北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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本日(10月10日)は、台湾の『国慶節』(いわば建国記念日のようなもの)である。

しかし、中華人民共和国の『国慶節』が、1949年の10月1日に、北京の天安広場に指導者が集まり、『中華人民共和国』の建国宣言を行った日と、ある意味でわかりやすい日なのに対して、台湾の『国慶節』はもっとも、分かりにくい。というよりも、台湾の人々は複雑な視線を、この『記念日』に投げかけているようだ。


私は、台湾でこの日を迎えるのは初めてだし、明日(11日)に日本に『一時帰国』する予定なので、必ずしもテレビの中継番組などもていねいに見ているわけでもない。
だから、印象だけの話になるが、見たもの、感じたことを書いてみよう。

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台北市にある総統府の建物の前で、一連の行事は行われたようだ。

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そもそも、この『双十節』(10月10日だから)というのは、1911年10月10日に中国(当時は清朝)の武昌(現在の中国湖北省武漢市)で『武昌起義』とか『武昌蜂起』と呼ばれる兵士たちの反乱が起きた。

この反乱は、(当時)国外に亡命していた孫文を指導者とする『辛亥革命』の引き金となり、翌1912年1月1日には、中華民国臨時政府が成立し、孫文が臨時大総統職に就任した。しかし、清朝最後の宣統帝溥儀は、いったん、1912年2月12日に退位するが、その後、日本が溥儀をかついで、1917年7月に満州国の皇帝として復権させる。


また、孫文に代わり、(清朝の有力な軍人・政治家の)袁世凱が第2代、中華民国臨時大総統、その後、初代中華民国大総統に就任し、いわば革命の『横取り』『簒奪』を始める。
(ここに、中国のその後の混迷の大きな要因が存在している。)


だから、双十節というのは、(孫文、蒋介石と続いた)『中華民国』の誕生日を意味している。
蒋介石政権あるいは、それを引き継いだ国民党政府が、台湾の与党であったときは、『中華民国』の誕生日を、『台湾の人々』の『国の誕生日』とすることには、矛盾はなかったかもしれない。

しかし、蒋介石の死後、蒋経国(蒋介石の長男)あるいはその部下であった、李登輝氏が台湾の『民主化』という『激変』に導いていく中で、『双十節』は、矛盾にさらされている。

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総統府の前の会場で、式典は行われていく。
そこには、『中華民国』の建国の父(国父と呼ばれる)=孫文の写真が飾られている。

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また、このような、(一種の忍者ショーのようにも見える)台湾のテロ鎮圧部隊によるパフォーマンスなども演じられる。
(その他、軍のパレードなどもあったかもしれない。明日の帰国に備えてバタバタしていたので、テレビをずっと見ていたわけではない。)

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このような、台湾の地元の宗教=道教の色彩の強い、山車などもパレードもあった。
(ちなみに、この式典は午前10時に正式に開始されたようだが、『中国との統一派』の影響力の強いテレビチャンネルでは、8時台からずっと、現場のイベント中継を行っていた。


『台湾自立派』の影響力の強いチャンネルでは、10時以降にようやく中継を開始した。このように、台湾のメディアは、それぞれの政治姿勢が鮮明である。
その結果、いわば『一般の人たち』はどういうテレビ局の放送なのかを考えながら、いわば『割り引いて』テレビの放送内容を見る習慣がついているみたいだ。)

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式典のなかでは、政府を代表して、民進党の蔡英文総統(昨年、就任した)が演説をした。

しかし、その演説内容についても、『中国との統一派』の影響の強いテレビ局は、彼女は、『中華民国』という言葉を〇回しか使わなかったのに、『台湾』という言葉をその10倍使用したなどと(回数を数えながら)非難をしていた。

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この人は、台北市長のクー・ウェンジュ(か・ぶんてつ)=<(木へんに)可>文哲氏である。
どちらかというと、民進党と国民党の間のポジショニングを狙っている無党派(もともとは民進党系)の
政治家である。外科医の出身だという。
選挙民の間での人気は高いらしい。

もっともこの日、彼は中華民国の国家斉唱の際に、その一部を(忘れたと称して)歌わなかったというので、一部のメディアの非難を浴びていた。

中華民国の国歌は、『三民主義』という孫文の思想を歌にしたものである。
その歌詞には、(三民主義は)『我が党の指針』というくだりがある(『我が党』とは国民党のこと)。この『我が党の』という部分を歌わなかったようである。

この台湾市長に限らず、『中国との統一派』の影響力の強いテレビチャンネルは、誰それは歌っていた、誰それは歌っていなかったなどと、報道のなかで、指摘しており、そういう意味ではこの『中華民国国歌』は果たして、今日の台湾の『国歌』として適切なものなのかどうか、という疑問が台湾のなかでは広がっているようである。


このように、『双十節』一つとってみても、台湾というのは、いろんな考え方、いろんな人々を抱え込んだ社会であることがうかがえる。







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