北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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今日(25日)は、既に今回の『ミニ台北旅行』の最終日になっている。
一日目、二日目の雨の日が続いていたのに、本日は、皮肉なことに『快晴』になっていた(ただし、夕方に雨が降り出したが…。これはスコールだったのか?)。

普段、日本のネットにばかりつないでいるので、今朝『(日本の)ヤフーの天気予報』で『台北の天気』を見ると、これが(過去の)天気予報?みたいな感じで、今日(25日)についても『雨』あるいは『雨のち曇り』みたいなのが出てくる。

実際は、『快晴』であったのにもかかわらずだ。
やはり、台湾の天気予報は、台湾のサイトに直接、アクセスしないと意味がない。


さて、昨日(24日)の次の記事の続きを書く。

『淳久堂書店』で片倉佳史氏執筆の『台北・歴史建築探訪 日本が遺した建築遺産を歩く』という本を買って以降、その本にも紹介されていた、台北で戦前、『昭和町』と呼ばれていた地域を訪ねた。

これは、片倉氏の本にも出ていたが、その前に読んだ、新井一二三氏の『台湾物語』で知り、興味を覚えたというのが本当の話だ。


何も、『日本人が住んでいた場所』であればどこでも良いということでもないし、『どんな日本人でも良い』というような話でもない。

だが、考えてみると、私が上海の周辺などに住んでいた時も、魯迅と(『内山書店』を開いた)内山??氏との交流などの話に興味をひかれたし、上海の『内山書店』の跡を訪ねた記憶もある。

上海も、バンドと呼ばれる地域にある、古い洋館の建物に気持ちが惹かれたし、昔の建物、あるいは昔の人、彼らの住んでいた場所には、『物語』や『記憶』がその地の周辺に残っているような気もする。
(実際は、そこを訪ねる人々の頭のなかにある、『自分に都合よく再編集された話』に過ぎないのかもしれないが…。)

『台北昭和町』を巡る話については、『台湾物語』の121〜131ページにかけて書かれている。

<日本語メディアにより日本語で語られる物語と、中国語で外省人二世が話す戦後の物語。昭和町には二重の語りが存在する…>

<日本統治時代の台湾総督府は、高等官と中等以下の判任官用にそれぞれ官舎の設計基準を整備し、その結果、台湾各地に判を押したように同じ形の長屋式公務員宿舎が作られた。>

それらは、例えば<台北北部の淡水にあった警官宿舎>のように、<日本の敗戦後、中華民国の警官およびその家族が住み続けた。><最後まで残った警官家族が引き払うと…最終的には取り壊し、再建の対象となった。>

<その点、台北昭和町の大学住宅は、一棟一棟、施主の考えと希望に基づいて施工された点で、例外的存在である。…この地域から、のちに古蹟指定される家屋がたくさん出たのは、そもそも設計のレベルが高く、個性的で、保存するに値すると判断されたことが一番大きい。>

<さらにもう一つ重要な点を付け加えたい。
戦後、国民党による接収の例にならい、これらの木造住宅に入居したのは、中国各地から招聘された研究者・学者だった。

当初彼らは、台湾と中国大陸の間を自由に往来し続けられるものと考えていたが、1950年に朝鮮戦争が起きて、アメリカ第七艦隊により台湾海峡が封鎖されると、何十万もの家族が引き裂かれたまま四十年近くが過ぎてしまった。>

こうした建物の中には、<集会結社の自由が認められていない戒厳令時代、ロシア映画の上映、前衛舞踏のリハーサル、国民党政府に目をつけられた民主活動家たちの会合>なども行われ、後に(外省人二世による)<民主化運動の聖地>とみなされて、保存運動が取り組まれた建物もあったという。

そのような建物が、複数存在しているのが、この『台北昭和町』と呼ばれたり、『青田街』と呼ばれる地域なのだという。

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そこで、MRT『東門駅』と『古亭駅』あるいは『台電大楼駅』あたりに点在するという、この地域を昨日(25日)初めて歩いてみたのだが、何せ、にわか覚えの知識で、しかも(どちらかというと)『方向音痴』気味の私がウロウロして回ったので、あまり収穫はなかった。

ただ、こんな写真を撮ることができた。
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突然、『昭和』という文字(しかも、日本の文字とかなり異なる不思議な文字)が現れた。
ここは、『錦安市場』というところで、台北市大安区の住民活動センター?が入居しているビルの一角だった。
(こんな形でしか、『昭和町』の名残はない?というわけでもなかろうが…。)

そうかと思えば、国立台湾師範大学の図書館のそばに、こんな『和風の扉』が時間から取り残されたように、あった。

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(『危険なため、ここからの出入りは禁ずる』みたいなことが書かれていて、これも、この一体が上記の本に書かれたような、地域であったことの『名残り』を示すもののような気がした。)

片倉氏あるいは、新井氏の本によると、この地域に何箇所か、今ではレストランとか、高級な茶芸館として使用されている建物もあるようである。
しかし、今回は、それらの場所は、わからなかった。

この日は、朝からここまで歩きまわると、さすがに疲れてしまって、その後、ホテルに早めに戻って、休むことにした。

(ホテルで、NHKの『ベトナムからの外国人実習生』に対する非道な仕打ちについての、最近のNHKらしくない告発のドキュメンタリーや、その他、日本のテレビドラマなどを見ていた。
それにしてもNHKというのは、同じ、一つの放送局のコンテンツとは到底思えないようなものを、ごっちゃに流している。)
(つづく)









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本日(24日)は、『台北ミニ旅行』の2日目。
今日は、もっといろいろな場所に行こうかと思っていたのだが、朝から書店を二軒まわったら、それでエネルギーの大半を使い果たし、(その後、一箇所をうろうろした後)早々とホテルに戻った。

書店のうち一軒は、実は、昨日(23日)も出掛けたのだが、詳細な立地場所を把握していなかったので、昨日は引き揚げていた。

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それは、この店。
日本にある『淳久堂(ジュンク堂)書店』の『国父記念館駅』のそばにある店舗である(『国父記念館』というのは、『中華民国』の建国の父と言われる革命家、孫文のたたえるために1972年に建てられた建物)。

台湾には、紀伊国屋書店が何箇所かに店舗を出している(私の住んでいる台中市内にもある)が、この『淳久堂書店』の売り場のほうが、実質的に品そろえが豊富であるという情報が、ネットに出ていた。

それで、実は3カ月前に台北に来た時にも、ここを訪れようかとも思っていたのだが、その時は果たせなかった。
今日、ようやくたどり着いたが、なぜ、見つけにくいか店に来て、やっとわかった。

『淳久堂書店』は、以前、この近くでどこか日系の百貨店の建物のなかに入っていたのだが、(そこと条件がおりあわず)この単独の店舗に、4〜5年前に移ってきたらしい。

ところが、ここは(予想していたような)大きなビルの一角ではなく、路面の単独店のような店で建物は、ほどんと目立たない。
(おまけに、なぜかよくわからないが)つい最近までネットで、宣伝をあまりやっていなかったらしい。

その結果なのかどうか知らないが、(本日は、月曜日の午前中という客の少なそうな時間帯だったが)客はほとんど入っていない。
そればかりか、照明費を節約するためか、店のなかも割合、暗くなっていた。
(ただし、日本から読んだ作家の講演会とかサイン会をやってりして、集客のイベントはいろいろやっているようである。)


たしかに、品揃えは豊富な感じだった。
(ただし、売れ残りといった感じの本も多く、またほとんどの本は、『ビニール』でパックされているので、中身があまり確認できない。
もっとも、充実しているのは、漫画、アニメの関係という印象だった。)


台湾には、日本人が多く住んでいるし、また日本語を学んでいる台湾人も多いはずだから、どうせなら、日本語の本を扱う店は繁盛してほしいという気がする。

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私は、ここで今回、この本を購入した。

この本は、片倉佳史 文・写真『台北・歴史建築探訪 日本が遺した建築遺産を歩く』(株式会社ウェッジ、2019年3月20日発行)という。

値段は、(360ページあまりあって、写真も豊富なのに)1800円+税と『コスト・フォーマンス』も良い。
特に、こういう本は『電子書籍』より紙で見るほうが、(私のような世代にとっては、圧倒的に)使いやすい。
(なお、この淳久堂では、日本の書籍の代金の数字のおよそ4掛けで、台湾での売価=台湾ドル建て=としている。雑誌の場合は、掛け率が多少、低くなっている。763台湾ドル支払った。)

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この本には、ちょうど昨日(23日)訪ねた迪化街のカフェも紹介されていた。
その説明を読んで思い出したのだが、実は、あの(東方美人という台湾茶と『ホットサンド』を食した)カフェは、永楽市場の建物の向かいにある、『小藝埕』と呼ばれるビルのなかに入っている。

ここは昔、『屈臣氏』(ワトソンの漢字表記。今、香港を中心に同名のチェーンがあるが、たまたま同名になっただけだという)という漢方の薬局だったという。また『小藝埕』というのは、こうした古い建物をリノベーション利用する先駆けとなったビルだという。

昨日見たのは、(ここで掲載されている店内の写真の様子と)少々変わってしまった部分もあるが、『英国風の雰囲気でまとめられたインテリアが自慢』というのは、(昨日、感じたのと)基本的に同じだった。


こういった調子で、台北の各地の『歴史的な建物』をその背景(ストーリー)とともに紹介しているのが、この本である。
これは、今後、台北のなかを歩いて回るうえで、役にたちそうな気がした。

もう一軒、本日、訪ねたのがこの書店である。

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ここは、台湾で最も有名な書店と言って良いだろう『誠品書店』の店舗である。
(『誠品書店』は、日本に進出する計画も既に発表している。また、『誠品書店』は書籍だけでなく、文具とか、『ライフスタイル』のようなものを提案し、街づくりにつなげていくようなことを売りにしている。)

特に、この(『国父記念館駅』の隣の『忠孝敦化駅』のそばにある)店舗は、地下2階から2階までの店舗であるが(入っているビル自体は、もっと高層である)、特に2階の売り場は『24時間営業』しているというのが、セールスポイントになっている。


私は、『24時間営業』というから、(少なくとも2階の売り場については)もっと安っぽい雰囲気ではないかと『誤解』していたのだが、どうして堂々たる雰囲気を醸し出している。

書店のなかは、『本のレイアウトの仕方』などもノウハウの一種だから、写真を撮ることは出来ないが、ここは、『本が好きな人たち』が売り場を維持し、また、『本が好きな人たち』が買いに来ているという雰囲気が充満していた。

また、『漢字文化』の国、台湾で、漢字と言っても、日本、中国、台湾といろんな種類の字体があったり、それだけでなくアルファベットなど多様な文字や絵柄で飾られた書籍を、一つ一つの作品として、まるで『美術館』『博物館』のように展示してあるのを見ると、(ネット流通にとどまらない)リアルな書店(売り場)の意義も、まだまだ存在しているのではと、改めて感じた。

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なお、今日の昼食をここの地下2階でとった。
ちょうど、ビュッフェスタイルで、(しかも、肉を使用しない)いわゆる『素食』の店に行列ができていたので、細かいことを考えないでそこに並んだ。

会計は、『料理』の重量で値段を決定するというシンプルスタイル(それに、『ライス』=『白飯』の大盛りをつけた。台湾では、いろんな穀物を食べるのを好む人たちが多いので、『雑穀』という選択もあったのだが)だった。
会計をすませた段階で、ようやく、『素食』であること(大豆製品などは使うが、肉類を使用しないこと)に気が付いたが、なかなかおいしかった。
(値段も、『素食』のせいだろう、結構、安かった。)
(つづく)










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今日(23日)から、2泊3日で(台中市から)台北市に来ている。
今回は、一人旅。

ついでに(日本に住んでいる)友人から、台湾茶を買ってきてくれと依頼された。
私は、台湾茶のことなどさっぱりわからないが、茶の問屋に行くのも面白かろう(それで、台湾の街並みのことなど、もっとわかるようになるかもしれない)と引き受けた。
(どうせ、いつも、どこを旅行しようかと迷っているのが、実情だ。)

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依頼された茶問屋は、日本でも有名な店らしい(ネットで、それなりに話題になっている)。
台北市の昔の中心地帯であった場所(MRTという一種の地下鉄の駅で言うと『大橋頭』という駅から近い)にある。

ここは、『淡水河』という川のほとり。
東京でいうと、墨田川沿いにある古い街というイメージだろうか?

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ここが指定された、『林華泰茶行』という店。
ちょうど、日本からの客らしい若い女性の二人連れが来ていた。

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このようにお茶を入れた容器がたくさんある。ここから、計って売ってくれる。

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『東方美人』というウーロン茶の一種?を購入した。
これが茶葉の様子。

東方美人といっても、ピンからキリまであるらしい。
指定された値段のものを半斤(300グラム)購入した。ただし、指定された金額より、もっと高いものがあったので、少し迷った(本当は、そちらを買いたいというかもしれない)。

なお、台湾茶は、ほとんど飲んだことがないが、友人からそうしたウンチク話を聞くにつれ、自分でも最近、台湾のスーパーでティーバッグのを買って、何種類か飲んでみたりしている。
(たしかに、緑茶みたいなのから、紅茶みたいなものまで、これがウーロン茶の一種?と不思議な気のするようなものまでさまざまある。もっとも、スーパーで売っているティーバッグなど原価は大したものではないのだろう。)

今回、自分用というか自家消費用に、友人のためのものより何ランクか下げた値段の東方美人を、こちらは4分の1斤(150グラム)ほど購入してみた。

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この辺りは、昔のクラシカルな建物がいくつも残っている。
100年くらい前のもののようだ。この街が台北の中心地帯として、繁盛していたころの『遺産』なのだろう。
(上海に残っている建物と似た感じのものもある。)

実は、ここの近くに、以前、台北の夜市を探してやってきた場所があるのに気が付いた。
今日は、雨が降っていたので、その夜市には行かなかった(実は、今宿泊しているホテルからも、歩いて行ける距離にある)が、明日あたり、出掛けてみるかもしれない。

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また、少し歩くと、今年の3月の末(つまり、3カ月ほど前に)、カミサンと一緒にやってきたところにたどりついた。

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そこは、迪化街(てきかがい)と呼ばれる、やはりレトロな雰囲気の漂う問屋街である。

カミサンは、そこの永楽市場という建物のなかにある布地の専門店(3階あたりに集中してある)に用事があって、一緒に少し歩いた(カミサンは、ミシンを使っていろんな小物を作るのを趣味にしているが、それで使う布を探していたみたいだ)。

ここには、昔の芝居小屋をリニューアルしたのか、『劇場』みたいなものも入っている(台湾は、いろいろと、リノベーションと称して、『温故知新』の街づくりをするのが、一種の流行になっている)。

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その周りで、麺などを売っている店がいろいろ出ている。
そのなかで、『大腸麺』と言って、名称の語感はあれだが、ホルモンを利用した麺類の店が出ていた。
それに興味をもって、聞いてみたら、(雨のせいか)『今日は、まだ届いていない』という。どうやら、どこかから仕入れているらしい。

面倒なので、『何か、今、食べられるものありますか?』と聞いたら、こういうブタの血を固めたお菓子のようなものがあると言われた。
つい、勢いで注文してしまった。

あまり、『食事の代わり』というのには、ふさわしくないが、ともかく(前から)こういうものがあると、聞いていたものを口にすることができた。

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そのあと、『口直し?』にここに入った。
ここも、実は3カ月前に、カミサンと来た時に、入ろうかと思ったら、値段が高いのであきらめたような店。

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ここは、こういう『ホットサンドイッチ』みたいなものを出す店。

よせば良いのに、つい勢いで、『東方美人』茶(さきほど、購入したお茶と同じ種類、もっとも味も値段も、いろいろありそうだが)をポットで頼んでしまった。
この写真で、何か、『チョコレート』のようにも見せるのは、『茶葉』の追加分である。つまり、お茶の『お代わり』の時に使う茶葉である。

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この店、前回来た時は、随分、大きい店のように感じたが、実は『永楽市場』に面した建物(いくつもあるが)の一つの一部に入っているにすぎず、10数人くらいしか入らないくらいの広さであった。

ここで、(お茶のお代わりもあったので)東野圭吾の小説の短編集(台中市内の近所の図書館で借りたもの、もちろん、日本語のものである)なども、楽しく読めた。
もっとも、なかなか『いいお値段』の店ではあった。

(その結果、今夜は、ホテルのそばのコンビニで買った『そばのセット』を食べて、少し節約した。それから、基本的に毎週見ている、NHKの『いだてん』の第一部の最終回を見た。ホテルの部屋のテレビは、いろんなチャンネルが入るので、もちろん、NHKも入っていた。

NHKは、『7時のニュース』も見たが、今日は、沖縄『慰霊の日』だというのに、安倍首相の挨拶に、手厳しい現地の人の反応があったことは、なるべく印象付けたくないような報道の仕方だった。NHKの報道の仕方は、ますますひどくなってきている。)










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明日(23日)から、2泊3日で(台中市より)台北市に一人旅をする予定だ。
それと直接、関係しているわけではないが、比較的最近読んだ、台湾に関する本を紹介しておこう。

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この本だ。新井一二三(ひふみ)という人の書いた『台湾物語 −「麗しの島」の過去・現在・未来』(筑摩書房)というもの。

今年の4月15日、初版第1刷発行と奥付に印刷されている。
本文236ページの本である。


著者の新井一二三という人の文章をこれまで読んだ記憶がなかった。
本の奥付の上のプロフィールには、『東京生まれ。明治大学理工学部教授。』『朝日新聞記者、亜州週刊(香港)特派員を経て、中文コラムニスト。』といった経歴は書かれているが、生年は書かれていない。

また、本の表紙などに『著者の写真』なども掲載されていない。
女性の執筆家などには、『生年』などを書かない人も結構、いるが男性では比較的珍しい。
(勝手に)『かなりの歳なのだろう』と想像してしまう。

こういう『知らない人』の本をいきなり(日本で)買ってしまったのも、たしか『新聞の書評』が結構、面白そうな書き方がされていたからだった。

もっとも、『何新聞の書評』だったのか、よく覚えていない。
何となく、『東京新聞』か『読売新聞』、『毎日新聞』あたりだったような印象がある。
(『朝日新聞』ではなかったはずだと記憶する。当たっているかどうかはわからないが…。)


この本については、裏表紙(という表現で良いのだろうか)には、<旅行先として人気の台湾。しかし、ガイドブックに載る情報以外のことは、実は日本ではあまり知られていない><この一冊を読めば、知らなかったさまざまなことがよくわかる。台湾でも活躍する日本人作家が語る、この島と人々の昨日・今日・明日の物語!>と書かれていた。

実際、この表現は、『嘘』ではなく、長い間、台湾と関わりをもってこられた人らしい、この『新井一二三』という人物が、『見てきた、感じてきた』台湾のさまざまな側面が、次々と語られていくのが興味深い。
(ただ、人によっては『とりとめがない』『だから、どうしたというのだ』といった感想を抱く人もいるかもしれない。)
外国のことを書いている本というのは、ややもすると、その地を『理想化』してしまったり、逆に『その国をたたくこと』に喜び?を感じてしまったりすることもあるようだが、この本は、台湾に対して、どちらの『偏向』からも免れているのでは…と思う。

台湾という国のさまざまな側面を語ることで、逆に、日本と台湾の関係を明らかにし、台湾を通して日本自体が、さまざまな側面を見せていることを実感させられる。
逆に、『日本について振り返ってみるのに役立つ』本と言えるかもしれない。


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これは、この本の『目次』のほんの一部だ。
本書は、全部で7つの章から構成されている。

第1章は、『北と南の物語』、第2章は、『母語と国語の物語』といった調子である。
第1章を読んでいくと、台湾で『新幹線』と呼ばれることもある、『台湾高速鉄道』は、<第1次民進党政権下の2007年、ようやく台湾高速鉄道が開通し、台北から南部の大都市高雄まで350キロが最速1時間半で結ばれた。>ということがわかる。

『なんだ、つい最近のことではないか』とびっくりする。


<高鉄が通ったことで、台北と「南部」の距離感は劇的に縮まった。戒厳令時代、学校では中国の地理を教えて、台湾の地理を教えなかったこともあり、台北に住む人々の多くは、この時初めて「南部」を発見したと言っていい。>
などと言ったこともさらっと書いてあり、改めて、『ああ、そうだったのか?』と思う。

台北はまた、日本統治時代は、日本人が比較的集中して住み、そして戦後、国民党の蒋介石政権が中国大陸で中後共産党との内戦に敗北して、台湾にわたってきてからは、中国大陸から来た(いわゆる)外省人と呼ばれた人々は、日本が抜けたスペースを埋めるように、台北市を中心に住むようになった。


彼らのなかには、自ら『高級外省人』と名乗り、ネットなどで、差別的な言辞をばらまく人もいたようだ。
例えば、ある人物が、問題とされたことがあるという。

<ことの始まりは、台湾当局の在トロント駐在機関に身を置いていた官僚のひとりが、匿名でネット上に発表した複数の文章だった。
彼は自ら「高級外省人」と名乗り、台湾を「鬼が島」、台湾本省人を「倭寇」と蔑んだのだ。軍人を父に持つ外省人二世で、日本で言えば一橋大学に相当する国立政治大学政治学科の出身、新聞記者としての経歴が長く、当時六十歳。>
まるで、日本の『ネトウヨ』(の一人)のことでも言っているのか?と思わせるような事件である。


ともかく、こうした事件をきっかけに、こうした「外省人」、既得権者のことを『高級外省人』や『天龍人』(後者は、日本製のアニメ、『ワンピース』に由来している皮肉らしい)などと呼んで揶揄することが流行ったらしい。


こうした『天龍人』の代表的存在と言えるのが、かつて(2008年5月から2016年5月台湾の総統を務めた、国民党の馬英久(ば・えいきゅう、もっとも台湾での発音では、『ば』ではなく『マー』になるが)なのだと言う。

『天龍人』について書かれた論文によると、彼らは、<政府・国民党幹部の二世・三世にあたり、自分も「軍・公・教(軍人、公務員、教員)」の管理職について、台湾なまりのない中国語を話し、大学卒業後は海外に留学して博士号を取っており、アメリカの永住権や国籍も得て、国民党あるいはそこから派生した新党・親民党などを支持し、見かけは上品、清潔、小さな声で丁寧に話すなどの特徴を持つとされる。>


<ハーバード大学の法学博士で、息子にはアメリカ国籍を取らせている馬元総統は、見かけも頭の出来もよく、国民党のサラブレッド的存在であったが、台北市長時代および総統時代、何度も失言問題を起こした。

一番有名なのは、台湾原住民族の代表が陳情に訪れた際、口から出た「私はあなたたちを人間として扱いますから」の一言である。>

このような記述を読むと、なぜか、日本の麻生太郎氏のことなどを、ちょっと連想してしまう。
(もっとも、麻生氏自身は、『見かけは上品、清潔、小さい声で丁寧に話す』というのとは、かなり違っているが…。)


ただしこうしたことから、『外省人』というのはけしからん人間ばかりで、『本省人』というのが『良い人たち』なのかというと、物事はそんなに簡単な話でもないらしい。

<「台湾語も話せますよ。だけどアクセントがあって、すぐに相手から『外省人のくせに』という目で見られる」
複雑な表情でそう語るのは、台北に住む外省人インテリA氏である。>

<彼は第二次世界大戦直後、中国から台湾に旅行に来た父母が、内戦と朝鮮戦争の勃発により、中国に戻れなくなって生まれた外省人二世だ。>

<日本の敗戦時、台湾の人口は600万前後。そこに150万もの外省人が中国から渡って来た。反対に、台湾から引き揚げて行った日本人は軍民合わせて50万弱。その家屋や宿舎をすべて接収しても、まだ100万人分の住居が不足していた。
国民党政府建設した簡便な住宅もあり、特に軍関係者の多くは「眷村(けんそん、兵隊家族村)」と呼ばれた杭域内で、一般の台湾社会から隔絶された集団生活を営んだ。>

例えば、台湾の台南出身の作家が少女時代を振り返った作品には、<子どもの頃、夜いつまでも起きていると、母親に「早く寝ないと外省人が来るよ」とおどかされたエピソードが出てくる。一家が住んでいた紡績工場の宿舎は眷村のはずれ、いわば台湾本省人が外省人に出会う最前線にあった。>のだという。

そして、台北市にある<旧日本人墓地は戦後40年以上に渡り、(このように、住むところなく、押し込められた−−引用者注)外省人難民の住むスラムと化していったのである。><1987年、蒋経国総統が戒厳令を解除し、38年ぶりに、外省人兵士に対して当初は三カ月の期限付きで、中国大陸の故郷訪問が許可された。申請のため行列に並んだ中には、すでに年老いて、杖をついたり、車椅子に乗った元兵士らの姿が多く見られたという。>

このように、台湾の歴史が今、生きる人々にどのような影響を及ぼしているのか、過去と現在を自由に行き来して、さまざまな側面から語りつくしているのが、この本である。










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最近、例の『老後、2000万円の資金確保が必要』という金融庁の審議会の報告書が問題になっている。

先日も、『党首会談』の模様を(NHKの海外放送を通じて)台湾から見ていたが、正直言って、(その『やりとり』のなかで)イマイチ、わからない部分が(かなり)ある。

そこで、そのうち、政府のサイトから消されてしまうかもしれないと思って、パソコンに保存していた、元の『報告書』を斜め読みしてみた(まだ、少しも読んでいなかった)。

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これが、くだんの報告書である。
今のところ、どうやら政府のサイトから削除はされていない模様である(今後はどうなるかわからない)。
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603/01.pdf

この報告書は、『令和元年6月3日』付になっている。

正式名称は、『金融審議会 市場ワーキンググループ報告書』『「高齢社会における資産形成・管理」』というらしい。
報告書自体は、51ページほどのシロモノである。

51ページと言っても、グラフや資料が満載なので、それほど文字数はない。


ただし、『政府の審議会』特有というか、『この業界』特有というか、それとも、『保守と自称する癖にカタカナ用語を乱発して、誤魔化すのが得意なこの、不可思議な政権』特有というか、やたらに『カタカナ用語』が出てくる。

(ざっと、拾っただけでも、『デジタライゼーション』『プラクティス』『プルーデント・インベスタールール』『フリーランス』『マネープラン』『ポートフォリオ』『ライフイベント』『ライフステージ』『スイッチング』『金融リテラシー』『アドバイザー』『金融ジェントロジー』『G20金融包摂のためのグローバルパートナーシップ(GPFI)』『高齢化と金融包摂のためのG20福岡ポリシー・プライオリティ』など、嫌と言うほど出てくる。
また、『iDeCo』、『つみたてNISA』などの用語も出てくる。)


どうやら、この『報告書』はこうした用語に『なじみのある』人々あるいは、『集団』『マーケット』に対して発せられたもののようである。

つまり、これは何も『高齢者』向けのものでもないし、あるいは『老後』を心配して、『資産形成など考えなくては』という中高年・若者向けのものですらない。
(今、日々のお金のやりくりに困って、『救い』を求めようとする人々向けのものではない、一切ないというのは、言わずもがなの話である。)

むしろ、『金融業界』向けのものである。


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これが、この『報告書』の目次である。
目次自体で、1ぺージ半ほど続いている。ここで示したのは、半ページ分くらいに過ぎない。

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ちなみに、これは、『朝日新聞』の6月8日付の朝刊。

麻生太郎金融担当大臣が、7日の会見で、<「(年金だけでは)あたかも赤字ではないかと表現したのは不適切だった」と述べた。>としている。
この時点では、まだ『報告書を受け取れない』とか、『(受け取らなかった以上)存在していない報告書について、質問するのは不適切』とかいった、馬鹿げた水準にまでは『落下』していない。


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そして、これが『報告書』の第1ページの文章の一部を示している。
通常、こうした『報告書』の『はじめに』に当たる部分では、『報告書のポイント』(何のために、この報告書が出されたか)が示されているものである。


これだけでは、ちょっとわかりにくいので、先に、『報告書の概要』(参考)として金融庁の側が用意した、1枚ものを見てみよう。


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(特に、この資料の一番、最後に書かれている『金融サービス提供者に求められる対応』あるいは『行政や業界団体などによる環境整備』などの言葉に注意を喚起したい。)



これを見て一体、何を語っているのか(何を説明しているのか)と疑問に思われることであろう。


私は、まだこの『報告書』を1回、斜め読みしただけなので、よく理解できていないが、この『報告書』はそもそも、金融機関など、『少子高齢化』によって、ビジネス機会の増大を見込める人々にとって、どのように『業界環境を整備すれば、スムーズなビジネス展開が可能なのか』といった『報告書』であると言って良いようだ。

その証拠に、この『報告書』の1ページ目には次のような言葉が並んでいる。

<『高齢社会の金融サービスはどうあるべきか、真剣な議論が必要な状況』である>、<個々人においては「人生100年時代」に備えた資産形成や管理に取り組んでいくこと、金融サービス提供者においてはこうした社会変化に適切に対応していくとともに、それに沿った金融商品・金融サービスを提供することがかつてないほど要請されている>。


つまり、これは『金融サービス提供業者』に対して、どのような『金融サービス』が望ましいか、その標準化を議論するための、『土台づくり』を目指したものであるようだ。

したがって、(今回、不幸なのは)この『報告書』が、『年金制度の問題点』とか『その立て直し策』などを問題にしているものでもないし、さらには、『年金だけでは食べていくことのできない緊急状態』にある人に対して、『どのようにたすけを求めたら良いのか』というようなことを問題にしているものでも一切ない、ということである。


もちろん、本来、これらの点は、政権あるいは国家が、緊急に考えるべきものであることは、間違いがない。


だが、安倍政権は、『G20』を目前に控えて、世界に冠たる『急速な少子高齢化が進行している』日本でもって、『高齢化の進行する時代における<金融ビジネス>の稼ぎ方』のモデルみたいなものを、議論したい(そのような議論をリードしたい)と考えているのであろう。

だから、こうした世界の『金融ビジネス』を意識した、まさに『市場経済』向けのものを(G20直前に)発表し、しかもそれが、現在の日本における『困っている人々』のニーズと全く、『あさって』の方向を向いたものであるため、こうした混乱が生じているのではないかと思う。


そういう意味では、今回の問題は、安倍内閣にとって(彼らが何をG20で実現しようとしているのかを、自らばらしてしまったという意味で)致命的になりかねない問題なのだと思う。

だからこそ、彼らは、この『報告書』のようなものが出された背景を『議論させない』がために、『報告書は受け取っていないから、正式なものではない』『だから、この報告書についての議論は受け付けない』として、国会の予算委員会などでの議論も、一切封じ込めようとしているのだろう。


自称『保守』政権が、実際にはグローバル資本主義に対して、『金儲けの機会をばらまく』くらいしかやっていないという現実を、この『報告書』を巡る顛末は、示してしまっているようである。








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