北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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今、安倍晋三という総理大臣と麻生太郎という副総理に対して、多くの人々の批判的な目が向けられている(もちろん、支持している人たち、あるいは『政治なんてどうでもいい』と考えている人たちが、一方で存在しているのも事実だろう)。


このお二人を比較してみると、私は安倍晋三氏というのは、『分かりやすい』『とらえやすい』人のような気がする。

今日の状況では、彼は『どうしたら反撃できるのか?』を考えていることだろう。
そういう意味では、『自分は、どこか間違えていたのではないか』と考えるよりも、『ネバー・ギブアップ』の精神の人、『懲りない人』ということが言えるのだろう。
(この性格は、うまく活用することができれば、非常にプラスな思考法なのではあるが…。)


安倍首相が、『憲法改正』をなしとげたいと思っていること、そのことで『歴史に名を残したい』と思っているのは、おそらく事実なのであろう。
問題は、『憲法改正に向かって一歩を踏み出す』ことができて、それで『歴史に名を残す』ことができれば、その『憲法改正』の中身ないし手段は、『どうでも良い』と思っていそうなところである。


安倍首相は、幼少期に祖父=岸信介のために、周囲に『いじめられた』という原体験を持っているせいか、ともかく『負けてなるものか』という反骨精神というか、負けず魂だけは強固なようだ。
今、おそらく安倍首相は、本来ならば野党の態勢が整っていないところを見計らって、『解散をしかけたい』ところであろう。

だが、いくらなんでも、前回の解散―総選挙をつい昨年末にやったばかりである。
しかも、今回、解散をすれば、おそらく相対多数の議席獲得は可能かもしれないが、『憲法改正』の発議のために必要な3分の2以上という議席は割ってしまう可能性がかなり存在している。
だから、躊躇しているというのが現状であろう。

しかし、総理の座を『矢を持って追われる』というイメージが強くなれば、『逆ギレ』ではないが、いつでも『解散』という『狂気』を発動しかねない、そういうところが安倍首相にはあるように思う。


それに対して、麻生太郎氏のほうは、もっと分かりにくい。

彼を単なる『差別者』と考えれば、そんなに悩む必要もないが、それにしてもかつての『ナチスの手口に学べ』などという発言は、勲章もの?である。

野党が真に『ナチスの手口に学』んでいれば、今のような状態になるまで、安倍政治が拡大し、暴走を続けることはなかっただろう。
(まさしく、国民は、『ナチスの手口に学』んで、安倍対策を研究すべきだったのだろう。)


今回の政局でも、麻生氏の立ち位置はよくわからない。
見方によっては、『財務省』を擁護するスタンスに立って、安倍首相の『財政バランスなんて、どうでも良い』路線と戦っているように、見えないこともない。
一体、麻生太郎というのは、いかなる人物か?

イメージ 1

そのように考えていたら、横浜の自宅の本棚にこういう本があった。
これは2007年6月に、新潮新書から発売された『とてつもない日本』という本。

前に買いはしたが、そんなに真面目に読んではいない。
それに対して、安倍首相の『美しい国へ』(文春新書)のほうは、結構、きちんと読んだつもりだ。

『とてつもない日本』の方を、日本の自宅から台湾まで持ってきて、少し読んだ。
(今回も、読み通すだけの気力はなかなか出てこない。)


たしかに『とてつもない』ことが書かれている。
『はじめに』というのが冒頭にあって、12ページ目には、早くも次のような文章が出てくる。

<日本ではよく「カローシ(過労死)」を例に挙げて、日本人は働き過ぎだ、日本人の働き方は間違っているという人がいる。
だがそれはあまりに自虐的で、自らを卑下し過ぎてはいないだろうか。
「ノーキ」を守る勤勉さは、私たちが思っている以上に、素晴らしい美徳なのである。>


これだけ切り取って、引用すると一体何を言っているのかと疑わしく思うのが普通であろう。
簡単に説明したい。

2005年の暮れに、麻生氏は外務大臣を務めていて、インドの地下鉄建設を視察する機会があったという。
この地下鉄建設プロジェクトは、日本の政府開発援助(ODA)を支出して進められていた。現場には、『建設費の約70%が日本の援助である』と大きな円グラフが掲示されていた。

そして、現場でインド人の技術屋のトップから、次のような話を聞いた。

<最初の現場説明の際、集合時間の8時少し前に行ったところ、日本から派遣された技術者はすでに全員作業服を着て並んでいた。
我々インドの技術者は、全員揃うのにそれから十分以上かかった。(略)


自分が全員揃ったと報告すると、『8時集合ということは8時から作業ができるようにするのが当たり前だ』といわれた。>

<このプロジェクトが終わるまで、日本人が常に言っていたのが、『納期』という言葉だった。>
<いつのまにか我々も『ノーキ』という言葉を使うようになった。>

麻生氏は、『私はこの話にいたく感銘を受けた』として、先の文章を掲げているわけである。
もう一度、再録しておこう。

<日本ではよく「カローシ(過労死)」を例に挙げて、日本人は働き過ぎだ、日本人の働き方は間違っているという人がいる。
だがそれはあまりに自虐的で、自らを卑下し過ぎてはいないだろうか。
「ノーキ」を守る勤勉さは、私たちが思っている以上に、素晴らしい美徳なのである。>

さらに、この本の13ページには、次のような記述がある。


<日本はまことに不思議な国である。
敗戦後は一度も戦争をすることなく平和と安定を維持し、数十年に及ぶ努力の結果、世界史上でも希に見る経済的繁栄を実現した。

にもかかわらず、新聞を開けば、やれ格差社会だ、少子化だ、教育崩壊だ…と大騒ぎ。
テレビをつければ凄惨な殺人事件ばかりが報じられ、識者と称する人たちが『日本はなぜこんなにおかしくなったのか』などと語っている。
新聞やテレビを見ていると、まるで明日にでも日本が滅びそうな気がしてくる。>


これを読んで仰天した。
おそらく、最近の麻生氏の発言を見ると、この人の『現状認識』は2007年に出されたこの本の執筆時点(彼自身が本当に執筆したのか、怪しい部分もあるが…。口述したものを誰かが、文章にまとめたのかもしれない)から変わっていないのだろう。

2007年の時点でも、このような『認識』はおかしいのであるが、10年以上たって、『副総理』がこのような認識しか持てないでいるというのは、もはや『破壊的な効果』を日本の国家と社会に及ぼしている。


麻生太郎という『老害』は、安倍晋三とともに、さっさと『政界』から去るべしと考える。
麻生氏のこの考えについて、どこがおかしいかわからないという人もおられるだろうが、今日のところは面倒くさくて、詳しく説明を書く気もおこらない。

人間、10年前(66歳くらい?)にこんな考えを抱いていた者は、10年以上たって(今は77歳くらい?)、さらに『世界の現状、日本の現状』からずれていると見るべきだろう。

こんな考え方で、『働き方改革』『生産性向上』などできるはずがない。

(しかも、年を取ってからどのように頭が『老化』していくかは、人によって随分、異なるようだが、この人は安倍晋三氏と同様に、若いころから甘やかされ続けて、物事を考えることを嫌っていた人物のように見える。
考え方が『右』であれ、『左』であれ、このような横着者が、権力者の位置に居続けることは、国民にとって不幸でしかない。)
 









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