北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。


前回の記事にも書いたように、13日(今回の沖縄ミニ旅行の3日目)に、カミサンと一緒に『観光バス』に乗った。
『首里城・戦跡・おきなわワールドコース』(首里城→旧海軍司令部壕→ひめゆりの塔→平和祈念公園・平和の礎→おきなわワールド)というコースを選択。

午前9時に指定の『集合場所』である、県庁そばの定期観光バス乗り場に出かけた。
結局、このコースの参加者は、全部で9人だった(途中、ホテル前から参加した人を含め)。

全員、私とカミサンと同じような感じの年配者である(やや、若めの人もいたが)。そのうち一組は中国人(または、台湾人)の母親と娘(あるいは義理の娘かもしれない)で、日本語がわかるらしい娘さんが、ガイドさんの話を中国語に時折、通訳していた。

ガイドさんは、ベテランのかたで、『情報量たっぷりの解説』を手抜きなく、してくれた。
十分、理解できない部分も多少あったが、いい加減な説明ではないという印象で、好感をもてた。
(もっとも、この日の参加者が9人どまりだったことでもわかるように、若い旅行客などを集めるのは、大変なことなのかもしれない。
もちろん、高校生などの『修学旅行の生徒』たちなどにも対応しているのだろうけれど。)

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前日、あれだけ『苦労』して首里城公園の『有料地区』の入り口にたどりついたのだが、この日は、あっという間に、着いてしまった。

その仕掛けは、この地図の右下の『首里杜館(すいむいかん)』という首都城公園レストセンターに観光バスを着けて、そこから歩きが始まるという仕組みになっていることと、そこから『有料地区』の入り口である奉神門まで、『バリアフリーコース』という名称の最短コースを進んでいくということである。

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だから、2000円札の図柄にもなっている『守礼門』は通るが、その他の門はほとんどカットして、直行する。

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この『守礼門』のそばには、このような『史跡 首里城跡』という碑なども建っている。
もっとも、これは横を見ると、『昭和47年5月15日』、すなわち『沖縄返還』の1972年に記念に建てられたものである。

のぼりも何本か立っていたが、この『首里城公園』が開園したのは、沖縄の本土復帰20周年を記念しての事業だった。

ここでもらったパンフレットを見ると、次のようにも書かれている。

<首里城の創建は14世紀頃といわれていますが、詳しいことはわかっていません。その後、1406年に尚巴志(しょう はし)琉球王国支配のための居城として以来、1879年、最後の国王・尚康が明治政府に明け渡すまで、約500年にわたって琉球王国の政治・外交・文化の中心として栄華を誇りました。>

上記の巴志(はし)は、当時、『三山』といって『北山』『中山』『南山』の三つに分裂していた琉球を統一した王国を建国した(らしい)。

<1945年の沖縄戦で灰燼に帰した首里城正殿は、1992年、沖縄の本土復帰20周年を記念して18世紀の首里城をモデルとして復元されました。>

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ここが前日(12日)、最後にたどり着いた『有料地区』の入り口である券売所前。
ガイドさんが同行したのは、ここまでで以後(たしか70分?)、『自由行動』の時間であった。

私は、迷わずカミサンと、(大人)一人820円の入場券を購入して、中に入っていった。

この『70分』というのが、結構、せわしかった。
(そのうち、機会があれば、また、もっとゆっくりと来てみたい。)

何しろ、『写真撮影』は原則禁止(ごく一部だけ、写真が撮れる場所もあった)。
琉球王国についての知識も私にはない。
(逆に、ここを見学して以降、例えば陳舜臣さんの書かれた小説『琉球の風』などを読んでみたいと思った。これは、NHKの1993年の大河ドラマ『琉球の風 DRAGON SPIRIT』の原作でもある。)


まあ、それでもわずかに撮った写真などを頼りに、再構成してみよう。
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これは、『正殿』と呼ばれるメインの建物。ガイドブックには、次のような写真が掲載されている。

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復元した建物であるため、建築当時の鮮やかな朱色をしている。

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国王が座った場所(玉座)だろうか?

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ここは、本物の『発掘した跡』。こういうものが、実際に存在しているので、ここは2000年12月に、『琉球王国のグスク及び関連遺産群』として、日本で11番目の『世界遺産』登録がなされたという。
(日本にそんなにたくさんの『世界遺産』があるとは知らなかった。なお、2018年1月現在で、合計21件に達している。)

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ここから、外が見えていた。海も見える。

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ここは、『有料地区』から外に出て、『西のアザナ』と呼ばれる展望の良い場所からの光景。

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『アベ政治を許さない』というプレートを付けた女性。
(沖縄では、特にこんなプレートを付けていなくとも、安倍首相の政治スタイルに反発を覚えている人が多いのだと思う。)

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これは、『集合場所』であった『首里杜館』(首里城公園レストセンター)で見かけた、琉球王国の行列?を描いた図(やや、人数が少ない気もするが…)。

前に、江戸時代に李氏朝鮮から日本に定期的に訪問していた『朝鮮通信使』の図を見たことがあるが、何となく感じが似ている。

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これは、実は前日(12日)に目にしたものだが、首里城の周りのお堀である(皇居と似ているところもある。皇居のほうが、実際には後にできたのであろうが…)。

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そして、12日には、今でも(首里城の)遺跡の発掘が行われているのを見かけた。
このあと、『観光バス』は南部の戦跡などを回ったが、それは別の記事としたい。







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