北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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昨日(12日)は、いちおう、沖縄(那覇旅行)の2日目(実質初日)にあたる。
最初に、今後の予定も含めて、書いてみたい。

12日−−平和通りの公設市場(第一牧志公設市場)、ジュンク堂書店那覇店、首里城公園など
13日(予定)−−観光バスを利用して、南部の戦跡巡り
14日(予定)−−一日単独行動、普天間飛行場の周辺を見に行く
15日(予定)−−早朝の便で台湾へ戻る

たったこれだけの予定である。
だが、団塊の世代(今年中に70歳になる−−これも予定に過ぎないが)で普段、どちらかというと『引きこもり』?気味の人間としては、これだけ動いて回るのも、結構、エネルギーを消費する。


昨日(12日)は、(すでに暦の上では『本日』になってしまっているが)翌日(13日)の観光バス(南部戦跡巡りなど)で最初に回る予定の首里城への、『下見』というかモノレール(ゆいレール)と徒歩で出かけてみた。

首里城は、『琉球王国』という独立王国の中心だったわけだが(といっても、考えてみると、琉球王国についてさほど知識はない)、行ってみるとかなり広大なものだった。
城の外周には、城壁がめぐらされていたが、その跡がかなり残されている。
(中国の昔の街づくりにしたがった様式のようだ。)

行ってみると、これまで体験した万里の長城(もちろん、それよりずっとミニ版だが)やら、北京の紫禁城(故宮)、あるいは中国の各地の城跡などを思い出した。
さらに、かつて行ったことのある熊本城のことなども、記憶のなかから呼び出された。
(首里城のことは、13日の『南部戦跡』巡りを含む観光バス旅行のなかで、まとめて紹介していきたい。)


なお、13日に『観光バス』を利用することにしたのは、クルマの運転もできず、もっぱら公共交通機関に頼る身としては、公共交通機関が(那覇空港と首里城を結ぶ『ゆいレール』というモノレール以外には)路線バスしかない沖縄で、効率よく(少なくとも沖縄本島の南部の)全体像を把握するには、『観光バス』が良いのではないかと思ったからだ。
(幸い、自由時間もたっぷりとってある『コース』を選択することができた。ただし、実際に行ってみないと、どういうものかはわからないが…。)

昨日は、ホテルで沖縄料理のビュッフェ・スタイルの朝食をカミサンととった。
(一人1500円かかったが、幸い『好評』で、カミサンはもう一回そこで、食べてみたいと言っていた。ただし、14日は朝から美容院の予定を入れたようで、ホテル内で食べてから出かける時間的余裕があるか、よくわからないが…。

台湾に来てからは、カミサンは台湾の美容院に行っているが、カミサンの中国語力でも美容院での意思疎通は難しいところがあるらしい。)


その後、2日で国際通りから平和通りを歩き、おまけに沖映通り(昔、『沖映』という映画館のあった通りのようだ)からジュンク堂書店まで歩いて行って、そこで別れた。
(もっとも、ジュンク堂のなかは、ほとんどビル全体が書店と文房具売り場なので、ビルのなかを回っていると、再び、カミサンと遭遇したが…。)
そのあと、一人で首里城へ向かった次第。
(夜は、一緒に食事に出かけた。)

ポイントだけ紹介をしよう。

イメージ 1


これは、ゆいレールの『牧志駅』(宿泊しているホテルの最寄り駅)前に建っている。
『さいおん・うふシーサー』という説明がついていた。

『シーサー』というのは、ライオンをモデルとする架空の動物(沖縄で至る所で、その像を見かける)で、沖縄には15世紀の『大交易時代』に中国から伝わったと『言われている』と説明文にはあった。

なお、『さいおん』というのは、琉球王国の大政治家。
蔡温という字を書く(台湾の現在の女性総統と同じ姓だが、もっとも蔡という姓の人は台湾に大勢いる)が、中国から琉球にわたった人のようだ。
(このシーサー像−−陶器で作られている−−が建っているそばの橋も『蔡温橋』という名称だ。)

イメージ 2


『国際通り』を歩いた。
南国らしく、ヤシの木が街路樹のように植えてある(もっとも、台湾でよく見かけたものと比べると、やや背丈が低い)。

それから初日(11日)の記事にも書いたが、気温が台湾より10度以上低いのには、少々まいった(本土では九州の各地においても、何十年ぶりの大雪が降ったことが伝えられている)。沖縄でも『あられ』が降ったそうだ。
天気予想では、『曇り』だったが、結構、ときどき雨が降っていた。それに風も強い。

(ジュンク堂書店の近く−−県庁からも近いが−−を歩いている時には、上空を米軍?の戦闘機のようなものが2機飛んでいるのが見えた。そんなに近くを飛んだわけではないが、やはりそれなりに『衝撃音』を感じた、)
少し『脱線』したついでに書くと、この戦闘機が飛ぶのを感じた場所付近には、こんな表示も街中に立っていた。

イメージ 3


これは、『沖縄市』のたてたもの。
どういう『不発弾』なのか不明だが…(もちろん、本土でもいまだに『不発弾』が発見されることもあるけど…)。

イメージ 4

イメージ 5

『国際通り』から、『平和通り』というアーケード付きの商店街に入っていった。
この『平和通り』というのは、50年くらい前にカミサンが学生のころ、来た記憶があるらしい。
いろいろ話を聞いてみると、カミサンは、今回が沖縄が2度目ではなく、3度目だったかもしれないなどと言う(年寄りの記憶など、『いい加減』なものだ)。

そのころ、おばあさんたちがきびきびと働いているのが『印象的だった』(学生の彼女の目からすると男どもは、『遊んでいる』ように見えたらしい。『一仕事』終えた後だった後だったのかもしれないと思うが…)という『公設市場』に来てみた。

イメージ 6

この店のわきに『公設市場』の入り口がある。
公設市場というのは、(たしか)二階建てになっていて、似たようなものが中国にも台湾にもある(もちろん、韓国にもあった記憶があるが…)。
最近行ったのでいうと、台湾のが(なかに飲食のエリアがあるのも含めて)感じがかなり似ていた。

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

こういう場で、買い物もほとんどしないで(カミサンは、シークアーサージュースなど台湾に持ち帰ることができるものなどを、いろいろ買っていたが)写真を撮るのは、気が引けてあまり写真を撮れない。

やはり、女性が店をやっているところが多い。
一つ一つは、かなり小規模な感じだ。

それでも、沖縄を感じさせるカラフルな魚などが並んでいる。
包装用に使われている『沖縄タイムス』の紙面が現代を感じさせる。

また、(おそらくかなり増えているはずの)中国人観光客向けに、『指定のレストランでこれらの食材を調理することができます』と書かれているのも面白い。
(もう少し書きたいことが残っているが、時間がなくなってきたので、『後篇』に続ける。
『後篇』はかなり、短くなるはずだ。)
(つづく)







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