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もっこす爺の「なんだかなぁ・・・」
お気楽・極楽・無駄話・雑魚釣り・フォークソング・エレキ・昭和レトロ・広く浅くなんでもかんでも年金生活貧乏爺の独り言・・・。

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昨夜、8月28日〜30日まで東京の辰巳で行われていた競泳の全国大会ジュニアオリンピックより子供二人と嫁さんが帰って来た。
 
一番下の子は、今までリレーメンバーとしては出場経験はあるものの個人種目では今回が初めての出場となる。
今まで、地方大会で全国大会の標準記録をなかなか切れずスイミングクラブの同期が出場するのを悔しい想いで眺めていたに違いない。
初めての晴れ舞台、ベスト更新はならなかったがこの夏休みのいい想い出になったと思う。
 
その上の娘は、割合成績がよく全国大会は出場して当たり前になっている。
但し、個人種目では決勝まで行った経験はなかったが、今回初めて決勝に残り表彰台にあと一歩とどかなかったものの4位の成績を残してくれた。
 
おじさんも中学生の頃は一応水泳部に所属して地域の水泳大会で2位になった事があるがタイムとしてはいまの子供たちの足元にも及ばない。
今の子供たちの練習をみているとおじさんの中学時代より10倍も20倍もやっている。
これにはおじさんも敬意を払うしかない。
もっともおじさんは夏季限定の生ビールじゃないけど暑い時期6〜9月初めまで部活だったからしかたないか。(お盆を過ぎると屋外プールは寒くなります)
 
余談になるが、おじさんの中学時代の水泳大会にのちにミュンヘンオリンピックの女子バタフライで金メダルを取った「青木まゆみ」選手も出場していたが、彼女は圧倒的に速く雲の上の存在だった。
まるで幼稚園児のこぐ三輪車とスーパーカーが競争するみたいに・・・・。
 
さて、今回は1974年(昭和49)の5月号から
フィンガー5・・・「学園天国」
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和製ジャクソンファイブを意識して1973年に結成された沖縄出身の兄弟5人グループ。
当時、おじさんは洋楽に興味が全くなくジャクソンファイブなんて知らなかった。(マイケル・ジャクソンがのちにあれだけ活躍するとは夢にも思わなかった。)
 
おじさんはその頃フォークソングが好きでフォーク以外は音楽ではないと「もっこす精神」で聴いていた。
従って、フィンガー5についても単純に兄弟でテレビに出れていいなと思うくらいだった。
但し、楽曲については妙に耳に残っておりやはりひと時代を築いたんだなと思ったりする。
特に「学園天国」はキョンキョンこと小泉今日子がしっかりとカバーして再ヒットになったのはご存じのとおり。
でも、リードボーカルの「晃」の声変わりにより独特のハイトーンが出にくくなったせいか、楽曲があまりにも低年齢層を狙っていたせいかその後長続きができなかった。
兄弟だけでこれだけの人数構成のグループは珍しかったのでもう少し方向性を変えてでも残って欲しかったとおじさんは音楽評論家になったつもりで思う。
 
5月号の新人
マギー・ミネンコ・・・「燃えるブンブン」
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まぁ、これも写りが悪い事。と言い訳を最初にしておいて・・・・・。
 
マギー・ミネンコと言えば真っ先に思い出すのは「うわさのチャンネル」で「乳揉めーっ」と叫ぶ姿ですな。
歌は残念ながら全然覚えておりませんが曲名だけは記憶にある。
 
当時、ゴッド姐ちゃんこと「和田アキ子」(今では芸能界のご意見番)、プロレスの覆面の魔王「ザ・デストローヤー」、いじめられ役の「せんだみつお」等が出ていた深夜バラエティ番組を思い出す。
デストローヤーはおじさんの子供の頃のヒーロー「力道山」と四の字固めでの死闘が思い出され、なんでバラエティ何かにと思ったりした。
そう言えば24時間テレビでマラソンを走った徳光アナも4の字固めの犠牲になっていた事を思い出した。
当時のPTA風にいうと「低俗番組」の中に入っていて面白かったが、いじめに相当するシーンもあったから今なら決して放送は無理なんだろうな。
 
今回は印象に残っている新人さんということで終わる事にする。さて次回は・・・。
 
 
 
 
 
 
 

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