北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。


今回の、安倍首相と小池都知事(それに、前原代表が『脇役』として加わる)の『奇策の応酬』について、いろいろ考えてみると、日本政治のなかで起きてきた、さまざまなことを思い出す(私も、60歳代の末近くなので)。

一番、びっくりしたことは、1994年6月に、村山富市・(当時の)社会党委員長をかついだ政権が誕生したことだったかもしれない。

いわゆる『自社さ連立政権』で、自民党と『新党さきがけ』が村山氏をかついだのである。
当時、社会党はわずかな議席しか保有していない。完全に自民党・さきがけの『神輿』に乗った形であった。
この『奇策』がなぜ、成立したかといえば、ある意味では、小沢一郎という『モンスター』に対する『恐怖心』の裏返しともいえる。


現在は、なぜか、『リベラル』(この言葉自体、意味不明であり、あまり使いたくないが)と思われている小沢一郎氏であるが、細川護熙(もりひろ)という熊本の殿様の末裔から熊本県知事になった人物(自民党田中派→1992年に『日本新党』を結成)をかついで、1993年8月に、『細川内閣』(日本新党、新党さきがけ、新生党、社会党、公明党、民社党、社民連、民主改革連合の8党派参加の『非自民・非共産連立政権』)というガラス細工のような政権を立ち上げたのは、小沢一郎の『剛腕』あってのものだろう。

しかし、『政治改革』(この当時は、小選挙区の導入が共通テーマであった)、『規制改革』(このころ、規制緩和という言葉が流行語になっていた)などという、お決まりの言葉は氾濫していたものの、あまりにも多くの党派の『寄せ集め』であり、翌1994年4月には、早くも破綻−退陣した。

このあたりから、『奇策』が横行し始めたという印象が残っている(当時、私は、40歳代前半である)。


この『連立政権』はやがて、小沢氏を中心とするグループと、反小沢派に分かれていく。
そして、反小沢派(彼らは、小沢氏を非常に恐れていて、それと対抗するためには、何でもやると決意した)が、『窮余の策』として、自民党と結びついて、しかも社会党の委員長の村山氏を『神輿』にかついで、誕生したのが村山政権だった。

この内閣は、当時、『非武装中立』を唱えていて、『自衛隊の存在』そのものも違憲のものとしていた社会党の委員長(村山氏)が、(むしろ、自民党寄りの政策に対応すべく、急速に舵をきって)いきなり、自衛隊の最高指揮監督権を有する内閣総理大臣になるという、あまりにも『無原則』なものであった。

その結果、村山内閣は、1995年1月の阪神淡路大震災への対応も遅れたと言われ、1996年1月には退陣せざるを得なかった(後継は、自民党の橋本龍太郎内閣である。第1次橋本内閣は、自社さの連立内閣であったが、1996年11月の第2次橋本内閣では自民党単独内閣に復帰した)。


『村山内閣』は、今日、戦後50周年にあたって『村山談話を残した内閣として美化されがちであるが、実際は、『安保政策』あるいは『憲法に対する見解』など、あまりにもぐらぐらして支持者に『失望感』ばかり与え続けた、それに対する一種の『埋め合わせ』として、『せめて談話だけでも立派なもの』を残そうとして、無理をした側面があったように感じる。

このように、『奇策の応酬』といったものは、必ず『後遺症』を残すし、『政治をゆがめるもの』だという気が強くしている。


実は、今回の小池百合子氏の『希望の党』構想にも、その裏ないし周辺で、小沢一郎氏、あるいは小泉純一郎氏、細川護熙(もりひろ)氏らの影があるような話も出ている。

もしかしたら、彼らは『得意』なのかもしれないが、『奇策の応酬』は『恨み』と『しっぺ返し』が横行し、憎悪とニヒリズムの蓄積を生み出しかねないことは、民主党、民進党のなかで、小沢一郎氏がどのような扱いを受けてきたかを見れば、うかがい知ることができると思う。

実に、小池百合子氏は、こうした『政治の師匠』たちの『邪道の政治』を自らの政治経験(成功経験?)として蓄積し、今日の『わけのわからない<ポピュリズム政治>』へと磨きをかけてきたように見える。
(つづく)







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閉じる コメント(3)

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基本的に政治家をあまり信用しない方が健全かと。

2017/9/29(金) 午後 8:16 [ TJ Adventure ] 返信する

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補足:『河野談話』について勘違いをしていたので、関連する記述をカットしました。河野官房長官は宮澤内閣の時の官房長官でした。

2017/9/29(金) 午後 8:57 [ 北京老学生 ] 返信する

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> TJ Adventureさん
そうですね。政治家というのは、自分の都合のように『物事を言う』のが習性ですからね(左右を問わず)。もちろん、比較的マシなかたもおられますが(これまた、左右を問わず)。

2017/9/29(金) 午後 8:59 [ 北京老学生 ] 返信する

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