北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。今回が最終回になる。


前回、前川氏の話のポイントとして、私が受け止めたのは次のようなことだ。

前川氏は、『文部科学省の役人』としての誇りを持っている(A)。
つまり、彼は『文部科学官僚の落ちこぼれ』ではなく、むしろ『文部科学官僚のあるべき姿を追求する正統派』である。

ということは、逆に前川氏を追及し糾弾する人々(安倍首相官邸に巣くう人々)こそ、従来の『官僚たちの持っていた機能』を破壊し、一種のクーデター(憲法を実質的に破壊させる行動)を進行させていたのである。
前川氏の行動は、このクーデターに対する『正統派官僚たち』の反撃ののろし(のようなもの)ととらえるべきだろう。

同時に、『日本国憲法の良さ』について確信を持っている(B)。
その反面、(憲法の精神に反して)昨今、『教育勅語』が持ち上げられている傾向に対して批判をしている(C)。
そして、現在の学校教育が持っている問題点についても、よく知っており、それを自分の『実践』を含めて克服する道を探っている(Ⅾ)。

このうち、(A)については、いちおう前回、記したので残されたポイントについて最小限の指摘を書いていきたい。


<『日本国憲法の良さ』についての確信(B)>

前川氏は、東大時代の勉強に関して、『憲法だけは勉強するに値すると思っていた』と語っていた。
また、日本国憲法について、『押しつけ憲法』と言われることがあるが、もともとワイマール憲法の流れを引き継いでいるものであり、全体として『人類の努力の成果である』と説明した。
〇〇人が憲法を作ったといった話ではない、人類の積み重ねのなかで生まれた産物であるという。

前川氏は、海外出張でユネスコ主催の会合に出た時、隣に南アフリカの教育大臣が座っていたという。
この人は、以前、『制憲議会』のメンバーを務めていた人で、南アフリカの憲法を作った時の話をしてくれた。
そこで、世界中の憲法を参考にした、日本の『憲法9条』はいいねと言われたと言う。

日本の憲法の意義を理解するためには、単に日本の歴史だけでなく、ドイツをはじめとする世界の歴史と合わせて、学ばなければならないと語った。

あの最も民主的だと言われた『ワイマール憲法』のもとで、独裁者、ナチスが生み出されていった経過を学んで、ドイツ国民だけでなく、人類の歴史の教訓としなければならない。
戦争の原因は、『無知』であり、そこから来る不安や恐怖が、外国人に対する排斥へとつながっていく。


<『教育勅語』が持ち上げられている傾向に対する批判(C)>

私がとった講演のメモが不十分なので、著書『これからの日本、これからの教育』から引用したい。
彼は、次のように書いている。

<私は、教育勅語を道徳の教材とすることには反対だ。
戦前の日本は言論の自由や学問の自由を圧殺し、無謀な戦争に突き進んだが、そうした時代にあって教育勅語は、子どもたちの心を国体思想に絡めとり、お国のために命をすら差し出すよう誘導する役割を果たしていたからだ。>

また、前川氏は講演のなかで、『教育勅語』を暗唱してみせた。
(もっとも、ところどころで、少し詰まってしまい、そういう時は会場にいる年配の女性の遠慮気味に暗唱を続ける声が、耳に入った。子供のころ、教わったことはいつまでも記憶にとどまっているのだろう。)

こうした『教育勅語』が今日、もてはやされている。
それは戦争で負けた時点で、日本人が主体的に、徹底的になぜ負けたのかの『検証』ができなかったせいもある。
徹底した『害虫駆除』がなされなかったために、そうしたモノどもが、今日ゾロゾロと出てきている。


<現在の学校教育が持っている問題点とその克服策(Ⅾ)>

これは、前川氏自身の体験に基づいている。

<実は私は、小学校三年生の時に不登校になったことがある。
転校先の東京では、それまで暮らしていた奈良とは言葉遣いが違っていたし、先生もどことなく冷たい感じがした。決定的だったのは、奈良ではなかったプールの授業で溺れかけたことだ。二学期以降、学校に行こうとすると、吐き気や腹痛がするようになった。>

<弱肉強食の市場競争に子どもたちをさらさず、一人ひとりの学ぶ権利を保障すること。それが教育行政本来の使命ではないか。>


そして、講演のなかでも、次のように語った。
学校教育の中には、軍隊の影響が多分に残っている。

例えば、学生服、セーラー服は、兵隊の服装から来ている。運動会や遠足といった行事そのものもそうである。軍隊の『行進』などから転じている。

一糸乱れぬ行進をし、『全体止まれ』という掛け声で一斉にとまる。この『全体止まれ』というのは、もともと軍隊での<全隊、止まれ>から来た表現である。


さらに、『義務教育』という用語があるがこれは誤解を生みやすい。
あたかも、学校に行くことが義務であるかのように思われている。
そうではなく、子供に『豊かな学校教育を受ける機会』を与えることが親(保護者)の義務なのである。

そして、前川氏自身の『夜間学校』でのボランティアとしての実践への参加についても語り、また、前川氏が官僚時代に、国会前のデモにたった一度だけ『参加した体験』についても話していた。

前川氏は、今、精力的に日本中のあちこちで、講演をされているようである。
ぜひ、自分自身の耳で、前川氏の話を聞いていただきたいと思う。









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