北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。

もっとも前回は、『番外篇』として、『北朝鮮のミサイル発射』について書いたので、もともとの『関東大震災における朝鮮人虐殺』問題に関する流れでは、『その2』である、下記の記事の続きになる。


今年の3月の都議会における、ベテランの古賀俊昭議員(自民、日野市選挙区選出)の質問は、『ノンフィクション作家の工藤美代子さんの「関東大震災 朝鮮人虐殺の真実」』という、雑誌『SAPIO』に連載され、産経新聞出版から出されている本を、『小池都知事にぜひ目を通してほしい本があります』といって紹介している。

そして、これを根拠にして、東京都立横網町公園に建っている朝鮮人犠牲者追悼碑の内容を批判している。


しかし、この工藤美代子氏の本というのは、(それもそのまま出版されているようだが)現在では、2014年には、それに(夫の加藤康男氏が)加筆した、加藤康男氏名義の『関東大震災 「朝鮮人虐殺」はなかった』(WAC出版)という本に引き継がれて出版されているものである。

しかも、<朝鮮人虐殺なんてなかった。なぜなら、それは地震に乗じて暴動を起こした朝鮮人に対する日本人の反撃であって一方的な虐殺ではなかったから。>という主張の内容であり、<工藤夫妻は、何を根拠に“朝鮮人暴動は実在した”というのであろうか。 震災当時の新聞記事である。新聞を見れば、朝鮮人暴動を伝える記事が無数にあるではないか、これが証拠だ>という、歴史の観点からすると、『トンデモ本』としか言えないようなシロモノである。


さて、古賀氏が『小池都知事にぜひ目を通してほしい本があります』といって紹介したこの本についての、小池氏の見解はどうなのか?

既に、この記事の『その1』で紹介したように、3月の都議会においては、次のように述べているだけである(『靖国神社参拝』を肯定した部分は、今回、省略する)。

<知事(小池百合子君) 古賀俊昭議員の一般質問にお答えを申し上げます。 まず、都立横網町公園におけます関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑についてのご質問でございます。

この追悼碑は、ご指摘のように、昭和四十八年、民間の団体が資金を募集し、作成したものを受け入れる形で、犠牲者の追悼を目的に設置したものと聞いております。

大震災の際に、大きな混乱の中で犠牲者が出たことは、大変不幸な出来事でございます。そして、追悼碑にある犠牲者数などについては、さまざまなご意見があることも承知はいたしております。

都政におけますこれまでの経緯なども踏まえて、適切に対応したいと考えます。そして、この追悼文についてでありますけれども、これまで毎年、慣例的に送付してきたものであり、昨年も事務方において、例に従って送付したとの報告を受けております。 今後につきましては、私自身がよく目を通した上で、適切に判断をいたします。>


つまり、全く答えていないのである。

『関東大震災』における『朝鮮人虐殺』という史実を否定した本については、『読んでいるかどうか』『その内容に賛同するのかどうか』を含めて、全く無回答、無視しておいて、『追悼文』について、『私自身がよく目を通した上で、適切に判断をします』も何もあったものではない。


なぜ、彼女は、工藤美代子氏の本に対する評価を述べなかったのか?
普通に考えると、小池知事自身がそれに対して、『否定的な評価』を持っているのではなく、『肯定的に評価』しているためであろう、と推測できる。

なぜ、そのように考えるのか?
それは、逆に、(もう一つの)『靖国神社参拝』問題に関する、小池氏の答弁の仕方から(十分に)推測することができる。

古賀都議は、小池知事に対して、<かつて石原元知事は、知事就任の翌平成12年から毎年、五輪招致活動で海外出張の年を除き、8月15日の参拝を任期中行>っていたが、その後の2人の知事は、<8月15日の靖国神社参拝を見送り、なぜか任期半ばで退陣に追い込まれました。>として、靖国神社参拝(特に8月15日の)を求めるものであった。


これに対して、小池都知事は、次のように答えていた。

<私は常に、そしてどこであっても、戦火の中で亡くなられた諸先輩方々への崇敬の念を心に抱いている一人でございます。それは、今日、私たちが享受している平和と繁栄が、まさしく戦没者の方々の祖国発展に対する強い願い、そしてとうとい犠牲の上に築かれているものとの思いからでございます。>

<終戦の日、八月十五日に靖国神社を参拝することの重要性につきましても、異論はございません。
一方で、都といたしましても、毎年この日に戦没者追悼式を開催していることはご指摘のとおりでございまして、指摘はされませんでしたかね、されましたかね──はい。私はその主催者の一人といたしまして、昨年もご遺族の皆様に直接寄り添いまして、皆様とともに、全てのみたまに対する深い追悼の意を表したところでございます。>


これは、いわば『私は愛国者であり、靖国神社参拝の重要性を十分認識しているものである』と言っているようなものである。

そして、『私が愛国者であること』を疑うのか、というような『怒り』を含んだ、ある種『キレ気味』(特に、『都といたしましても、毎年この日に戦没者追悼式を開催していることはご指摘のとおりでございまして、指摘はされませんでしたかね、されましたかね──はい。』という部分には、それを感じる)の答弁のように見える。


つまり、彼女は、『終戦の日、八月十五日に靖国神社を参拝することの重要性につきましても、異論はございません。』とこの日の古賀氏の中に対する答弁の中で言っているのであり、そういう、いわば『同志的な立場』『同志的な雰囲気』のなかで、『朝鮮人虐殺否定の「トンデモ本」』に対する論評を『拒否』しているように見える。


しかし、この『朝鮮人虐殺』を記憶し、それを悼み(痛み)をもってとらえるということは、今日的にますます重要なことである。

ここで、私が、2015年4月10日に書いた(ここのブログの)記事から『再掲』させていただきたい部分がある。
https://blogs.yahoo.co.jp/mochimoma/19937644.html
(かなり、長くなってしまうので、文字の色はそのままにしておきたい。)


<さらに、当時、警視庁で官房主事(特高警察のトップで、警視総監に次ぐナンバー2)の地位にあった正力松太郎氏(のちに『読売新聞』の社主となる)は、次のように書いている。

『朝鮮人来襲の虚報には警視庁も失敗しました。(略)

折から警視庁より不逞鮮人の一団が神奈川県川崎方面より来襲しつつあるから至急帰庁せよとの伝令が来まして急ぎ帰りますれば警視庁前は物々し警戒線を張っておりましたので、私はさては朝鮮人騒ぎは事実であるかと信ずるに至りました。(略)

しかるに鮮人がその後なかなか東京へ来襲しないので不思議に思うておるうちようやく夜の10時ごろに至ってその来襲は虚報なることが判明いたしました。(略)
警視庁当局として誠に面目なき次第であります。』


他方、この年の12月14日、帝国議会で無所属議員の田淵豊吉氏(1882〜1943年)は、次のように演説している。

『私は内閣諸公が最も人道上悲しむべき所の大事件を一言半句も此神聖なる議会に報告しないで、又神聖なるべき筈の諸君が一言半句も此点について述べられないのは、非常なる憤激と悲みを有する者であります。

それは何であるかと言へば、朝鮮人殺傷事件であります。(中略)千人以上の人が殺された大事件を不問に附して宜しいのであるか。朝鮮人であるから宜しいと云ふ考えを持って居るのであるか。

吾々は悪い事をした場合には、謝罪すると云ふことは、人間の礼儀でなければならぬと思ふ。(中略)日本国民として吾々は之に向って相当朝鮮人に対する陳謝をするとか、或は物質的の援助をなするとかしなければ、吾々は気が済まぬやうに私は考へるのである(拍手)』

『この日、彼の質問の趣旨は震災復興関連であった。後半、朝鮮人虐殺問題に話が進んでいくと、議場は静まり返ったという。それでも、そのまっすぐな訴えは、議員たちの心にも響いたようだ。先の引用部分を含め、何度か拍手さえ沸き起こった。』

このように、加藤直樹氏は、著書『九月、東京の路上で』(ころから社、2014年発行)に記している。>



これらは、『過去に既に起こったこと』であり、『今から過去にさかのぼって改ざんすることができない』ような事柄である。

現在、『歴史修正主義』(という言葉は立派過ぎて、問題を誤解させるおそれすらある)というか、『歴史改ざん主義』とでもいうべき、でたらめな傾向がはびこっている。

しかし、『過去の事実』を好きなように『改ざん』することが許されるなら、『歴史を学ぶことの意義』(『失敗を克服すること』)は、半減どころか、ゼロないしマイナスの価値に転落してしまうかもしれない。

(つづく)





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工藤美代子は、何冊も読んで力のある人だと思っていましたが、、、。

テレビなどで話すとき、ひょっとした弾みに何処か胡散臭い油断のならない軽薄さをー案じることがあって、不思議な違和感でした。

只、体つきが私の好みでしたね。p 削除

2017/9/2(土) 午前 9:48 [ ] 返信する

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> ぜさん
『力のある人』というのは、ややもするとその『力』をおかしな方向に発揮する危険性があるものです。
自分自身の書を、一部書き加えただけで、夫の本に『変身させてしまう』というのは、あまり聞いたことがない手法です。

2017/9/2(土) 午前 10:21 [ 北京老学生 ] 返信する

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