北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。


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これは、『クーリン街少年殺人事件』と同じ楊徳昌(エドワード・ヤン)監督の作品で、この間(2度)見た映画『台北ストーリー』のパンフを並べたもの。

『クーリン街』というのは、本当は、写真のなかのような漢字を書く。
台北市に実在する地名のようだ。

この映画、4時間弱という長編で、おまけに50席未満のスクリーンのところで、壁際の席(といっても一列、通路から数人しか座る席がないが)、しかも隣3人は『若い女性ばかり』という悪条件?のなかで見た。
だが、席が意外とゆったりとしていたのと、映画の展開が面白かったので、『時間の長さ』を感じさせなかった。


これは、やや『意外』だった。
『台北ストーリー』でも筋がごちゃごちゃして、登場人物もやや複雑で、話がわかりにくかった。

『台北ストーリー』を見た時は、自分の年齢による『脳みその活動低下』のせいかと思って、やや焦ったが、どうもこのエドワード・ヤン監督は、わざと脚本のなかから『説明的な部分』を排除させた作り方をして(あるいは、させて)、『迷路のような映画』を作るのが作風のようであった。

なんとなく、昔、見たフランスのジャン=リュック・ゴダールの映画などを思い出す。あれは、筋がわかりにくいだけでなく、言葉が過剰でもあったが…。

外国語の字幕で、『表現』しきれるわけがないほどの量のフランス語が垂れ流される。ある種、『フランス語帝国主義?』の映画であるともいえる。
ご本人は、『アメリカ帝国主義』批判の映画を作っていると思っていたのだろうけど…。

ゴダールと比較するのは、よくないのかもしれない。
フランスの映画といえば、『去年、マリエンバートで』なども筋がわかりにくかった。

しかし、エドワード・ヤン監督の作品は、『わかりにくい部分』もあるが、映画の世界のリズムにひたっていると、『楽しい?』というか『ある種の快楽』を感じさせる部分もある。
何となく、昔の日本映画、藤田敏八監督などの作品で描かれた青春を思い出させるところもある。

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この映画、『〜少年殺人事件』というタイトルにもあるように、また、映画の予告編などで、すでに十分、告知がなされているように、1961年に台北市で実際に起きた<未成年の少年によるガールフレンド殺人事件>にヒントを得て作られている。

だから、映画の主人公は、建国中学夜間部の学生=張震(チャン・チェン)、通称『小四』(シャオスー)と、彼と不思議な関係を保っていた女学生『小明』(シャオミン)の二人である。
どうも、彼が彼女を殺すらしいということは、映画を見る前からわかっている。しかし、どういう事情で、どういう風に…。

そこが、残された謎であり、この映画の『最大の魅力』の部分である。
だから、そのことについては、ネタをばらさないようにしたい。


どちらにしても、この映画では、幾つかの殺人事件が描かれるが、どれも、ショッキングというか、後に『糸をひく』ようなものばかりである。

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この映画の、一つの魅力は、こうした殺人事件が、いわば『時代の流れ』とともに描かれていることである。
街には、戦車があふれていたり、たえず『戦闘訓練』が行われていたりする。

当時は、『戒厳令と白色テロ』の時代である。
主人公、『小四』(シャオスー)の父も、大陸からわたってきた、極めて真面目な教師であるが、台湾における政治抗争に巻き込まれ、『共産主義者?』の疑いをかけられたのかもしれない。

公安(『警備総部』と呼ばれていた)に、精神的拷問のような取り調べを受けて、精神をなかばやられてしまい、『自白調書』にサインをしたようだった。

こうした時代背景のなかで、何のためかわからない、抗争を繰り広げる不良少年グループが描かれる(もちろん、バックには、マフィアというかヤクザが存在している)。


そして、この不良少年たちは、同時に、エルビス・プレスリーにあこがれて、バンドを組み、英語の歌をうたっていたりもする。

しかし、時代は、(大陸から逃れてきた)国民党政権が独裁をしき、映画館等でも国歌が上映されたら、全員起立して、これに敬意を表しなければ罰せられるような状況でもある。

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ちょうど、15日付の『読売新聞』に、1949年から38年間続いた『戒厳令』が1987年に解除されてから、7月15日で『満30周年』を迎えるという記事が出ていた。

『クーリン街少年殺人事件』で描かれているのは、1961年前後の話だから、この時から、『戒厳令解除』までは、まだ16年ほど先の話になる。


今、台湾というと、『自由と民主主義』(それに、『親日』?)というイメージがあるのだろうけど、このような歴史があったことも忘れてはならないのだろう。

それに、今、中国共産党の政権は、『ノーベル賞受賞者劉暁波氏の死』のニュースにみられるように、相変わらず『闇』を残している。


また、不思議なことに、『自由と民主主義』の国=日本で、安倍首相の『明るい独裁?』の裏で進行するさまざまな『疑惑』が摘発されつつあり、『軽く、明るい独裁?』も危機を迎えつつある。
『軽くて、明るい』独裁?だから、より『罪が少ない』ということには、ならない。

(ただし、いつまた『逆転劇』が起こって、安倍首相らが『息を吹き返してしまう』か、出来のあまり良くない『ホラー映画』のように、その展開は予想がつかないが…。)






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