北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きである。


昨日(4月15日)の『東京新聞』の『本音のコラム』に法政大学教授の口二郎氏が、こんなことを書いていた。
(その一部を紹介する。)

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なお、私も『反安倍』であり、山口氏が『反安倍』陣営の代表的な知識人の一人だということは十分に、承知している。

だが、山口氏の発言(特に、いわゆる大衆集会での『アジ演説』のなかのそれ)は、ムードを盛り上げようとして、(『産経新聞』やいわゆるネットウヨクなどに)揚げ足取りをされるような(スキだらけの)発言がしばしば見られ、私は正直言うと、少しうんざりしている。


例えば、彼は、この種の演説の中で、安倍首相を『叩っきれ』などと発言したと(『産経新聞』やネトウヨクの論調のなかで)言われることがある。
実際は、『仮に、時代劇のなかの話であれば、安倍首相のような悪代官みたいな人物は、<たたっ切れ>ということになるのかもしれないのですけど…』と言っただけなのだが…。


<映画『チャーチル』を見た。

第二次世界大戦の緒戦でドイツが優勢を極め、英政府内にも対独宥和(ゆうわ)派がいた。
これに対し、チャーチルがナチスと戦い抜くという決意を議会演説で訴え、議員や国民を鼓舞する場面が圧巻である。
宥和(ゆうわ)派の閣僚が、チャーチルは言葉を武器に変えたと述べたセリフを印象的だった。


安倍首相もこの映画を見たそうだ。
首相は、チャーチルとは真逆の意味で言葉を武器にしている。

彼の発する言葉はことごとく国民をうんざりさせ、政治なんてこんなものと虚無的にさせる。国会で自分や下僚が嘘をついても、問題ないと強弁し続ければ国民もすぐに忘れると高をくくっているのであろう。


チャーチルの「我々は絶対に屈服しない」という名言も、たぶん首相は我田引水で理解しているのだろう。
チャーチルは民主主義を破壊するナチスと戦ったのに対し、首相は自ら民主主義を壊しているにもかかわらず、足を引っ張る野党やマスコミに屈服しないと決意を新たにしたのではないか。(後略)>


私は、山口二郎氏が多少『苦手』だと書いたが、ここで山口氏が書いていることには基本的に、異論はない。
(ただし、そんなに短い原稿ではないのに、なぜ映画のタイトルをもう少し正確に書かないのかなという疑問は感じるが…。)


安倍首相は、チャーチルを尊敬しているからと言って、わざわざ一般客の大勢来ているはずの映画館に、今月8日(日曜日)に荒井・内閣官房参与らを引き連れて(もちろん、SPが大勢付くはずである)、『TOHOシネマズ日比谷』に出かけている。

私が、カミサンと一緒にこの映画を見たのは、『TOHOシネマズ日本橋』であり、おまけに平日の午前中というタイミングだったが、お客は大勢入っていた。

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この映画で取り上げられているのは、チャーチルが初めて首相に就任した1940年5月10日からドイツとの戦いを宣言する演説をした5月28日までの『極めて限られた期間』に過ぎない。


しかも、彼は『保守党』と『自由党』を行ったり来たりしている(保守党→自由党→保守党)、敵の多い政治家として描かれている。

前任の首相である(保守党の)チェンバレンは政権内におり、政権自体が、(野党の)労働党を含めた『挙国一致内閣』であった。


さらに、彼は既に老人(66歳?)であり、おまけに彼は貴族ではあるが、母はアメリカ人(金持ちの娘)であって、彼自身のイギリスの『上流社会?』での評判は決してよくない。
いちおう、彼の内閣に参加した(同じ保守党の)チェンバレンやハリファックスは機会があれば、彼から権力を奪取しようと、虎視眈々としている。



にもかかわらず、この映画のなかで、彼は『庶民からの支持』を確認し、さらに『女性たちからの支持』も得て、最初の苦難を克服した。

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『庶民からの支持』は、おそらくフィクショがほとんどのはずの『地下鉄のなかでの庶民との交流』という形で描かれている。


『女性たちからの支持』もこれまた、(フィクションがかなりの部分を占めているはずで)『最初は、チャーチルを嫌悪していた女性タイピスト』からの支持と、(安倍昭恵さんとは、全くの別タイプとして描かれている)チャーチル夫人からの『賢明なサポート』という風に描かれている。


こうした助力を得ながら(映画のなかでは)『弱点だらけの人間』として描かれているチャーチルは、『言葉の力』も借りて、彼の政敵たちでさえ、『議会のなかの演説に拍手を送らざるをえないような状況』を生み出していく。
まさに、安倍首相とは『対照的に姿』に描かれている。


現実のチャーチルは、おそらく『矛盾だらけの人物』であったのだろう(ここで描かれているのは、『理想化された姿』であろうことは、明らかである)。


にもかかわらず、この映画は、ジョー・ライト監督を始めとするスタッフが今日、この映画に何を込めているか、今の社会に何を発信しているかは、非常に『明確』であると思う。


そういう意味では、安倍首相は、間違った映画を(選択し)、それをわざわざ、公衆の面前で見てしまったという気がしている。

安倍首相は、『映画が好きな人』だというが、映画の選択ということすら満足できない政治家が、国を正しい道に導いていくことなどできるのだろうか?

(つづく)











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本日(17日)はある集会に参加するために杉並に来ています。
集会参加後に、記事(ただし今日の話ではありませんが)をアップする予定にしています。
いろいろ、状況が急激に変化しており、ついていくのに苦労しています。本日は、14日の国会前での行動の報告の形で書くつもりです。
もしかしたら、日を超えて暦の上では明日になってしまうかもしれません。

2018/4/17(火) 午後 5:42 [ 北京老学生 ] 返信する

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