北京老学生・日本から台湾へ

2013年春、4年半ぶりに日本に帰国。2017年春、今度は台湾・台中へ。

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本日(10日)の『産経新聞』の紙面が、非常に面白いことになっている。
(私は、『電子版』で見ている。)

まず、29面(社会面)にはこんな記事が出ている。

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『北「朝日新聞が謀略記事」』『正恩氏 涙報道にピリピリ?』という何とも刺激的な見出し。
その内容を紹介すると…。

<北朝鮮の国営メディアは、朝日新聞のソウル支局長を「御用保守論客」などと名指しで非難する論評を相次いで発表した。>

<朝日新聞は5月、経済改革の停滞へのもどかしさから、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が涙を流す映像が上映されたなどと報道していた。

党機関紙の労働新聞は9日付の論評で、「日本の『朝日新聞』が、われわれの最高尊厳を冒涜(ぼうとく)し共和国の現実を悪辣(あくらつ)にこき下ろす謀略記事を掲載した」と主張。「許し難い犯罪行為の張本人」として、牧野愛博ソウル支局長の名前を挙げた。>


<論評はさらに、「牧野と『朝日新聞』の妄動は、『日本疎外』で不安になりいらだつ安倍一味のそそのかしの下で行われる敵対行為の一環」として、記事が安倍晋三政権の意向を受けているとの見解を披露。>

<同紙(朝日新聞のこと−−引用者注)の朝鮮半島報道をめぐっては、韓国大統領府も5月、政府の対北対応について事実と異なる内容を報じたとして、無期限の出入り禁止処分を通告した。>


何と『朝日新聞ソウル支局長』が『御用保守論客』と認定されるという『珍事発生』である。
実は、私自身、この『牧野愛博』という人に興味を抱いて、最近この人の本を読んだばかりである。

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というのは、牧野氏、最近はこんな本を出している(アマゾンのkindle版で検索したもの)。
たしかに、本の題名からすると、やや刺激的ではある。
おそらく、出版社のせいもあるのだろう。

私は、最近、『米朝会談』に備えて、北朝鮮のことを書いた本を何冊か読んだ(読みかけがほとんどだが…)。
そのなかの一冊として、牧野氏の最新作である『北朝鮮核危機 全内幕』(朝日新書、2018年2月13日発行)も電子版で読んだ。

しかし、この内
容は、ある意味で常識的な範囲のものであり、特に北朝鮮に対して『敵対的』というような書き方ではなかった。
(引き続き、『ルポ 絶望の韓国』というほうも、何が書かれているか興味を感じるが、そちらまで手を伸ばす余裕はない。)


仮に北朝鮮の国営メディアにほめられるようなことばかり書いていたら、日本では『メディアとしては、死んでいる』とみなされることであろう。

ところで、本日の『産経新聞』の3面には、次のような記事を載せている。

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G7で『安倍晋三首相が昨年に続いて北朝鮮問題などで議論を主導した。』、『気候変動問題や貿易問題でも「裁定役」を務めるなど、存在感を発揮している。』としている。

これは、安倍首相に付き従うような記事ばかり書いている田北真樹子記者(NHKでいうと、岩田明子記者のような存在? 昔でいうと『従軍記者』みたいな存在か?)が書いた文章だが、何とも権力者に対する『お追従』のにおいばかりが、ぷんぷんとする記事である。


『産経新聞』は、本日の30面の『朝日新聞・牧野愛博氏』に関する記事と、この『田北真樹子記者の権力者に対する、ちょうちん記事』とで全く整合性がとれていない。
(だからこそ、前者の記事をわざわざ『社会面』に配置して、両者を『隔離?』したのだろうけど…。)


もう少し、分かりやすく説明をしていただきたいものだ。














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台中市の金ぴか大仏を身に出かけたその日に、近くで立ち寄った飲食店の話。
いわば、この記事の続きみたいなものだ。

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店の外観は、こんな感じ。
古い車両が店の前に設置されている。
ここは、やはり在来線の台中駅からさほど遠くない。

近くには、別の記事で紹介した『宝覚寺』のほか、『孔子廟』もある。
(孔子廟は、昨年、このブログに記事を書いたので、今回は、立ち寄らなかった。)
なお、店の名前の『香蕉新楽園』に出てくる香蕉とはバナナのことである。

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これが、店のなかの感じ。
要するに、1950年代の台中市のレトロな雰囲気を再現しているというのが、『売り』だ。


私は、日本では横浜市内に住んでいるが、新横浜の『ラーメン博物館』というところに何回か行ったことがある。
そこと雰囲気が似ていると言えば、似ているかもしれない。
(『ラーメン博物館』もレトロな空間を再現している。)

もっとも、こういう『レトロな空間』は、東京でいえば、結構、いろんな盛り場のなかにまだ残っている。
(このブログで紹介したものといえば、葛飾区の『立石』などもあったように記憶する。)



あるいは、台湾でも、古い建物をリニューアルして使っていたり、それが人気を呼ぶという大きな流れが、近年あるようで、(ある意味では)日本よりも明確に、『タイムスリップしたかのような』『レトロな空間』を街づくりのなかで生かしている。
(そういう意味でいうと、この店のコンセプトは、さほど『新しい』とはもはや言えなくなってしまっているのかもしれない。)

それでも、ある意味では『楽しい空間』であることは事実だ。
ただし、やはり、人工的なにおいがする。

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ここは、いちおう、飲食店なので、こんなものをオーダーした。
バナナパフェ?みたいなのと、シューマイという変な組み合わせである。
パフェが120元(480円)くらい、シューマイは60元(240円)くらいだった。それにサービス料が10%取られた。
おそらく、観光客がやってくるような時間帯は、それなりに混むのだろうが、平日の昼間なのですいていた。

若者が10人くらいでテーブル席を囲んでいるなと思って、(トイレに行くためそばを通ったら)日本人留学生か何かみたいで、日本語をしゃべっていた。

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映画館みたいになっているところ、あるいは写真館みたいな感じのところなど、いろいろある。

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階段をのぼっていくと2階にあがれるのだが、そこには、古いおもちゃなど置いてある。
また、アメリカの昔の映画のポスターとか、コカ・コーラの昔の自動販売機など、欧米人の観光客が喜びそうなものも置いてあった。

こういうところは、連れてこられて喜ぶ人と、そうでない人とはっきりわかれそうであり、(連れてくるかどうかは)相手次第といったところか…。

なお、この店がオープンしたのは25年位前ということ(日本人だと言うと、日本語の説明文をくれた)だから、そのころは、こういうコンセプトの場所は、珍しかったのかもしれない。
(まあ、新横浜の『ラーメン博物館』がオープンしたのも、1994年3月だから、こちらももう24年たってしまっているが…。)












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前回の記事(彩虹眷村を訪ねて)の続きみたいなもので、現在、住んでいる台中市内の観光スポットを紹介する。


前回紹介した彩虹眷村(虹の村)と並んで、日本人観光客が利用するバスツアーで良くいくところがこの場所のようだ。

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ここは『宝覚禅寺』という。
最寄りのバス停から1本で行けることが判明した。
在来線の台中駅あたりからでも、さほど遠くない。

昨年、一度、この辺に出掛けているがそのときは、祭礼か何かやっていて、屋台や人の群れでいっぱいで何となく、入りそびれていた。
先日、入ってみたが(平日だったせいもあるが)、ほとんど人がいない。それにさほど広くもなかった。

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ここが入り口。

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こちらが本堂。

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この本堂、よく見ると一回り大きな建物の中に納まっているという不思議な構造になっている(これは、建物を横から見たところ。何となく本堂のご本尊を真正面から写真を撮るのはいけないような気がしてしまい、こんな撮り方をしている)。

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こちらが、金ぴかの大仏。弥勒大仏というものらしい(台中大仏と呼ばれることもある)。1969年竣工だという。さほど古いものではない。
ただし雄宝殿(本堂のことをいうのだろうか)は1927年に起工し、3年後に完成されたものだと『図説 台湾都市物語』(王惠君・二村悟著、河出書房新社、2010年)には書かれている。

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こちらは、大仏の背中の様子。卍のマーク(ナチスとは異なる)がたくさんあって、何となくお灸の跡のようにも見える(これは、『丸窓』だという)。

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そのそばには、こんなものもある。
いかにも、くつろいだ感じだが、傍らには碑が立っている。

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2つ並んでいるが、後者は、日本文のようだ。
『微笑む』となっていたり、その他『花』の次の文字も、ひらがなみたいだ。

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ここは、仏教寺院なのだが、敷地内には、日本統治時代に台湾中部で亡くなった日本人の遺骨安置所もあった。
(後でガイドブックを見ると、『日本軍として戦った台湾人の慰霊碑』もあると書いてあったが、それがどれかはわからなかった。)

この『遺骨安置所』には昭和36年(1961年)に掘られた碑文も彫られていて、それには、『台中市、台中県、彰化県、雲林県、南投県』(いずれも、台湾中部の地名)で亡くなった日本人の遺骨を納骨した、と記されていた。

『在中華民国日本国大使館』とあったが、もちろん、その後の『中華人民共和国との国交回復』『中華民国との国交断絶』によって、今、『日本国大使館』は台湾には存在していない。












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