北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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本日(16日)付の『毎日新聞』1面に次のような記事が出ていた。

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その一部を引用しよう(写真からでも読めると思うが…)。

<毎日新聞社特別編集委員でニュース番組のコメンテーターなどを務めた岸井成格(きしい・しげただ)さんが15日、肺腺がんのため自宅で死去した。73歳。後日、お別れの会を開く。

東京生まれ。1967年慶応大法学部卒。同年毎日新聞社入社。ワシントン特派員、政治部長、論説委員長、主筆などを歴任した。

コメンテーターとして、TBS日曜朝の情報番組「サンデーモーニング」などテレビやラジオなどに数多く出演。2013年から16年までTBSの夜のニュース番組「NEWS23」では、ニュースを分析し、掘り下げて伝えるアンカーを務めた。分かりやすい解説と歯に衣(きぬ)着せぬ発言で定評があり、14年には優れたテレビ作品などに贈られる「橋田賞」を報道番組の解説者として受賞した。16年にはTBSと専属契約を結んで「スペシャルコメンテーター」に就任した。>

岸井さんという人は、(正直言うと)以前は私にとってそれほど大きな印象を残さない人だった。
ところが、ある時点から大きく変化した。

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これは、2015年11月15日付の『読売新聞』に掲載された全面広告である。『産経』『日経』などにも、こうした広告が掲載された(『朝日新聞』はどうだったか、はっきりと覚えてはいない)。

これは、メディア(特にテレビ番組)が『放送法第4条』を守らず変更番組を放送し続けているとして、政府に取り締まりを要求する意見広告で、『放送法遵守を求める視聴者の会』という団体が出している。
(呼びかけ人は、すぎやまこういち、渡部昇一、ケントギルバート、小川榮太郎など、いつもの面々が並んでいて、明らかに『安倍応援団』のものである。)

この意見広告で集中的にたたかれていたのが、岸井氏だった。

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<「メディアとしても(安保法案の)廃棄に向けてずっと声を上げ続けるべきだ」
2015年9月16日放送のTBS報道番組「NEWS23」で、メインキャスター(司会者)を務める岸井成格氏はこう発言しました。>

<岸井氏は報道番組「NEWS23」のメインキャスター、司会者であり、番組と放送局を代表する立場の人物です。
そのような立場から、一方的な意見を断定的に視聴者に押し付ける事は、放送法第四条に規定された番組編集準則に明らかに抵触します。>


私は、岸井氏というのは、いわゆる『左翼』ではなく、むしろ『健全な保守』を代表するような政治的見解の持ち主だと思う。
しかし、岸井氏はかつて(安倍首相の父である)安倍晋太郎の担当記者をやっていたこともあり、むしろだからこそかも知れないが、安倍首相に対しては、『偽りの保守』であるとして、厳しい批判の目を向けていた。

上記のような『意見広告』による宣伝戦が繰り広げられた結果?、2015年12月、TBSは『NEWS23』から翌年3月をもって降板することを発表した。


しかし、2016年1月に岸井氏は、TBS専属の『スペシャルコメンテーター』に就任することが発表され、その後は、関口宏氏の司会する『サンデーモーニング』で以前にも増して、厳しい批判を安倍政治に対して浴びせ続けていたように感じた。
(後に紹介する同僚の与良正男氏は、この一連の出来事は、『岸井さんの記者魂にますます火をつけたように私には見えた。』と追悼文に書いている。)


私は、昨年3月から、台湾のほうに住むようになったので、『サンデーモーニング』はたまに日本に『一時帰国』したときしか見ることはできなかった。
しかし、ある時、岸井氏が頭に帽子をかぶったままテレビに出ているのを見かけ(たしか、そのころは、ある程度病状が発表されていたような気もする)、『闘病中なのだな』と認識するようになった。

その後も、『一時帰国』したときは、『サンデーモーニング』を録画したりしていたが、正直言うと、この番組はどういうトーンで報道するのか、見なくとも予想できるもので、録画しても見ないでそのまま消去してしまうことも多かった。

岸井氏は、既に2007年に大腸がんの経験があったという。
まだ、73歳であり、さぞかし『無念だろう』という気が一方ではする。

また、本日の『毎日新聞』に出ていた同僚の与良正男記者の追悼文には、次のように書かれていた。

<昨年暮れ、毎日新聞社を訪れた時には、もう歩くのもしんどい状態だった。
帰り際、私の肩につかまりながら、岸井さんは絞り出すような声で言った。
「情けない!」……。


民主主義とジャーナリズムの危機を強く感じていたにもかかわらず、テレビ出演もままならず、その思いを発信できない。
無念だっただろう。
もっと戦いたかったろう。>



私もそうだっただろうとは思う。
しかし、岸井さんは、今年になってからの事態の進展を見ながら、安倍首相も『もう終わり』だということを見通していたことだろう。

『安倍政治の最後』を見届けられなかったことは残念だっただろう。
逆に、『安倍政治を克服』するために、今後、どのような政治風土を作っていけばよいのか、そうしたことに参加できなかったことの無念さもあるとは思う。

しかし、安倍首相の政治が、日本の『保守』の伝統を受け継ぐようなものとはむしろ全く無縁の、まがまがしい政治に過ぎないことは、既に多くの人の間に浸透しはじめている。
岸井氏の『霊』に対して、『安心してください』と言いたいところだが、まだまだそこまでは達していない。












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一度だけ、後援会をお願いして控え室にご挨拶に伺った事があります。

うーん、


私の禅問答のような挨拶とも、小手調べともつかぬ口に、短く唸って眼をグッと見開いて、エエ、トチュウデカンガエテ、ネ、オハナシデキタラ、ネ。

まあんまるい無邪気な目と大きな体が印象的、でした。

私の皇室の微妙な問いかけは、忘れたのかそれともトリビアルだと思ったのか、答えはありませんでしたが、人柄人物の良さは一時間あまりの中で大きな魅力でした、ね。

だあんだんと、本物が消えて安っぽいタレントがしたり顔にメディアを侵食していきますが、あと誰がいるんでしょう。 削除

2018/5/17(木) 午後 8:13 [ 渋谷、並木橋 ] 返信する

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> 渋谷、並木橋さん
そういえば、実物の岸井さんにお目にかかったことはなかったように記憶しています。だから、『大きな体』という感じもしてませんでした。
でも、テレビなどで見ている限りでは、あまり『テレビ的でない話し方』をする人のような印象もあります。
つまり、条件反射のように気をてらった、巧みな物言いをする人ではなかったと…。そういう人が、人生の最期に、理不尽な攻撃を受けることによって、逆に『脚光?』を浴びた(攻撃も多いのたでしょうが、応援する方も多かったはずと思います)のは、不思議なことでした。

2018/5/18(金) 午前 11:31 [ 北京老学生 ] 返信する

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