北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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昨日(31日)、日本では籠池・森友学園前理事長夫妻が逮捕された。
また、稲田前防衛大臣の(派手な)『離任式』、さらに『参考人招致は認めない』とする自民党の(前言を翻したかのような)態度などが、報道されている。

3日には、安倍内閣の『改造』が行われるということで、早速、『産経新聞』など安倍陣営のメディアに人事情報をリークして、雰囲気の盛り上げが画策−−実行されている。


正直、森友学園事件については、(加計学園事件と同様)不可解な点が多いと感じる。なぜ、籠池氏の安倍首相夫妻に対する態度が、あのように『真逆』と思えるように変わってしまったのかも疑問である。

同様に、自衛隊の『PKO日報隠蔽』疑惑に関しても、自衛隊あるいは防衛相内部のリークがなぜ、起こったのかという点が、(誰がどのようにして)『隠蔽』を図ったのかと同様に不明の点が多い。


だが、いずれにしても、『そもそも、森友も加計も何も問題はないのだ』と最近、論陣をはろうとしているかのようにみえる、(『月刊Hanada』や『WiLL』などの雑誌に代表される)『安部を見捨てたくない人々』の主張には、かなり無理があると考える。
(『安倍さん』と『加計さん』は『美しい友情』で結ばれているという議論を、本当の意味で、信じている人たちはどれほどいるのだろうか?)

このように、少しも問題は解決していないが、今日(1日)は少し別のことを書きたい。
(それに、昔から、結局何が『真実』なのか?うやむやなままに事態が推移した物事は、考えてみると一杯、ある。)

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一昨日(30日)から昨日(31日)にかけて、この本を読み終えた。
これは、王育徳という人(1924年〜1985年)という人が書かれた『「昭和」を生きた台湾青年』(草思社、2011年)という本だ。

<日本に亡命した台湾独立運動者の回想 1924→1949>という副題がついている。
この本は、先日、自宅マンション(台湾・台中市)の近くにある国立公共資訊図書館というところから借りてきたもの。
(この図書館は、1人、30冊、1カ月間まで貸し出しをすることができる。もっともそんなにたくさんの本を運べないが…。また、前にも書いたが、日本語の本が結構、たくさんある。)

日本への『一時帰国』から少したって、結局、『初仕事?』ではないが、ここから本を5冊ばかり借りてきた。



この本を読んで、例えば、以前見た、映画『KANO 1931海の向こうの甲子園』あるいは、同じ魏徳聖(ウェイ・ダーション)氏の作品系列である、映画『セデック・バレ』や映画『海角七号 君想う、国境の南』などの背景が、少しわかったような気がした。


この本は、筆者の王育徳さんが亡くなったのが1985年(61歳で逝去)だったのにも関わらず、出版されたのは、2001年でしかも(王さんの次女の)近藤明理(めいり)さんが、『編集協力者』として明記されている。

しかも、本の中心部分は、王育徳さんが41歳のころ(1965年?)に書かれた、ご自分の1924年から1949年までの『回想記』である、という非常に不思議な構成になっている。

1949年というのは、王さんが台湾で(蒋介石軍によって、台湾人3万人が虐殺されたという、いわゆる228事件の余波で)弾圧を受け、捕まれば殺されるという状況のなかで、妻と生まれたばかりの娘さん(明理さんのお姉さん)を置いたままで、単身、(香港経由で)日本に『密入国』(実質的な『亡命』)を遂げた年だった。


王育徳さんは、1965年ころに、1924年から1949年までのことを回想して書いた。
(なお、奥さんと娘さんは、親戚が日本に住んでいたので、それを訪ねるのを口実にして、1950年日本にやってきて、そのまま、彼らも『亡命』した。)

正式に王さん夫婦の『亡命』が認められたのは、1953年?ころ、密入国を自首して、正規の在留許可を求めた結果であった。

しかも、それが認められたのは、王さんが東大の大学院を出て、研究者の道を歩み始めたこと、さらに、王さんが卒業した台北高校の先輩の自民党の有馬元治という人物(当時内閣官房参事官を務めていた)が仲介してくれたこと、そして、東大の主任教授だった倉石武四郎氏ら複数の教授が『身元保証人』になってくれたことが大きい、という。


これだけ見れば、この人は、『エリートの恩恵』を得たようにも見える。

しかし、王さんは、結局、1949年に台湾を出国して以降、(亡くなる)1985年まで再び台湾の土を踏むことはなかった。
それは、蒋介石−蒋経国の独裁政権が継続しており、台湾はいまだ、『戒厳令』のもとに置かれていたからだ。
(王さんの兄も、228事件に巻き込まれて、国民党政権に殺されている。)

さらに、王さんは、死ぬまで『台湾独立運動』に参加(雑誌『台湾青年』を創刊)し、台湾人元日本兵の補償問題でも、リーダー的な役割を果たした。さらに、日本における『台湾語』研究の第一人者であったともいう。
(そういう意味では、王さんは、『エリートの責任』も十二分に果たしていたように感じる。)


王さんは、もうちょっとだけ(たった1年強だけ)長生きをすれば、台湾における『戒厳令解除』(1987年7月15日)を体験することができたかもしれない。

また、1988年には、蒋経国の死後、副総統だった李登輝氏が総統に就任しているので、王さんは、その後、台湾の土を踏み、故郷(台南市)に帰ることができたであろう。


というのは、この本の中にも書かれているが、李登輝氏は、1961年に2度にわたって、王さんと会って、深い話をしている。李登輝氏は台北高校で王さんの1期後輩で、当時、台湾大学の助教授だった。
王さんは、その日の日記に次のように書いている。

<家に帰るとR氏が来ていた。実に気持ちのいい人で、こんな素晴らしい台湾人に会ったのは日本に来て以来初めてだ。将来の独立に希望が持てる。>

このようなことを王さんが日記に書いてから、27年後、李登輝氏は台湾人初の総統に就任した(それまでは、蒋介石、蒋経国など、いわゆる外省人ばかりだった)。

これも、王さんが、生きていればまだ64歳前後の話なので、(もうちょっと長生きしていれば)十分、『見届ける』ことのできる可能性が十分ある話だった。


このように、王さんの年齢のことばかり書くのも、実は、王さんのこの本を読みながら、王さんより7年前(1917年)に生まれた、私の父のことを思い出していたからだ。

父は、一昨年(2015年)に97歳で亡くなったので、王さんと比べると36年くらい長生きしたことになる(7年前に生まれ、29年後に亡くなっている)。
だが、この本を読んで、(日本の植民地時代の)日本人と台湾人の関係など、『そうだったのか』と思わされた部分が多かった。

これは、ほぼ(王さんと)同時代の人であっても、別の台湾人が書かれたたことと随分、違っていた。
(つづく)






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閉じる コメント(4)

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おっしゃる通り、父母の年齢を自分にも重ねて、残り時間を考えることが多くなりました。

四十代なかばで、あっという間に死での旅路を急いだ父を 、今でも恨めしく思います。農家の長男でお前だけは自由に生きろ、といい続けた癖に年寄り子供をぜーんぶおいていきました。

二度の目の司法試験に失敗した私は、ただのいちどの正規の就職をせずに生きてきました。扶養手当とか交通費、失業保険ももちろん無い暮らしです。

しかし、翻って考えてみれば彼のように志を掲げて生きた人には、おだやかな老後さえ、父と同様になかったのですから、もう私の子供の年のままで微笑む顔を見ると、言うことばがありません。

こうやって、農村を切り捨て、いつだって僅かの補助金やえいぞくせいのない、その場かぎりの政治をやりつづけこの国は、早晩、滅びるでしょう。

農村が枯渇すると言うことは、山深い谷の湧水、大都会の源流が消える訳ですから、青年も、都会も子供たちも、、でしょう。

まるで、年末の歌合戦の出場者見たいに、空騒ぎさせたい政府と空洞化した代表議会に、封建さながらの二代目さんだいめの、ばかさまをおくりつづける、 削除

2017/8/1(火) 午後 9:44 [ ] 返信する

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> ぜさん
>この国は、早晩、滅びるでしょう
お言葉ですが、私自身は、『国』というものは、そう簡単に滅びることはないと思います(『国家』は滅びるかもしれませんが?)。
仮に『滅びた』としても
>農村が枯渇すると言うことは、山深い谷の湧水、大都会の源流が消え>る訳ですから、青年も、都会も子供たちも、、でしょう。
という風にはならないのではないだろうか…?
『世の中』というのは、いつだって『不公平』なものです。
それに、どういう災害、ピンチがあったとしても『金』があったほうが、それから切り抜けられる可能性が高いと思うからこそ、人々は『金』を求めるのです(だと、思います)。
私の友人も、『司法試験』を受験し続けて、断念した人がいました。試験というのは、必ずしも、本来、最も『向いていたり、また意欲もある人』を選別する仕組みにはなっていません(というような気がしてます)。

2017/8/2(水) 午前 8:38 [ 北京老学生 ] 返信する

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> ぜさん
>この国は、早晩、滅びるでしょう
ですが、福田元首相が、(言葉としては)似たようなことを言い出した?というので、びっくりしています。
それにしても、『閉会中審査』とか『臨時国会の開催』を野党が要求していたはずなのに、いちおう野党第一党の民進党の代表が、1カ月不在とは?!
いつ、安倍が解散をしかけてくるか分からないのに…。
今や野党の代表は、福田氏、あるいは籠池氏、前川氏なのでしょうかね。

2017/8/3(木) 午前 8:39 [ 北京老学生 ] 返信する

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一個の選抜試験に、限らず❰能力とやる気力❱が分岐点でしょう。

そして、思い通りに行かぬ多くの負け犬の遠吠えをオキミアアゲにして、ことごとく、すべからく平等に寿命の最終一直線へと、此も一人の例外もない至極、平等な段取りでしょう。

私は、福田とは、能力や情熱において全くの対岸に属する人生であり、イマ現在のくらしの現実でしょう。

ただ、一つだけ同時代への絶望的な観測、もうココマデ墜ちるものかと観ている点が共通しているのかも知れません。

私の絶望は、サラニおどろおどろしくて、その能力と情熱にふさわしい国家国民で有り、果たしていけしゃあしゃあと、アジアの経済大国、世界のw知的で民主的な人間として、コレカラも存在するだけの価値のある国家国民であるか、、。

疑わしく思うのです。

なるほど、マネーと人間の経済、生きる エネルギー、世界の暮らしの現実と深い知見のリアアリズムからみれば、、、とは思いますが、モウ、いい加減で、ジエンド、オシマイでしょうにとも思っています。 削除

2017/8/3(木) 午後 5:38 [ ] 返信する

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