北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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この記事の続きだ。

今回の知事選については、いろいろ書きたいことはたくさんあるが(その後の進展で分かってくることもあるし、また、自分自身、不勉強で改めて気が付くこともある)、とりあえず、今回の記事で一区切りつけたい。

ただし、スタートしたばかりの『デニー県政』が『日米両政府とどう戦っていくのか?』については、もちろん注目していきたい。
(沖縄現地では、今月の21日には、今度は那覇市長選の投開票があるといい、そちらのニュースも『沖縄タイムス』や『琉球新報』の紙面をにぎあわせ始めている。
衆参両院の選挙や県知事選挙と、市町村レベルの選挙とはまた別の意味の難しさがあるようなので、こちらにも注目したい。)


さて、県知事選だが、沖縄の現地2大紙が共通して書いているのは、選挙戦の終盤、9月22日の決起集会で、故翁長雄志夫人の樹子さんが登壇し、演説をした時点を境に『潮目が変わった』ということだ。

2日付『琉球新報』は次のように書いている。

<玉城陣営は当初、故翁長雄志知事の「弔い選挙」を前面に出す戦略だった。しかし玉城デニー氏は告示日、那覇市ではなく、母親の故郷である伊江島で出発式を開くなど自身の考えに強いこだわりを見せた。こうした玉城氏の行動に選対内には反発もあり、不協和音が響いた。>

<玉城陣営は、国会議員はできるだけ表に出さない選挙戦を展開。玉城氏は選挙カーの上に立たずに平場で支持を訴えた。国会議員が東京から続々と入る佐喜真陣営との違いを際立たせ、集票につなげた。「大量動員や物量で上回る相手候補のやり方に対し、ウチナーンチュの良心からの反発があった」(陣営幹部)と分析する。

「翁長をもっと出した方がいい」。玉城陣営は9月19日午後、那覇市新都心で22日に予定された決起集会に向けた会合で、保守系の支持者から受けた助言を行動に移すことを確認した。>

<喪に服す樹子さんは打診を受けるも選挙戦に関わることに難色を示し続けた。那覇市議の息子雄治さんにも「私は表に出ない」と伝えていた。翁長後援会幹部は那覇市大道の自宅に何度も通い、渋る樹子さんへの説得を粘り強く続けた。
 
そしてついに決意する。「この選挙、万が一負けたら沖縄はどうなるのか」。樹子さんは9月22日の決起集会の壇上に立った。強権的に辺野古新基地建設を進める政府を痛烈に批判し、こう語り掛けた。「頑張りましょうね。命(ぬち)かじり、命かじりですよ」。ウチナーンチュの結集を呼び掛けた言葉に共感が広がり、熱気にあふれた。


<「相手が2人いる感じだった」。玉城デニー氏の当選確実の報を受け、佐喜真氏が敗戦の弁を述べたホテルから引き揚げる自民県連幹部はこう語り、亡くなった翁長氏の存在感の大きさを吐露した。>

こうした戦い方によって、これまで翁長知事を支持していた人たちの票を再び、獲得すると同時に、玉城デニーさんの『人柄』あるいは『生い立ち・生き方』によって、新たな票を上積みすることができた。


これは、単なる『弔い合戦』ではない。むしろ、当初から『弔い合戦』を旗印にしていれば、そのような戦い方が『臭い』『あまりにも、プロっぽい』と感じて離れてしまう人たちもいたことだろう。

逆に、上記の記事に書かれていたような『ジグザグ』こそが、むしろデニー氏の思いと翁長樹子さんの思い、それぞれを際立たせ、『相乗効果』を生み出すことにつながったといえるのだろう。


県知事選での玉城氏の勝利を受けて、『ニューヨークタイムズ』(電子版)などが、『米海兵隊員の息子が県知事になった』と書き立て、改めて『日米のハーフの苦労人』がアメリカの基地問題で揺れる沖縄の知事に当選した事実を大きく取り上げた。

その翌日には、同じく『ニューヨークタイムズ』(電子版)が今度は社説で、日米両政府が辺野古基地建設問題で、見直すべきことを指摘している。

もちろん、これだけで玉城氏の当選が、『アメリカを動かすインパクトがある』などということはできない。


だが、(仮に沖縄という地名を知っていたとしても)『沖縄には2000人くらいしか住んでいないのではないか』と思っているアメリカ人が大勢いる(『沖縄』を知っているだけマシなのかもしれないが…)ともいわれるような状況のなかで、『沖縄』『辺野古』の問題、そして日本政府が住民の民意に対して、向き合おうとしていないことなどを発信した意義は大きい。


先の『ニューヨークタイムズ』の記事にも書かれていたのだが、2週間ほど前に、大坂なおみさんの『全米オープン勝利』に熱狂した日本のメディアは、玉城デニーさんについては対応が異なっていた。

彼が『日米のハーフ』であること、『母子家庭から、福祉関係の専門学校に入り、福祉の仕事から社会人としての歩みを始めたこと』『ミュージシャンの側面もあり、政治家になる前は、ラジオのパーソナリティとして人気を集めたこと』など、通常のメディアの感覚からいえば、『おいしい話』満載のこの人物について、これまでほとんど取り上げてこなかった。

これは、『選挙戦にすぐさま突入したこと』あるいは『首相官邸ににらまれたくなかったこと』など、いろいろな要因があるのだろう。
(ただし、私は台湾に住んでいるので、よくわからないが、選挙後もこうしたことをあまり取り上げていないようである。本来、テレビのワイドショーなどの『ネタ』としては、『おいしい』ものだという気がするが…。)


しかし、他方の佐喜真氏が、『政治家の家庭』に育ったぼんぼん(?)みたいな経歴であること、政治家になる前にほとんど社会人としての経験(苦労)がないことを考えると、そもそもこの両者、どちらに一般的にいって『分がある』かは、はっきりしている。
そして沖縄では、人々はそれを知っていたのだろう。

(もっとも、似たような経歴の持ち主の『安倍首相』には、そのような感情についてはわからないかもしれないが…。

それから、佐喜真氏が、実は支持者向けの屋内集会で『普天間飛行場』に関して、強い思いを演説することが一度あったが、その直後、首相官邸から注意を受け、圧力がかかったという指摘も沖縄紙ではされていた。佐喜真氏にも『同情』すべき点があったのかもしれない。
その他、こうした沖縄紙ならではの話など、今後も紹介していきたい。)

ともかく、『日本人であること』『日本出身であること』を、ノーベル賞授賞など『都合の良いとき』にのみさんざん利用し、普段は『差別』『ヘイト』に無頓着であるという『ダブルスタンダード』は、そろそろ、見直すべき時であろう。
(もちろん、このような『ダブルスタンダード』は何も日本だけの話ではなく、他の国にもそれなりに見られる現象である。しかし、日本は『同調性が高い』文化なので、何につけても『度が過ぎる』のが問題である。)


だが、今回は、『大坂なおみさん』との『好対照』もあったし、また最近では、ノーベル賞を授賞されたばかりの、本庶佑(ほんじょ・たすく)京都大学特別教授が、政府の『科学技術研究費の予算減少』あるいは『即効性のない基礎研究軽視』に対して、辛口の批判を指摘するや、その発言をカットしたというような問題まで起きている(『日本経済新聞』のインタビュー記事について『日刊ゲンダイ』が指摘)。

つまり、安倍首相とそれに同調するメディアは、『日本すごい』という話に合わない部分は、カット(ないし修正)してしまう傾向が強いということである。


そろそろ、安倍政権とそれに追随する人々のやっている、こうした『情報操作』について、改めて気が付き(それぞれが、できる範囲での)反撃を始めたとしても、決して『早い』とはいえない状況だろう。


ともかく、今回の沖縄県知事選は、沖縄の、そして日本の『矛盾』をはっきりと照らし出し、進むべき(安倍政権とは異なる)『もう一つの道』を提示した快挙といえるだろう。







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