北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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私は、『週刊文春』が、山尾・民進党元政調会長の『不倫疑惑』を報じたこのタイミングで、『正義の味方』と一般に目されているらしい『週刊文春』について、それを批判する『週刊新潮』の言い分に与するような記事をアップした(しかも、それ以降も、以前の自分自身の記事を自分で『転載』するということを繰り返した)ので、よく『意味が分からない』と思われているのではないか、という気がする。


そこで、いささか、『手品のタネ明かし』みたいになってしまうが、どういうことなのか、少し詳しく説明したい。

イメージ 1



まず、これが(今回の一連の騒動の)発端となった、(5月18日発売の)『週刊新潮』の新聞広告である。

これは、極めて異例なことに、広告の大半を文字で埋め尽くしている。
それを念のため、引用すると次のようになる。

<スクープ至上主義の陰で「産業スパイ」!
新潮ポスターを絶え間なくカンニング!

「文春砲」汚れた銃弾

ある時は「ベッキーの不倫」を暴き、
ある時は「甘利大臣の裏金スキャンダル」を
追及する…。昨年、「週刊文春」が
連発したスクープの破壊力には、
同業者としても脱帽する他なかった。

しかし、大上段からの糾弾を得意とする
編集部は人に言えぬ秘密を抱えていた。


同じ発売日である「週刊新潮」の広告を
不正に入手し、毎週、カンニングしていたという。


センセーショナルな特ダネを求め続けた結果、
品位を失ってしまったさもしき文春砲。>


私自身(現在、68歳)と同様、古い世代の人になら、この『汚れた銃弾』という言葉の意味は、わかるだろう。
しかし、若い人々にとっては、『汚れた銃弾』というのは、意味不明の言葉だろう。

そういう意味で、『週刊新潮』は、<いまいちセンスが良くない>、<今の時代にマッチしていない>というのはあるのかもしれない。


実は、1981年(もう35年以上前の話になる。したがって、50歳以下の世代にとっては、『意味不明』なのだろうか)から1982年にかけて、『ロス疑惑』という事件が世間をにぎわせた。

『ロス』とは(アメリカの)ロサンゼルス(ロス・アンゼルス=スペイン語で、『天使の街』という意味を持つ)のことである。


そこで、三浦和義という日本人男性の妻(日本人女性)が、銃撃され、その後、死亡するという事件が発生した。
『週刊文春』は1984年になって、この事件を再度、取り上げ、『疑惑の銃弾』というタイトルで、連載記事とした。
この事件は、夫の三浦和義氏が妻にかけた『保険金』の受領を目的として仕組んだ事件ではないか、という見立てでスキャンダラスな連載を始めた。

この(一種の)キャンペーンは、大きな反響を呼び、『週刊文春』は大きく発行部数を伸ばしたと言われている。
ところが、この事件、最終的に『よくわからない』状況で終わってしまっている。

というのは、三浦和義氏は、日本の警察・検察には、『銃撃事件』に関しては、『殺人・詐欺』の容疑で逮捕されたが(このほか、銃撃事件の4カ月前に起こっていた、元ポルノ女優を使っての妻に対する『殴打事件』というのもある)、結局、一審の東京地裁では『有罪』(1994年)判決が出たが、その後、高裁と最高裁で『無罪判決』が出ている。

逆に、三浦氏は、メディアに対して、『名誉棄損』の告訴を多数、行い、その中には三浦氏が勝利したものが、幾つもある。


なお、2008年2月には今度は、アメリカの捜査当局にとって、三浦氏は『殺人罪および殺人共謀罪』の容疑でサイパン島において逮捕され、その後、身柄をロサンゼルスに移送された。
ところが、2008年10月に三浦氏は、ロサンゼルス市警の留置施設で、『自殺』しているのが発見された。

ということで、この『事件』は何が、『真実』なのか、はっきりしないままに終わってしまっている。
ただし、この事件は、一方では、メディアの『過剰取材』、『過熱報道』の危険性に対する疑問を一方で、提起したことも事実であろう。


この事件の報道開始(1984年)から、33年が経過した今、『週刊文春』に対して、『疑惑の銃弾』という皮肉を込めた、『キャンペーン』を『週刊新潮』が開始しても、多くの『若い人々』から『意味不明』と受け取られてしまうのは、『やむを得ない』ことなのかもしれない。

だが、今回の『週刊文春』と『週刊新潮』の(『中吊り広告』の情報を不正に入手して、不正に利用したのではないかという『疑惑』を巡る)騒動は、既に事実上、『決着』がついている。

イメージ 2


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前の記事でも紹介したが、既に『産経新聞』や『朝日新聞』なども報じているように、文藝春秋社の社長が、『非を認める』謝罪文を新潮社に対して提出しているのである。


では、この『謝罪文』の意味する内容、そしてさらには、『週刊文春』の一連の報道(一見、『安倍批判』のキャンペーンに見えるような記事から始まり、そして、最終的?には、『見事なちゃぶ台返し?』で民進党に痛烈な打撃を与えた、今回の山尾氏に対する『疑惑の銃弾』記事に至る流れを含めて)が果たしている『役割』に対する『疑惑』とは何なのか、考えてみたい。
(つづく)







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路上チューも、今回の山尾のフリンジケンなるものも、直感的に中年の脂ぎったあギトギト感が、まず何より嫌です。

複雑に高度にいりくんだメディア論や、具体的に此の二つ週刊誌、実は、伊賀の忍者、甲賀の忍者の争いで、ボスは一緒、、、なあんてコトになあっちゃあてるんじゃ、、、。

不勉強で情動的な大衆は、此の程度の楽しみにして政治を消耗していきます。

コイズミの父親純やの出処、純一郎の妻エスエス製薬、更にはコイズミ工業のあれこれさえ、くっそ暑い田舎のボロヤで堪能しつしましたよ。

ネトウヨは、反韓国、、、はなぜ、、ふたつの忍者集団は何故、黙る。

三浦事件も、叔母の水上ターキー、ユウジロウ、、ともっとふかい芸能ワールドに迫らず終いで、お茶を濁しただけではないのでしょうか。 削除

2017/9/9(土) 午後 11:19 [ ] 返信する

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> ぜさん
私は、別に山尾氏を『擁護?』するつもりはありません。しかし、なぜ、女性政治家たちを、その能力を度外視して『抜擢したがる』のか、それは民進党も、あるいは(稲田氏を抜擢した)安倍首相にも共通するところがあります。そして、その結果、女性政治家たちが『使い捨て』されていくのか、それには疑問を感じています。
また、『不倫』に対する視線にしても、週刊誌などは男性政治家よりも女性政治家たちに、特に『ギトギト感』の漂う視線であるような印象もあります(これは、予断だといわれるかもしれませんが)。
『週刊新潮』も『週刊文春』も似たようなものだというのは、その通りでしょう。しかし、私は、『週刊文春』については、かなり『研究』しているつもりですが、安倍の周辺とか、安倍の子分などを叩くことはあっても、安倍首相自身を本気になって、積極的に叩くことを『週刊文春』はしてません。そのうち、野党を叩くだろうと思っていたら、案の定、今回のようなことになりました。
三浦事件は、はっきり言って、あまり当時、関心がなかったので、それほど詳しいことは知りません。

2017/9/10(日) 午前 0:25 [ 北京老学生 ] 返信する

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不思議と言えば不思議ですが、政治と女性を小馬鹿にしてるのかもしれません。

もっと、正確に言えば政治の選挙と、投票所にいく人間を信じていないのでしょう。
、、、何十年も、選挙に出ていた私など、そういい出す立場には無いはずですが。 削除

2017/9/10(日) 午後 9:23 [ ] 返信する

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> ぜさん
まあ、世の中、選挙に立候補するけど、実はこれまでほとんど投票に行ったことがないというような、『いい加減な人』が結構、いるようです。
それで『当選してしまった』人もいるようですから、世間をなめている話ですが…。

ところで、『ぜさん』の場合は、選挙に立候補だけしていたのですか、それとも選挙と選挙の間にも何らかの運動を続けていたのですか?(立候補だけなら、極端な話、誰でもできますから…。)
もし、『後者』なら一緒に運動をしていた人にとっては、『言いたいこと』があるかもしれませんね。

恥をさらすようですが、私も、(労働組合の支部の役員選挙ですが)若いころに、ほとんど『立候補のための立候補』をしたことがあります。当然のように、ほとんど票を獲得できませんでした。

その当時は、『人員整理』直前という特殊な状況ではあったのですけど、今、考えると『馬鹿なことをした』という思いはあります(まあ、20代のころで、今から40年くらい前の話になりますが…)。

2017/9/11(月) 午前 8:46 [ 北京老学生 ] 返信する

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(つづきです)
その頃は、(いわゆる)新左翼系のセクトに入るという、(今から思うと)『馬鹿げたこと』もしていました(15年くらい、中にいて、その後『離脱』しましたが)。当時は、セクトのほうが、『組織の実情』を全く伝えないで組織への勧誘をするという、(今でいう)『ブラック企業』みたいなことをしていたのですけど…。

2017/9/11(月) 午前 8:47 [ 北京老学生 ] 返信する

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うーん、政治活動を選挙運動と区別して厳格に言えば微妙ですが、私の場合は当選もしていた時期もありますから、そのら苦戦中の活動ということでしょうか。

田舎ですから、少し複雑な法律相談から行政に直接かかわわるもめ事を日常的に引き受けます。就職の世話から、いぬの散歩の糞のしまあつ、近所のピアノの苦情、、、。近隣を喪失し自我、体よく言えばdemocracyに目覚め始めたあらゆる、ルーティンの処理係でしょう。

目を外の世界に開けば、当時沢山いたアジアの研修生、、実際は安手のロードーシャ、

常にトンがった学生運動のアジ演説ではない訳ですし、個人的に作った後援会、報告学習会も、衆愚に流れて迎合的ナモノにおちていきましたね。保守から信用されず、フルイ革新からは嫌われたでしょう。

言うまでもなく、選挙投票誘導は必死でした。ビラ配りから立ち演説、自転車舞台での街頭、、、。ゼーンブ、悔やまれます。気の毒可哀想、、不平等理不尽等と、他人さまのコトに人生を使って、イチバン哀れなおバカは、言うまでもな言うまでもない、ワタシでしたね。 削除

2017/9/11(月) 午後 1:51 [ ] 返信する

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> ぜさん
いやあ、イメージしていたものと少し、違っていました。
<当時沢山いたアジアの研修生、、実際は安手のロードーシャ、>これは今でもたくさんいますし、非常に問題のある制度だと思っています。
地方自治レベルで解決される問題ではないのでしょうが、日本は、あいもかわらず『煮え切れない』態度のままです。
台湾の実情を見ても、日本の経済や社会が『発展できない』根拠がここにも示されていると考えます。
『保守から信用されず、フルイ革新からは嫌われた』、どうしてなのでしょうか? あるいはそれでも、良いのではないかという気もします。実態がわからないので、あれですが、結局、『良い人』を演じていることに疲れたということでしょうか。<他人さまのコトに人生を使って、イチバン哀れなおバカは、言うまでもな言うまでもない、ワタシでしたね。>とお書きですが、ということなら、途中で気付かれたのですから、『残りの人生』、自分の好き勝手をすれば良いだけの話ではないでしょうか?
そんな気がします。

2017/9/11(月) 午後 4:10 [ 北京老学生 ] 返信する

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1##瀬戸内の海の工場やミカン畑で働く若者でしたが、中央のコトと見過ごせませんでした。目を怪我して医者に連れて行ったり、盗みをでっち上げらたまだ子供の少女の荷作りを大晦日の郵便局の窓口でやりました。
2##議会の手続き、少数派野党を尊重し職員とのなれあい、、一律に勤務外手当て、事務局随行の温泉地宿泊の出張jを拒むからです。、、、もっとも利権と不正の温床である土地改良事業に、共産党現職議員の就任を非難するからです。

議長になっても公用車を使わず自分で行くからです。運転手、職員は休日手当てがもらえません。
3##代議士のパシりになって、東京でタカラ無いからです。

、、、話せばわかる、分かりあえ無いのは話し合いが、まだ足らぬのだ、、、もっと話し合王ではないか、と信じていたからイチバンおバカさんです。 削除

2017/9/11(月) 午後 5:01 [ ] 返信する

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4##気がついた時、途中で投げ出すコトが出来なかったのは、セイジカは落選して
辞めるべきだ、と考えたからです。
公約の実現など出来ぬまま、、、ある意味で議員では絵空事です、、辞めるのは狡いからです。せいしょうねのけんぜんいくせい、教育と文化のふるさと、、、、といった所で実現してから、、、。できませんね。

あ( ̄▽ ̄;)、もう飽きちゃった、バカバカしいやあ、アホバカで付き合ってられぬ、、、。コレモワガママ、公職の代表、一票を託したまじめな有権者に責を押し付ける訳にも行きません。

5##ですから、市長選挙に途中で出て落選して、グッバアイ、サアンキューしました。

❮正しい事を正しい時に発言し、これを現実のもににしていく勇気と情熱の代表になりたい、❮❱、これが政治心情でした。

生まれた土地には未練は、ありませんが90を越した寝た切りの母親と、十五年リューマチの妻がいて完全に離れる事が出来ません。

選挙投票にも、絶望しているのかもしれませんね。間違うやも知れぬが、最終的には正当に自己決定出来る抽象人格、と現実の日本の政治、イナカの現実でしょう。 削除

2017/9/11(月) 午後 5:44 [ ] 返信する

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> ぜさん
いろいろ書いていただき、有難いのですが、正直言ってどうコメントしたら、いいのか迷っています。
所詮、それぞれの人生です。また、他人の『状況』は(よく)分かりません。特に『ぜさん』の文章は、独特で、わざと分かりにくく書いているのかと思うほど、内容(と真意)をつかみにくいと私は感じています。
ところどころ、わざとカタカナ書きをされるのが、特に、ひっかかります。
結局のところ、『イナカ』(何をもってイナカというのか、事態問題ですが)かどうかは、ご自分が生きていく上で、『不満を抱くかどうか』に関して、最終的な決定要因にならないのではとないかな〜と感じます。
どのような『都会』にも『イナカ』的なところはあります。また、『イナカ』のほうが、むしろ良いという考えもあるのです。
これ以上書いても、『無限のループ』に入りそうなので、止めておきます。別に、関心のないかたに『政治への関心』を強要するつもりは、全くありません。私自身、政治に関心がない時期がかなりあったのですから…。

2017/9/12(火) 午前 11:06 [ 北京老学生 ] 返信する

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