国民党)政権は、『第4原発早期建設・運転』を公約に掲げていたので、福島原発事故は、大きな衝撃であったといえる。

ネットでもう一度、確認すると、2011年は辛亥革命(1911年11月10日)から100年目の年にあたっている(翌1912年、『中華民国』が成立した)。
(2014年時点で)第4原発は、1号機が既に完成しており、稼働寸前という状態。

この稼働を断念せざるを得なかったというのは、いかに台湾全土で反対運動が高まっていたかと改めて、思わせられる。
(つづく)







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