北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。


翌日の3月25日、再び、台北の故宮博物院に出かけた。
当初、3日間連続して通うつもりで、この日が2日目。

ただし、前に書いたが、この日は朝いちで、『台北 日本人学校』で『中国語検定試験』を受験し、それが終了してから故宮に出かけた。

その途中、どこかでICカード(交通カード)を紛失してしまい、『台北 日本人学校』のそばのバス停から最寄りのMRT(地下鉄みたいなもの)駅までは現金で支払った。

ICカード(交通カード)はしようがないので、コンビニで購入し、再びチャージをした(合計で500元=2000円弱かかった)。

このように、モノをなくすのは、最近、しょっちゅうやっていることだが、さすがに気分が悪い。
後で自己分析すると、おそらくこの時、来ていた上着のポケットが割合浅いタイプだったので、交通カードを出したり入れたりしているうちに、どこかに落したのだろう。


こんなことが起こったので、さすがに気分がやや滅入る。自分自身に対する信頼性がかなり低下してしまった。

それで再び、故宮博物院についた。
今回は、『音声ガイド』を最初から借りてみる。
それで、また1階の『古文書』などを解説している展示を改めて見に行った。

たしかに、解説(日本語)を聞いているといろんな情報が入ってくる。
ただし、少し詳しすぎるという気がしないでもない。
それに展示物について、解説のあるところとないところ、はなはだその差が激しい。

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これは、楊守敬(1839年〜1915年)という清の時代の人の残した書籍。駐日公使の随員として来日。日本には中国からの古典籍がたくさん来ていたようで、それを収集したという(売店で買ったパンフの説明などを元に、ネットで検索)。

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これは、また別の人の本だったかもしれないが、本を印刷するための版とそれから刷ったもの。
このようなものを見ていると、改めて書物とか印刷物というものが、人間の歴史や文化を残すうえでの意義が再確認される。

今は、ネットの時代などというが、そのコンテンツというものの大半は、結局のところ、活字や本の時代の『成果』を横取りしているものに過ぎない。

それに、よく(昔から)VHSやDVDなど、『永遠に残せますよ』などと言って、消費者に売りつけながら、実際はそのようなメディアの盛衰とともに、たちまちよ(中身を)読めなくなってしまったりしている。
(電子書籍だって、その会社がサービスを停止すれば、たちまち霧散してしまうのだから、ある種、『皮肉』さえ感じてしまう。)



それなりに展示を見て回ったが、やがて疲れを感じて、青銅器とか陶器とか一通り見て回ろうなどと当初考えていたことは、『やる気』がなくなってきた。
それだけでなく、翌日も故宮に通って、3日連続して見学しようかと思っていたのだが、それも『戦意喪失?』してしまった。

とりあえず、『撤退戦略』に切り替えようということで、『土産物』を探した。

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こういった売店が故宮博物院のなかにあった。
『古文書』などの展示物の説明のものがあればいいなと思っていたら、こんなのがあった。

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どちらも今の(特別展の)展示の説明ではなく、以前の展示の時のもののようだった。ただし、ここの展示は、切り口を多少変えて似たような展示を繰り返しているようで、現在の展示物の説明としても使えそうだった。

イメージ 6


こちらは日本語の説明文も付いていた。
『奏摺制度』というものについて説明している。『奏摺』というのは、臣下が皇帝に対して直接届ける文書で、封をされたまま皇帝の元に直接届くのが特徴だという。

康熙帝と雍正帝という、清の二人の皇帝の時代には、『官員は必ず自ら奏摺を作成することを要求されたが、なお他人の手を借りた例もある。』と書かれている。

本人が、自ら書くのであれば、今のように『公文書の改ざん』などもやりにくいことだろう。
仮に『改ざん』をしたとしたら、誰がどういうタイミングでしたか、なども追跡しやすいというような気もする。
奏摺というのは、秘密性が高く、かつ迅速に処理されたので、清の雍正帝(第5代皇帝)の時代に使用範囲が拡大したのだという。

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この『奏摺制度』にからんで、<(石+朱)批>という仕組みがあった。これは皇帝が朱色の墨を使って、コメントや指示などを書き添えるという仕組みだという。

『特に雍正帝はこの(石+朱)批に非常に勤勉であり、常に灯りを灯して閲覧・批評を行い、ややもすれば数十語、多い場合は数百字から千字にまでなる。』と購入したパンフレットには、記されていた。
『数百字から千字』といっても、これはすべて漢字の塊だから膨大な情報量である。

そして、このような雍正帝が残した(石+朱)批の文書が、この故宮博物院だけで22375件もあるのだという。
驚きである。

皇帝といえども、その人物の力量が、後世に至るまで証拠として残される。
(一体、安倍晋三という人物は、百年後の世の中で、どのような政治家として記録されるのだろうか?
まあ、あんまり正確に記録、記憶されたくないので、せっせと証拠を残さないように『廃棄』をしているのかもしれないけど…。)

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もう一冊のパンフは、あわてて購入したら、中国語と英語で書かれているだけのようで、日本語が見当たらなかった。

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その他、こういう絵葉書を購入した。
これは、買ったときは、どこかで書いて、大分に住んでいる孫娘にでも送ろうかと思って買ったものである。
(その他、長崎に住んでいる叔母にも何か送る必要がある。この叔母は、『叔母』と言っても、私と4歳くらいしか年齢が違わない。)

イメージ 11


このように故宮博物院の地下には郵便局もあって、『故宮』の消印入り?で郵便物をここから発送することもできるようである。


だが、結局、翌日はもうこの故宮博物院には行かなかったし、孫娘にしても、この春中学校に入学した上の子と、小学校4年生のその妹の姉妹である。
『故宮博物院』から絵葉書を送っても、少し絵葉書の内容が難しすぎるかもしれない。

ということで、(今住んでいる)台中市内の自宅の比較的近くにある国立美術館で売っているはずの絵葉書を買って、そっちのほうを送ることにした。
(しかも、ちゃんと先方に届くことを確認したいので、来週、横浜市内の自宅に戻ってから投函するつもりである。)


いずれにしても、これで故宮博物院の関連の記事を終える。
このほか、初日の帰りには、(日本語を話す)台湾人のおじさん(私とほぼ同年配の人)とのちょっとした触れ合いがあったが、それについてはまた気が向いたら、書くかもしれない。










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