北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

全体表示

[ リスト ]

最近、カミサンがこっていることと言ったら…。

イメージ 1


ミシンである。
日本に帰った時は、まるでつかれたように、孫娘(時には、娘にも)たちのためにいろいろ作っている。

台湾でもミシンをやれば良いではと思っていたら、台湾で誰かの持っている(中古の)ミシンを使って、どういうはずみか知らないが、カミサンが『作り方』を教えたらしい。
2人ばかり、日本人と台湾人の『生徒さん?』が何回か教わりにきたらしい。


イメージ 2


例えば、こんなバッグなど(その他、ドレスも)を作っていたようだ。
そうすると教わったほうも、いろいろ作りたくなるし、カミサンのほうも、『趣味』に火がついてしまったようで…。

結局、カミサンは借りたミシンのほうは返して、新たにJANOMEのミシンをこちら(台湾・台中市)で買ったようだ。
借りたミシンもJANOMEだし、今回、買ったのもJANOMEのようだ。

ちなみに、横浜の自宅には、もともとJANOMEのミシンがある。
カミサンがミシン屋で聞いてきた話だと、日本で販売しているJANOMEのミシンは、ずべて(?)台湾で製造しているものだということ。

もっとも、台湾で販売しているのと、日本で販売しているものとでは、多少、仕様を変えているみたいだが…。


どちらにしても、このミシン熱に火がついてから、こちらで布地を仕入れに行ったり(最初は、日本で仕入れられる生地と比べて余り良くないとか、あるいは少し値段をふっかけられたようで、いろいろ文句を言っていたが、徐々に自分好みの布地を売っている店を見つけてきたみたいだ)、忙しいようだ。

台湾では、家庭で料理を作る女性も少なくなっている(共働きだから、外食が多いし、そうでなければ夫が料理が作るのが担当という家庭もあるようだ)らしくて、その調子だから、ミシンなどやる人も現在では少なくなったみたいだけど、ミシンは台湾の機械づくりの産業の風土にあっていたのか、ミシンという製品を作る技術は(日本のメーカーという形を通して)残っているみたいである。


今年に入って、『陸王』という日本の小説(足袋づくりの中小企業が、ランニングシューズの開発に乗り出すという池井戸潤原作の話)がテレビドラマ化されたのを(台湾と日本で放送されたのを)見ていた(そのドラマのなかでは、ミシンを使って、ランニングシューズを縫っていた)ので、何となくミシンには親近感を感じ始めていた。

台湾(私が住んでいる台中市が特にそうなのかもしれないが)では、至る所に町工場のような中小企業を見かける。
自動車やオートバイの修理の会社、印刷工場、金属機械の会社、業種はさまざまなようだ。

こういう町工場のなかを歩いていると、何となく、東京の品川区や大田区に、昔、町工場がたくさんあったことを思い出す(今でも、生き残っているところもあるのだろうけど…)。











https://politics.blogmura.com/politicalissue/ranking_out.html にほんブログ村 政治・社会問題]
にほんブログ村のランキングに参加しています。
よかったら、この記事にクリックをお願いします。 


閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事