北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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河野太郎・衆議院議員は、『ごまめの歯ぎしり』というブログを前から書いている。
私も以前、時々、その内容を読んでいたことがあった。

昨日(だったか)、ネットであちこち、見ていたら、どういうわけか、このブログ『ごまめの歯ぎしり』に遭遇した。
(だれかが、ツイッターでこの内容を紹介していたということだったのかもしれない。)
ともかく、いきなり、『後ろから鉄砲玉』というタイトルを付けられた記事(16日付のもの)を読み始めた。

結構、長い記事である。
それほど、面白いものでもない。
だが、読んでいくと、次第に河野太郎の『思い』が伝わってくる。

これは、要するに『東京新聞』の記事での『河野太郎批判』あるいは『外務省批判』に対する反論である。
(ただ、これに、『後ろから鉄砲玉』というような、変わったタイトルを付けたところに、この政治家の『屈折』が込められているような気がする。)

かなり、長いがこのブログの内容を紹介していきたいと思う。
そして、これを紹介する前に、今朝(17日)の『産経新聞』に出ていた、この件に関する記事を先に紹介しよう。

イメージ 1


<河野太郎外相が16日付の自身のブログで、核軍縮をめぐる東京新聞の報道姿勢を痛烈に批判した。

河野氏が取り上げたのは、8月にスイス・ジュネーブで開かれた軍縮会議に関する東京新聞の8月23日付の記事。2014年から軍縮会議で毎年行われてきた日本の高校生平和大使による演説が今年は見送られたことを東京新聞は批判的に取り上げた。

国連で7月に採択された核兵器を違法化する核兵器禁止条約に、日本政府は「不参加」の立場を取った。記事では、このことと絡めて「高校生たちがスピーチで、禁止条約に触れ平和大使の派遣を意図的に控えたかのような印象を与えている。

河野氏はこれに対し「全会一致で運営されている軍縮会議で、高校生の演説に反対する国があった」と反論し、平和大使が別途、自分の考えを表明する機会を設けたことを説明した。

その上で「第三者が言ったコメントを載せるぶんには責任はないと考えたのだろうか」と批判を展開し、「後ろからの鉄砲玉」「核軍縮の政治的利用」などと東京新聞への怒りをあらわにした。>


こちらのテキストのほうは、(厳密にいうと)ネットの『産経新聞ニュース』からとったもので、新聞記事の文章とは、部分的に違っているところもありそうである(だが、面倒なので、新聞の紙面に合わせて『修正する』というようなことはしないで、そのまま紹介している)。

これを読めば、河野太郎氏の言いたいことのポイントはわかるだろう。
それでは、河野氏自身のブログの記事を紹介する。
(この文章を読むのが面倒な人は、そのあとに掲載している、私の主張の部分だけ読むのでも構わない。あるいは、河野氏の文章を読むのは、『我慢できる範囲』にとどめても構わない。そこは、『読み手』の自由である。)



<日本で脱原発を唱える者や団体には二種類ある。
実際に脱原発を実現しようとして、一歩ずつでも前に進もうとするものと脱原発が実現するかどうかはどうでもよくて、脱原発を使って票や金、支持を集めようというものだ。


現実に脱原発を実現しようとするものは、同じ方向を向いているものすべてでスクラムを組んで前に進もうとする。
その一方で、脱原発を政治的に利用しようとするものにとっては、同じような主張をするものが邪魔になる。
だから少しでも主張が違ったり、現実的に妥協しながらでも前に進もうとしたりするものを徹底的に批判する。

残念なことに核軍縮に関しても同じようなことが起きている。
少しずつでも核軍縮を進めていくためにスクラムを組もうというものと、核軍縮を利用しようというものにやはり分かれる。
その一つの典型が、ジュネーブ軍縮会議で日本の代表部がとった行動に対する後ろからの鉄砲玉だ。


これまで日本政府は、高校生平和大使のうち一人を政府代表団として登録し、軍縮会議のなかで日本政府の代表としてスピーチをする機会を作ってきた。
しかし、そうした日本政府の行いを快く思ってこなかった国もあった。

そしてとうとう今年、日本政府に対して、高校生を代表団として登録することに明確に反対するという申し入れが行われた。
軍縮会議の運営は、コンセンサス、つまり参加国の全会一致で行われるため、もし、日本政府が高校生の登録を強行すれば、コンセンサスを与えないとまで主張してきた。

日本の代表部はやむを得ず、高校生平和大使の政府代表団としての登録をあきらめたが、それで終わりにはしなかった。
日本の軍縮大使は、代表部で高校生平和大使のために夕食会を開き、そこに核兵器国、非核兵器国で核兵器禁止条約に賛成している国と反対している国など立場の違う国の代表を招いて、高校生から話をしてもらった後、双方向の議論を実現させたのだ。

昨年までは、平和大使の中から一人だけ代表団に登録をして会議でスピーチをするだけだったが、今回は高校生平和大使全員が各国代表と双方向の議論をすることができた。
平和大使としてジュネーブを訪れた高校生にとっては、様々な考え方を聞き、考え、議論をする良い機会になったはずだ。

そしてこういう事実を外務省並びにジュネーブの政府代表部でメディアに説明をした。
その結果、何が起きただろうか。


例えば東京新聞は、8月23日付けの記事の中で、「高校生たちがスピーチで、禁止条約に触れることに危機感を覚えての対応ではないか」という第三者のコメントを引用している。
それが事実でないことを東京新聞は知ってしまっているから、記者はそう書けないが、第三者が言ったコメントを載せるぶんには責任はないと考えたのだろうか。

さらに「夕食会の場で話すのと議事録に残る会議でスピーチをするのとでは意味が全く違う」というやはり第三者のコメントまでわざわざ載せている。

参加した高校生全員が立場の違う各国の代表と双方向で議論できるのと、一人だけが会議で一方的にスピーチをするだけなのでは、参加した高校生にとって意味合いが大きく違うはずだが、それを正確に伝えていない。

そして高校生のスピーチに反対した国がどこか、取材していればわかっているだろうはずだが、その国の政府に対する批判は一言もない。


さらこの東京新聞の記事によれば、まるで核兵器禁止条約は素晴らしいが、「核保有国もそうでない国も巻き込んで着実にこの脅威を減らす方向へ歩んでいくことを考える」のはけしからんことでもあるかのようだ。

エベレストの頂上をヘリコプターで一気に目指すのもありかもしれない。
しかし、頂上付近にヘリコプターを着陸させるのは極めて非現実的だと思うならば、ベースキャンプから一歩一歩、着実に歩いて登るやり方もあるはずだ。


核軍縮をただ何かに利用しようというならば何を言おうが勝手だが、現実に核軍縮を進めるならば、同じ方向を向いている者同士、手を携えていかなければならない。

後ろから鉄砲玉を撃つ必要はない。>



それでは、私の意見・感想だ。
なぜ、河野太郎氏がこのような記事を書いたのか?

それは、ひょっとしたら、ある種の『やましさ?』を彼自身が感じているからではないか?
河野太郎氏は、『脱原発』で売り出して、政治家として有名になった。

そして、今回の『内閣改造』で外務大臣を射止めたのだが、何をやっているのかといえば、『脱原発』については、『閣内不一致』を招きかねないので自分の主張を『封印している』ということのようだ。

それだけでなく、現下の朝鮮半島を巡る緊張状態のなかで、安倍首相とともに、トランプ大統領の後押しのようなことばかりしているように見える。

つまり、ひょっとすると、朝鮮半島で核戦争が起きかねない状態のなかで、むしろ、『緊張状態』をエスカレートさせかねないようなことばかり、している。


朝鮮半島の危機は、金正恩委員長という人物のもっている『危険性』と同時に、アメリカのトランプ大統領自身が持っている『危険性』、この2つの『危険性』が同時進行している点に、より大きな危機の真相があるのだろう。

現状を私なりに見てみると、北朝鮮のほうは、自分たちの『王朝』がイラクやリビアのようにアメリカの軍事力で崩壊させられたくないから、『核兵器』でもってハリネズミのように自らを武装し、『核の抑止力』でもって、アメリカに自分たちの体制を『崩壊させないという<承認>』を求めているように見受けられる。

したがって、(何か『事故・事件』でも起きない限り)北朝鮮から先制的にアメリカに対して実際に攻撃を仕掛けることはない。そのようなことをすれば、確実に北朝鮮の体制は殲滅させられる。


ところが、アメリカのトランプ大統領の側としては、仮に核兵器の打ち合いとなれば、(現時点で)アメリカ本土を本格的に攻撃できるほどの力を北朝鮮は有していないようだから、アメリカが北朝鮮に対して、(核兵器を含む)大々的な軍事攻撃を仕掛けて、軍事的勝利を勝ち取ろうとする可能性は『ゼロ』ではない。

つまり、普通に考えると、より『危険』なほうは、むしろ、アメリカ・トランプ大統領のほうであろう。

彼が、朝鮮半島における北朝鮮の国民、韓国の国民、アメリカの国民、そして、周辺のアメリカ軍の戦略基地の配置場所である、沖縄をはじめとする日本の国民がこうむるであろう『犠牲』をどれほどのものと考えるか(政治的に『許容できる範囲』のものと考えるかどうか)が、トランプ大統領の側の『意思決定』における重大要因になると思われるからだ。


ところが、安倍首相も、そしてその(いわば)部下である河野太郎・外務大臣も、こうした事情を無視しして、事態がエスカレートするように、また、日本の国民のストレスやパニックが高まるようにと、『世論誘導』を進めているようだ。

本来、やるべきことは、例えばドイツのメルケル首相がとっているような態度を、日本の安倍首相や河野外相がとるべきであろう。
ところが、その逆である。

『唯一の戦争被爆国』を一種の『キャッチフレーズ』としてきた国が、今度は、『来るべき核戦争』の『客引き役?』『案内人?』みたいなことをやっているのだから、本末転倒も極まれりである。

その象徴として、このブログで取り上げられている、『高校生平和大使』の問題がある。
ところが、河野太郎氏はこの問題を『矮小化』して、『東京新聞』の報道姿勢の問題に限定してしまっている。
もともと、『説明責任』は河野外務大臣にあるのであって、『東京新聞』にあるのではない。


それに、『後ろから鉄砲玉』となどういうことか?
仮に、河野太郎氏と『東京新聞』がともに、『脱原発』と『核廃絶』を希求する『仲間同士』であるならば、『後ろから鉄砲玉』というような表現が妥当性を持つこともあるかもしれない。

ところが、河野太郎氏は勝手に、『脱原発』陣営、『核廃絶』陣営から離脱しつつあるようだから、『後ろから鉄砲玉』という表現は当たらないのではなかろうか?

『脱原発』を主張する河野太郎氏が、日本の原発の『安全性』を高めるような措置をとったり、『再稼働の停止』を考慮するのでなく、むしろ、どんどん『再稼働』を続けながら(つまり、北朝鮮が日本の原発にミサイル等の攻撃を仕掛けてこないということを『確信』?しながら)、同時に、トランプ大統領にくみして、朝鮮半島における緊張を激化させるその『先兵』のような役を引き受けてしまっているのは、どう考えても、『自己矛盾』ではないか?

河野氏は
『エベレストの頂上をヘリコプターで一気に目指すのもありかもしれない。
しかし、頂上付近にヘリコプターを着陸させるのは極めて非現実的だと思うならば、ベースキャンプから一歩一歩、着実に歩いて登るやり方もあるはずだ。』
などと書いているが、こうした『やり方』を採用していることを、国民に対して、ていねいに説明する『説明責任』があるにもかかわらず、それを放棄しているのは、外務省であり、河野太郎氏の側ではないだろうか?






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