北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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台湾・嘉義市の故宮博物院南院を見学したのち、嘉義市内に向かった。
高速鉄道の嘉義駅に一度、バスで戻ってから、嘉義市内行きのバスを探した。
(高速鉄道の嘉義駅は、嘉義市の中心部からはかなり離れたところにある。)

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駅前にいたボランティアガイドみたいな雰囲気のおじさんから、『高速鉄道の切符をもっていれば、無料のシャトルバスを利用できる』と聞いた。
これは、一般のバスと同じものなのだが、高速鉄道の切符をもっている人には、無料券をくれる。

バスは、サトウキビ畑みたいなところを走っていった。
(サトウキビについては、今年の正月に、沖縄に行ったときにそこの観光バスのガイドさんから、どれがサトウキビなのかという話を聞いた。

沖縄と台湾とは、かなり近いから、台湾のニュースにも沖縄のことがよく出てくるし、沖縄の新聞にも台湾からの旅行客の状況などの話が出ている。)

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バスは在来線の嘉義駅に到着した。この駅は、前駅と後駅というのがあり(要は、線路の両側の駅=バスの停留所になっている=ということだが)、その片方(どっちが前で、どっちが後ろか忘れてしまった)に降りると、もう一方(そっちのほうが正面出口である)には、陸橋を超えて行く仕組みになっている。
鉄道のマニアなら、こういうのを見ると喜ぶのだろう。

私も何となく、昔の日本の駅を思い出す。
(最近、また読み返してみた松本清張の小説にも出てくる時代の駅や鉄道の話である。)

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こちらは駅構内。
すごく(日本の)昔の感じがするかもしれないが、何でもかんでも『日本の昔』と同じと考えたら、把握を誤る。
むしろ、日本よりも変化に順応している部分もある。
(ただ、『昔』の歴史に対して、懐旧心と同時に誇りがあるのか、『古いもの』や『過去の記憶』を重視するところがある。)

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これは、嘉義の位置を示している。
台湾のなかでは南方のほうだが、市内を北回帰線が通っている。
そこから南を、『熱帯』と呼ぶこともあるらしい。もっとも、熱帯、温帯とは必ずしも緯度ですんなり区分できるようなものでもないようだが…。

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昨年、初めて嘉義に来た時(その時は、『日帰り』だった)とたしか同じように?、駅は改修中だった。
この後、駅のそばに予約していたこの日の宿にチェックインした。
(すごく、おんぼろな感じのところで、写真を載せるのもどうかと思い、実際、写真を撮っていない。
日本のネットで予約したのだが、たぶん、現地の価格にかなり上乗せしているのではないかと思う。

何しろ、3階の部屋だったのだが、フロントにいるのは、じいさんかお婆さんに近い人たちばかりである。
私自身も、同様の年齢だが…。
3階まではエレベーターもなく、例のキャリーバッグをお婆さんが運んでくれたのでびっくりした。

ただし、駅のすぐそばで便利なところではある。)

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その後、嘉義市内をぶらぶらした。特にどこに出掛けようという気はなかった。
ここは、去年来た時に、大通りから『おや、台湾にもパチンコがあるな』と見て記憶していた店。
今回、わざわざ店の前まで行ってみた。

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明らかに営業している(パチンコ玉の鳴る音が、店のなかから聞こえてくる)が、日本よりも『閉鎖的な感じ』である。法的な規制が厳しいのだろうか?

パチンコと言えば、若いころ大学に入学したての時期に、入学したもののそこで何をしたいという明確な目的・目標もなく、パチンコをしょっちゅうしていた時期がある。
(そのとき、いろんな人からもらったお祝いの金の大半をパチンコですってしまった。)


パチンコには明らかに惑溺性があり、どうも自分はそういう誘惑に弱いようだった。
実は、大学を卒業してすぐ結婚したのが、結婚したのちも『なぜなのか』自分でもよくわからないが、会社が終わったあとにパチンコで時間をつぶして、なかなか『新婚の家庭』にまっすぐもどらなかった時期がある。
(まあ、ほろにがい思い出が伴う『パチンコ店』の記憶ではある。)

このあと、こういう場所に行った。
(駅から歩いて、すぐ行ける。)

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これは、戦前、台湾出身のチームが日本の甲子園野球(現在の高校野球)を席巻した話を描いた映画『KANO 〜1931 海の向こうの甲子園』(日本では2015年に公開)の中でも印象深い場面として出てきた、嘉義市の中心部にある噴水池の場所である。

映画のなかでは、現地人(漢族、原住民)と日本人のミックスチームが、『甲子園で優勝する』などと叫びながら、毎日、ランニングを繰り返していた場所。

現在、ここにはこのチームの活躍を記念する、当時の中心投手の銅像が立っている。
ここは、五差路か何かだが、あいにくこの角度からだと、おしりが見える。
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ここには、こういうものもある。
これは、前にも記したことがあるが、『2・28事件』(戦後台湾にやってきた国民党軍が、現地の人々を虐殺した、長い間タブーとされてきた事件)で亡くなった画家・陳澄波の作品を飾っている。

彼は、市民で組織する『軍との調整委員会』のメンバーを務めていたが、(最初、話し合いの姿勢を見せて、のちに『虐殺正当化』に転じた)国民党政府軍によって、52歳で殺されてしまった。
(なんとなく、もっと若くして亡くなった人なのかと思い込んでいた。)

この場所は、いろんな『人々の記憶』を残す場所になっている。
(つづく)









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