北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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日本の政治状況は、安倍首相が奇妙な『内閣改造』を敢行して、いよいよわけがわからなくなりつつある。
だが、それは、トランプのアメリカもそうだし、いろんな外国の国々も同様なので、『世界で一番不幸な国=日本?』みたいに思い込む必要はないと感じる。

日本人は、とかく、自己評価が『世界で一番優れている』と『世界で一番みじめ』の間を、行ったり来たりする。
(ともかく、『内閣改造』については、また別の記事で書くつもり。)

この記事の続きだ。


この本の面白いところの第二点。

それは、王育徳さんという個人の『自分探し』=アイデンティティの探索と、台湾人全体のそれが、ダブって書かれている点だろう。


前に、王育徳さんのことを『エリート』であるかのように書いたが、それはいわば『結果』(日本で大学教授になった)としての話である。
この本の中で(少なくとも、3分の2くらいまで)ずっと描かれているのは、どうしようもなく親に反抗し、また、学校の成績があがらない『悪ガキ』みたいな姿である。


それは、前にも書いたような『複雑な家庭』に育ったことが第一の理由だろう。

父は、三人の妻とその子供たちと、同じ屋敷(部屋はたくさんあるが)の中に同居していた。
そして、『二番目の妻』であった生母は、王育徳さんが十歳のときに、一番目の妻(正妻)と三番目の妻の『連合戦線』にいじめ殺された。

直接の死因は、肺ジストマ(肺に吸虫類が寄生する病気らしい)ということだが、『私たち兄弟は、阿江(生母のこと−−引用者注)はむしろ「気死(キイシイ)」(憤死)したのだと思っている』と書いている。


<久しぶりにそろった四人の兄弟(阿江の子供ばかり−−引用者注)は、これから力を合わせて助け合っていこうと誓いあった。

育霖兄は私に言った。
「お母さんの仇(かたき)をとるのだ。それには偉くならなければいけない。偉くなって、みんなを見返してやるのだ」


「うん、わかったよ」>

このようなやりとりが印象的である。


このあと、日本でいう『小学校』時代の話が書かれているが、『小学校』のほかに『公学校』が出てくる。
(これは、たしか映画『セデック・バレ』でも描かれていた。)

この二つの差が大きい(ようだ)。
(しかも、それは、日本人と台湾人の差別ともからんでいる。この時点で台湾人も日本人であるから、台湾人=本島人、日本人=内地人という表現がされている。)


<私が学校にあがった当時、昭和5(1930)の台南市は人口約10万人、うち内地人(日本人)が約1万5000で、2つの小学校と5つの公学校があった。

小学校と公学校の区別は、前者が主として内地人子弟を収容するのに対し、後者は本島人(台湾人)子弟を収容する点にある。>

<都市部の本島人はより教育熱心であったから、警察や保正(ポヲチン)(台湾総督府の下での警察の下部組織=住民自治組織の役員らしい−−引用者注)の勧誘を待つまでもなく、競って子弟を公学校に入れた。

上流階級の本島人は、その公学校を忌避して、できれば小学校に入れようと、盛んに運動した。小学校の方が教育内容や学校設備が断然よかったし、ついでに官界に顔のきくこと、家柄のいいことの公認証書代わりとすることができたからである。


昭和10年(1935)4月末の統計で、全島の小学校(尋常科)児童3万7307人のうち、本島人は2620人にすぎない(公学校児童数は37万3892人)という事実からもわかるように、これは大変名誉なことであった)。>



王育徳さんは、南門小学校の入学試験を受けたが、失敗して、末廣公学校に入学した(その後も、南門小学校への編入試験に挑戦したが、失敗している)。

なぜ、失敗するかというと、小学校への編入試験では、内地で使用されていた国定教科書に沿った問題が出されたりする。公学校で使っていた教科書は、台湾総督府で編纂されたものだったという。

公学校でも、日本語で授業を受け、台湾語を話すことは禁止されている。しかし、台湾人の子は、家では台湾語を使用しているので、やはり、日本語の出来が内地人の子供とは異なる。


王さんの場合、小学校への編入試験で、国定教科書をいきなり、読まされ『呉服屋は何を売る店ですか』『小間物屋は何を売る店ですか』と聞かれた(面接試験である)。

『呉服屋』というもの自体、台湾人社会にはなく、何が何だかわからなかったが、あてずっぽうで、『呉服を売る店だと思います』(ただし、『呉服』とは何か、わかっていない)と答えた。

『小間物屋』についても、同様に『コマを売る店です』と答えたら、『なるほど…これぐらいでいいでしょう。ご苦労さん』となって落とされた。


ちなみに、『小間物屋』というのは、私自身、よくわかっていないところがある。
念のために、ネットで調べると、『日用品・化粧品・装身具・袋物・飾り紐(ひも)などを売る店。』と出てくるが、わかったようなわからないような話である。

そのような店は、東京でも浅草など、特定の場所に行かなければ存在していないのではなかろうか(良く知らないが…)。


公学校の生徒たちが、小学校の建物のそばを通ると次のようなことが起きたという。
ちなみに、彼らの服装は、次のような違いがあった。

<南門(小学校−−引用者注)の生徒は、アカぬけた制服制帽に、お揃いの編上靴と黒いランドセルといった服装をし、見るからに利発そうで、スマートであった。

末廣(公学校−−引用者注)の生徒も制服制帽はあるが、どことなく野暮ったい。

靴は運動靴ときめられているが、買う金がないのか、シュロの鼻緒のサンダルを履く者がいた。カバンは肩からかける布製の無細工なもので、かわりにフロシキ包みをくくりつける子もいる。


そんな私たちが南門の脇を通ると、きまって塀の上から小学生が首を出して、
「こら、リーヤ(内地人が本島人を呼ぶ蔑称の一つ)、臭いぞ」
とからかうのでああった。

くやしくてたまらないが、言い返す言葉も勇気もない。ただ、反対側を向き、カバンを押さえて駆け足で通り過ぎた。>



このような『くやしさを感じるのも、異母兄弟姉妹たちのなかに、小学校に通っている者が何人もいたからでもある。


<阿楊(アヤン)(父親の三番目の妻−−引用者注)の生んだ子が、末っ子の育哲弟を除いて、三人とも南門小学校に入っていることは、私たちにはコンプレックスの種で、何だか父が阿楊の子を自慢にして、よけいに可愛がっているように思えた。>
(つづく)





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