北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。

今回は、『その4』にあたるが、一応、『最終回』ということにしたい。


今回の関東大震災における朝鮮人虐殺について、(南京大虐殺と『同様?』に)まるで『なかったもの』であるかのように、事実を捻じ曲げる行為。
これは、以前から例えば横浜市などでもあったことである。


横浜市では、中学生に配布される副教材『わかるヨコハマ』に、郷土の歴史をきちんと伝えるという意味で、この『虐殺』問題に対する記述があった。

(一般に関東大震災は、東京の被害が最も注目されることが多いが、地震による直接的なダメージは、実は、横浜市など神奈川県のほうが、大きかったという。)

ところが、2012年7月19日の横浜市議会で、青葉区選出の自民党市議(横山正人氏、今でも市議である)が、『中学生向けの教材で<虐殺>という表現は不適切』という理由で、表現の削除・修正を求めた。

と同時に、横山市議は、『この虐殺という表現は、例えばナチスの大量虐殺とかポル・ポトの大量虐殺と、そう使う表現ですよ。関東大震災後の世間で使う表現ではないと思うのですね。』とも述べていた。

(ただし、『産経新聞』はこのことを報道する際に、工藤美代子氏の著書をあげながら、『虐殺』が起こったこと自体
に対しても、疑問の声が上がっていると書いていた。)

その後、横浜市ではこの副教材を回収し、記述を変更したものを改めて配布した。
ところが、この年以降、横浜市では単に『虐殺』という表現だけでなく、この問題に関する記述内容自体も、抑制されたものへと変更されていった。

さらに、横浜市では歴史教科書の採択について、(旧『新しい歴史教科書をつくる会』系の)育鵬社から出版されている教科書が、連続して採択される事態が続いている。
(その結果、横浜市を含む神奈川県は、育鵬社の歴史あるいは公民の教科書を採択する、全国的にも一大拠点となってしまったいる。)


この問題に関しては、私もこのブログに2014年以降、例えば以下のような記事を書いてきている。


『事実を捻じ曲げよう』とする人々の運動は、このようにしつこく(言い換えれば『熱心』)で多様(あるときは、『中学生向けには不適切』であるといい、あるときには、『ナチスやポル・ポトのようなものとは違っている』といって、『虐殺』を否定する)である。

しかし、中学生であろうがなかろうが、今日の児童の意識は、大人が考えるよりもはるかに『高い』ものがある(それは、多くの人が、自分の子供時代のことを思い浮かべてみれば、ある程度、想像がつく話である)。
むしろ複雑で問題の多い現代社会で生きるからこそ、『歴史の教訓』を小さいうちから身につけておいた方ともいえる。

しかも、子供を自殺に追いやることも多い『いじめ』などは、小学生あるいはそれ以前から始まっている。
(『歴史の教訓』を知ることは、本来、『いじめ』防止にもつながりうることだと思う。もちろん、『歴史の教訓』を悪用すれば、逆に『いじめ』増加につながることもありうるが…。)


昨日(1日)は、『関東大震災』にちなんで『防災の日』と定められた日であった。
ところが、小池都知事に引き続き、墨田区長もまた、朝鮮人虐殺に抗議し、供養する『追悼会』に追悼文を送ることを『拒否』したという。

昨日はまた、都知事の『定例記者会見』の日であったようだ。

イメージ 1


これは本日(2日)付の『東京新聞』の1面記事である。
この記事の一部を引用し、紹介しよう。


<墨田区の都立横網町(よこあみちょう)公園では同日午前、朝鮮人犠牲者の追悼式が開かれ、出席した約五百人が、不当に命を奪われた人たちを悼んだ。しかし、例年実施されてきた都知事と墨田区長の追悼文読み上げは行われなかった。

「いろいろ歴史の書の中で述べられている。さまざまな見方がある」。都庁の定例会見で、虐殺について小池知事はこう答えた。

さらに「虐殺の事実はどう認識するか」と質問されたが「書かれているものがある。どれがどういうのかというのは、歴史家がひもとくものではないか」と述べ、事実を認める言葉は聞かれなかった。>

また、この記事には、次のような記述もある。


<一方、東京都と同様に当時朝鮮人虐殺があった埼玉県熊谷市では、市主催の朝鮮人犠牲者追悼式があり、富岡清市長が百五十人の参列者を前に追悼のことばを読み上げた。

富岡市長は「災害の渦中に巻き込まれ、混乱に乗じて伝えられた流言を信じた心ない人たちによって、罪のない方々が犠牲になられたことは誠に残念だ」とした上で「再び過ちを犯さぬことを誓う」と述べた。>




小池氏の言っている『歴史家』の判断にまかせるなどという『逃げ文句』は安倍首相のお得意とする表現と同じである。
(ある時には、『虐殺』がなかったかの言うような『本』=工藤美代子本=の記述に対して、自分の意見を全く述べず、そしてある時には、『歴史家』の陰に隠れてしまう。)

これは、事実上、『虐殺はなかった』とする『虐殺否定』論、『虐殺まぼろし』論に手を貸しているのと同じであろう。


時あたかも、我が麻生副首相は、ヒトラーの『動機が正しかった』かのような発言を講演のなかで行い、その後、『撤回』している。

その発言は、次のようなものだったという。

<麻生太郎副総理は29日、横浜市で開いた麻生派研修会の講演で、「少なくとも(政治家になる)動機は問わない。結果が大事だ。何百万人も殺しちゃったヒトラーは、いくら動機が正しくてもダメなんだ」と発言した。>

これは、『朝日新聞』の記事から。
この発言の『全文』を前に探したが、たしか、ほとんどこの通りだった(つまり、これ以上の説明はなされていなかったように記憶する)。


麻生氏は、前にも『憲法改正』について、『ナチスの手口』に学ぶべきなどという不穏当な発言をしている。
多くの自民党の世襲政治家と同様に、麻生氏も、まず『国語力が低い』ことは間違いがない。しかし、それだけでなく、その背後には、ナチスに対する、ある種の『シンパシー』が麻生氏のなか、あるいは(麻生氏周辺の)自民党のなかにあることがうかがわれる。

おそらく、麻生氏の考えた、『ヒトラーの動機』(つまり、麻生氏が『正しい』と考えたもの)とは、『第一次世界大戦の敗戦国』として押し付けられたワイマール憲法などの『桎梏』を打破し、『一等国としての誇りを取り戻す』という意味ではなかろうか?
そうすれば、『ヒトラーの動機』とあるいは『安倍首相の動機』とをダブらせて理解することができる。


麻生氏は、上記の発言をあわてて、『撤回』している。
またこの問題と、どう関係しているかわからないが、麻生氏は、予定されていた訪米とその後のペンス副大統領との『日米経済対話』をキャンセルしている。

その理由を、麻生氏の側は、『北朝鮮のミサイル』問題で情勢が緊迫しているおりに、この期間は、安倍首相と河野外相もロシア訪問で日本を不在にしているので、重要閣僚が『国に不在』にしているのは、安全保障上、好ましくないからなどと言っている。

しかし、この『理由付け』はどうも怪しい。
明らかにアメリカで『不快の念』で受け止められるから。そして、トランプ大統領にとっても、このような状況は具合が悪いから、というのが『本当の理由』である可能性が強い。


いずれにせよ、麻生氏の『ヒトラー擁護?発言』は、小池氏の『朝鮮人虐殺を追悼しない?(追悼文を送らない)行動』とどこか、非常に似た、雰囲気に包まれたものを感じる。

今こそ、こうした傾向、『歴史改ざん主義』に警戒し、自ら歴史を掘り起こし、見つめなおす作業の重要性を感じる。
それも、彼ら(歴史改ざん主義者?)たちよりも、しつこく、『熱心』に『ていねい』にやる必要がある。







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もうねぇ、こう言う人達が日本のトップリーダ、、なんですから、ねぇ。

もう、、、ねぇ。
横浜に住もう?と思ったコト自体が、自己嫌悪になってきます。

都会の人は学歴も教養も、と思っているんですが、コレジャ、地方はどれ程なんでしょうか。モウ、本当に嫌になります。

横浜の右隣り合わせの人は鹿児島県出身で麻生大好き人間です。

苦労してた子供そだて上げた、人の良いロードーシャなんですか、ねぇ。 削除

2017/9/3(日) 午前 0:29 [ ] 返信する

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久保山墓地の殉難朝鮮人慰霊碑と横浜市長の花の写真でお世話になりました。
今年の追悼式に参加してとりあえず記事を書きました。
http://jcjkana.blog102.fc2.com/blog-entry-909.html

やはり小池知事の言動への批判が多数の人から聞かれました。
昔は、震災時の虐殺って声高ではないけど、そんなに忌憚なく話されていたと思うのですが。中学校の時千田是也という人の名前は、千駄ヶ谷で誰何されて朝鮮人と間違えられて危うかったこと日南野田、という教師が雑談したのを覚えてます。
震災時の虐殺でも戦争でも、知っている人が少なくなると勝手な物語が作られそうですね。

http://jcjkana.blog102.fc2.com/blog-entry-909.html

2017/9/3(日) 午前 1:00 [ sad***** ] 返信する

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> ぜさん
よくお書きになられている、『都会』と『地方』の対比ですが、正直言って読んでいて、『怖さ』を感じてしまいます。本気でそう思われているのですか、それともある種の『ネタ』なのでしょうか?
そういう意識で、『地方』にずっと住んでいると、かなり苦しいのではないかと思うのですけど…。

2017/9/3(日) 午前 10:13 [ 北京老学生 ] 返信する

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> sad*****さん
ブログの記事、拝見しました。JCJ(日本ジャーナリスト会議)のかたなのですね。先日は、私の昔の横浜の殉難朝鮮人慰霊碑の記事にコメントをいただき、おかげさまでおそまきながら、今回の小池知事の問題についても記事を書くことができました。
ある時代には、そのことの知識が『当然』のように思われていたのが、次の時代には、すべてが『まぼろし』とされかねない。そんな不気味さを感じます。
この調子で行けば、(やがて)広島、長崎への『原爆投下』もまぼろしだった、なかったとされかねないような『勢い』『流れ』を感じてしまいます。
やはり、『おかしい』と思ったことに対しては、『おかしい』と言うようにしないとダメなのでしょう。
今年も、神奈川のかたから、9月1日を巡る案内のメールをいただいた(昔、集会に参加した人にも送っているようです)のですが、あいにく現在、日本を離れてるので参加できませんでした。今後、機会があれば、参加したいと思っています。

2017/9/3(日) 午前 10:26 [ 北京老学生 ] 返信する

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> 北京老学生さん
そういう風に感じられますか。

まあぁ、当たらずとも遠からず、でしょう。 削除

2017/9/4(月) 午前 1:41 [ ] 返信する

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