北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。


台湾の図書館で、日本の小説などをいろいろ借りて読んでいる体験について、書いている。


私は、2008年〜2013年の初頭にかけて、中国に住んでいたが、その時も似たような体験を(少し)した。
特に、最初の2年ほど、北京に住んでいた時は、日本大使館の近くにある『日本人会』の図書室によく通った。
そこは、やはりいろんな本(特に小説など)が置いてあった。過去に北京に滞在していた日本人が置いていった本が、大半のようだった。

私は当時、『日本人会』の会員(いちおう、最初は『留学生』の一種だったので、『学生割引』の会員制度があった)になって、この図書室の本をせっせと借りた。


しかし、この時は、当時住んでいたところから、この図書室までの距離がかなりあったので、それほどしょっちゅう通ったり、たくさんの本を借りたわけではなかった。

だが、現在は、何しろ歩いて15分くらいで行けるのだし、おまけに一度に『30冊、1カ月(正確には30日だったかもしれない)』も借りられるのだから、その時以上の勢いで借りているような気がする。
最近、借りたものでいうと、こんなのがある。

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これは、『文藝春秋』のバックナンバー。
どういうわけか、7年分くらい(かそれ以上?)のバックナンバーが揃っている。もっとも、一番、最近のは2013年くらいまでしかない。
開架式でこれだけのものがあると、それなりに面白いものもある。

この借りたやつは、借りた人が雑誌を雨か何かで濡らせてしまったようで、ひどい状態になっているが、いちおう、読める。

これは、『文藝春秋』お得意の『日本はどうしてあの戦争に突き進んでいったのか』というようなテーマの座談会が特集記事になっている。
(もっとも、この企画、いろんな人物が議論に加わっているせいか、あまり話が深まらないままに、何となく終わってしまうというのが、一種の『パターン』のようになっている。)


『文藝春秋』は、中国での滞在から日本に帰ってからも、毎号、買うのがいつしか習慣となってしまった。
(特に、これを愛読していた父が、97歳で3年前に亡くなってからは、結構、買っている。最近では、『電子版』を購読する。

『文藝春秋』はいつしか、『週刊文春』同様に、前にもまして『わけのわからない雑誌』になりつつあるが、それでもそれなりに、読める記事もある。ただ、編集方針が低迷していて、昔の号の企画の真似事ばかり載せているから、どんどん読者がやせ細っていっている可能性が高い。

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こういうのも、前に借りて読んだ。
これらは、普通に(日本の)図書館で本を借りていたら、おそらく読まないような本だろう。
(この他、林真理子の小説などもそうだった。)


それが、この図書館に置かれていたために、読むようになった。

いわゆる『エンタメ小説』のような分類に入るようなものが多い。
徹底的に、読者を面白がらせることにこだわった本である。

だが、そういう本のなかに、『意外な部分』がある。
例えば戦前のポーランドにおけるさまざまな矛盾(結局、ナチスとソ連と両方によって国土が蹂躙された悲劇、ポーランド自体がユダヤ人に対する差別意識を抱え込んでいるという問題)が、須賀しのぶ(女性作家である)の『また、桜の国で』には書かれている。
こういうテーマは、いわゆる『純文学』風の作品では書ききれない(ようだ)。



というか、最近では、『純文学』と『エンタメ小説』という区分も崩れてきたらしい。
(先日、『朝日新聞』電子版に掲載されている『文芸時評』みたいな記事をたまたま読んだら、そんなことが書かれていた。
『前月』からそういう区分をやめたとか、書かれていた。)

その後、このことについて、『文芸時評』のバックナンバーの記事を読むなどして確認作業を行っていないが、もしそうであれば、例の『芥川賞』『直木賞』の区分なども意味をなさなくなってくる。


ちなみに、今日(19日)は、『桜桃忌』=作家太宰治が亡くなった日のようだ。
太宰治といえば、私も(当時、そういう風潮だったのだ)高校生の時に、それなりに読んだ。
(ある種、『中毒性』のある文体で小説を書く作家である。もしかしたら、ご本人が自分の『文体』に『自家中毒』を起こしていたのかもしれない。)

太宰治と言えば、女性と『情死未遂』を繰り返したこと(最後は、『成功』したようだ)、そして『芥川賞がほしい』と選考委員の作家に泣きついたことで知られている。


『芥川賞』(私は、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で、この賞がパロディ化されて扱われているのを見て以来、カミサンとの間で『あくたがわ賞』でなく『ちゃがわ賞』と呼んでしまう癖がある)というのも、罪な賞だともいえる。

日本の文学の『壁』を象徴していたのが、『芥川賞』や『直木賞』といった賞による区分の存在だが、現実の『文学』の世界では、とっくにそういう『壁』はこわされていっているようだ。
(周知のように、『芥川賞』と『直木賞』は実質的に、文藝春秋社が運営している文学賞でもある。)


また、この図書館には、映画やドラマになったものの原作の小説が置いてある(おそらく、日本の映画やドラマのファンでもある台湾の、若い人がここの蔵書を借りて行ったりするのかもしれない)。
そういう縁で読んだものもある。

『羊と鋼の森』(宮下奈都著)というのは、ピアノの調律師を題材にした小説である。
今、映画化されてその映画が上映開始されたばかりである。

何となく、この図書館で借りて、あっという間に読んだが、明日から日本に『一時帰国』する間に、その映画も見てたいと思っている。
(もっとも、見たい映画が10本近くもあるので、最終的に見るかどうかはわからない。)


この他、この図書館で借りた本で知った作家のその他の作品が読みたくて、結局、『電子書籍』で購入して読んだものもある。
(電子書籍というのは、普通、フォントを拡大して大型文字で読めるから、視力がかなり低下してしまっている私にも、ある意味で『優しい』部分がある。
もっとも、本当は、小説以外のものは、できるだけアンダーラインや傍線などを引いたりしながら、読むというのが、私の癖になっているのだが…。)


いずれにしても、この図書館は、『狭い垣根』を超えていろんな本を読む機会を与えてくれた。
そうすると、書き手の世代によって、感じ方、ものの見方など異なってくる部分もあるので、なかなか面白い。

こういう図書館で、日本語の書籍がたまたま、たくさんあったが故の『予想外の効果』と言えるだろう。












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