北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

全体表示

[ リスト ]

この記事の続きだ。


前にこの記事、『その7』くらいで終えるつもりと書いたが、昨日(12日)の『東京新聞』の三浦瑠麗氏の文章(『戦前』というより『戦時中』の美化、また李登輝氏をもって日本の台湾統治を美化するよく見られる『論法』)を読むと、逆に、この王育徳さんが書かれた文章は、貴重だという気がしてきた。

そこで、後2〜3回、『延長』して書いていきたい。

イメージ 1


なお、この本は、1965年に書かれた王育徳さんの回想記(期間は1924年〜1949年が対象)を元にしている。
王育徳氏の生まれは1924年で、李登輝氏の1923年より1年後である(台北高校に入学した時期は、李登輝氏のほうが王育徳氏より1期下となっているが…)。

この本が書かれた1965年というのは、育徳さんは41歳前後で、日本での生活(大学の教員。1960年からは『台湾青年』という台湾独立運動の雑誌を刊行)も安定してきていたのだろう。
20年前前後を振り返る育徳さんの視線は、『やさしい』という感じがする。


国民党が台湾にわたってくる中で、育徳さんの兄育霖さんも『逮捕』され、その後、『行方不明』になる(当局は、『王育霖など捕まえていない。どこかのゴロツキに攫われたのではないか』というのみ)。当然、殺されたと思われるが、『遺体』も戻ってこない。

また、育徳さん自身も、身の危険を感ぜざるを得ない状況に陥り、1949年に(香港経由で)日本の『密入国』する(その後、『亡命』申請をする)。

このように、苛烈な運命を体験しているのだが、大勢の人が殺されている状況の中だから、ある意味では、その体験も『消化』されていく側面もあるのだろう。


ともかく、この1965年に書かれた文章は、かなり『柔らかなタッチ』で書かれている。
(『青春時代を振り返る』という書き方のためかもしれない。)

なお、この先の予定だが、この本では、第9章の『二二八事件』まであるのだが、この記事では(台湾と日本の関係を中心に整理したいと考えているので)、いちおう、第7章の『終戦』あたりで、やめておく(実際には、『終戦』以降、台湾人と国民党との間の『戦争』が勃発したともいえる)。


さて、現在、第5章の『台北高等学校』の記述の途中だった。

育徳さんは台南市の親元を離れ、台北市内で下宿生活を始める。
下宿先は、小学校の事務員をやっている内地人(日本人)の家庭である。
『サラリーだけでは足りなかったのであろう』4人の下宿生に貸間をさせていた。


<ここで私は初めて中流階級の内地人の生活を覗く機会に恵まれた。>と育徳さんは書いている。

<内地人の食習慣とはこういうものであろうか、カボチャ、ナス、ゴボウの蔬菜が山盛りと出るのに比べて、肉や魚は少なかった。それも煮つけの一点張りだった。>

これは、本島人(台湾人)であるとは言え、金持ちの家の食事と比べると、あるいは貧しいものであったのかもしれない。


ただし、<そのうちやっと慣れた。と、不思議に体の調子がよくなって、病気を忘れてしまった。>とも書いている。
もっとも、育徳さんの場合は、父親が、3人の妻と同居し、その中で生母が、『いびり殺される』という異常な家庭環境にあったので、そこから『脱出』できたのが、『体の調子がよくなった』主因ではないかとも思う。

育徳さんは次のようにも書いている。


(家主の)<還田夫妻は60歳近い年齢なのに、風呂には一緒に入り、その様子が楽しそうであった。出てきて奥さんは腰巻一つになるが、主人の方はブランブランさせて歩きまわる。
封建的大家族制度の下では、とても考えられない光景であった。>

<長男の安仁君は私と同じクラスで、台北一中5年生から入ってきた。いっしょに弁論部遠征をしたこともある。
ただ2年生のころから、かれがナチ崇拝派になったために、反目しあうようになった。
そのために校庭で派手な決闘をやったこともある。>



ここで、高校の先生方が紹介されている。
(ていねいに紹介しすぎると思われるかもしれないが、全く、カットしている部分もたくさんある。)

<台北高校には名物先生が何人もいた。>


<塩見薫先生は国史と東洋史を教えられた。私は先生の授業が好きで、その情熱的で辛酸な講義に魂を奪われた。先生は自らプリントを配られ、それを教材にされた。
試験は「人権と民族を論ぜよ」とか「元朝衰亡の理由を論ぜよ」といった大きなテーマで、私はいつも優をとった。>



<塩見先生は本当に個性的な先生だった。先生はナチスが嫌いで、そのためナチスを崇拝する学生たちに恨まれた。そのなかの一人は、先生の時間はつまらんといって、こっそり本を読んでいたところを見つかって、腕ずくで教室から引っぱりだされたことがあった。
先生はまた、総督府の推進していた皇民化運動をバカげたことだと批判し、本島人の立場に同情された。>


<ドイツ語の滝沢先生はテキストにヒトラーの演説集を使い、世界に冠たるドイツを賞賛した。その影響で生徒の中にナチス信奉者が輩出した。>


時局は風雲急を告げていた。
(当然、日中戦争は既に行われている。逆に、泥沼の『日中戦争』が続く中で(日中の実質的な戦争は、『事変』と呼ばれた時期から、続いていた)、『真珠湾攻撃』は、『頭の上の憂鬱を吹き飛ばすような爽快さを感じさせるニュースだった』と誰かが、書いていたのを思い出す。


<その年(昭和16年、1941年)に大東亜戦争が始まった。これは台湾の社会に画期的な変化をもたらした。>


<3年生になったある日、私はひそかに「本島人会」を招集した。これからの自分たちの心づもりについて話し合うためで、以前のあけっぴろげな、ピクニック式の本島人会ではなかった。>


<本島人会に集まったのは、3年生を主とした約20人で、理科系が多かった。
かれらがしきりに反日的な意見を語るのに、私は驚いた。


私は中学でいじめられたから、何人かの日本人に対して個人的な恨みは持っていたが、高等学校に来てからは、先生がたにも内地人の友人たちにも好感を持っていた。
ただ、総督府がやっている皇民化運動には反感を持っていた。>


<皇民化運動の一つは、本島人の宗教である寺廟を迷信の巣窟だといって統合することであった。神像をこわしたり、焼き捨てたりして、それを「神々の昇天」といったりした。
そして代わりに天照大神の大麻(神社のお札のこと−−引用者注)を祀らせた。


また、政府は改姓名を奨励した。わが家でもどのようなものにしようか、王姓は太原から来たから、太原とでもしようかと相談した。
改姓名しないと就職も受験も不利で、配給さえ悪くなるのである。

配給は内地人と本島人の差別があった。
たとえば、砂糖は内地人の家庭では白糖であったが、本島人の家庭ではザラメであった。改姓名した家や国語常用家庭では、配給も有利になった。油や米、晒(さらし)などは、内地人は3、改姓名した場合は2、本島人は1の割合で配給された。>



<表面上は一視同仁だが内実は違うやり方に、不平不満を持っていたが、といって私は反抗するすべを知らなかった。

「もしも日本の力があくまで強ければ、反抗は無駄ではなかろうか。この際、日本人になりきってしまうのも、台湾人の一つの生き方ではなかろうか」という声も聞かれた。>



<本島人会で、理科系の連中が、盛んに日本人のやり方が悪辣であるといて攻撃するのを聞いて、「ではどうするのだ」と私は聞いた。

「おれは臭狗子(人偏がつく−−引用者注、日本人)の仲間には入りたくない。といって、どうしたらいいのか、正直言ってわからない」
結局、激烈な討論でも意見がまとまらず、お互いの信ずる道を行くより仕方がないということになった。>


おそらく、今日、日本の『台湾統治』の良い面ばかりを宣伝するような本(文書)の類であれば、こうした『改姓名』などのことについても、『あくまでも台湾人の自主性にまかされた』などと書いているのであろう。
だが、細かく内実を見ていくと、こういうことのようだ。

砂糖というのは、そもそも台湾が産地で台湾の主力産業でもあったが、日本人が白糖で台湾人がザラメだというのは、いかにも象徴的である。

今日、こういう側面があまり指摘されないのは、もちろん、戦後、「228事件」に見られるような国民党軍に対する『絶望』があり、それとの対比で、『日本統治』が『マシ』に見えるようになったからだろう。

しかし、逆に、台湾の人々でも、『日本統治』も『228事件』も実際の体験がない若い人々が、それらを、現時点でどのように受け止めているのかは、意外と難しい問題のようにも感じる。


今日、台湾の政治において、国民党と民進党などとの間で、激しい対立が続いているのも(もちろん、今日の中国に対してどういう態度をとるかが、メインの論点ではあるが)、こうした問題の克服が、なかなか困難なためではないかと思われる。





https://politics.blogmura.com/politicalissue/ranking_out.html にほんブログ村 政治・社会問題]
にほんブログ村のランキングに参加しています。
よかったら、この記事にクリックをお願いします。 

この記事に

閉じる コメント(1)

顔アイコン

補足:本から引用した部分の色を変えようとしたのですが、なぜか、うまくいかないので、しばらくこのままにしておきます。

2017/8/13(日) 午前 10:38 [ 北京老学生 ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事