もっこす爺の「なんだかなぁ・・・」

お気楽・極楽・無駄話・雑魚釣り・フォークソング・エレキ・昭和レトロ・広く浅くなんでもかんでも年金生活貧乏爺の独り言・・・。

明星歌本1976年(昭51)

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やっと金木犀の香りがほのかに漂い本格的な秋の気配がしてきた。
 
ただ、今年は花の付きが少なくて香りも少ないみたい。
 
この金木犀の香りを嗅ぐとおじさんが通っていた高校の頃を思い出す。
 
高校の中庭に大きな木があって秋になると香りがそこいらじゅうに広がり何となく良い気分になった。
 
その時、文学少年よろしく作った短歌を今でも覚えている。
 
「通学の ペダル踏みつつ 木犀の 香りをかいで 我を忘れる」
 
これは、片道8kmを毎日自転車通学していて片思いの彼女のことを思い校門に入ったとたんに口にでてきたもの。
 
でも、40年近く前の事なのに頭の中から離れない。
 
 
さて、今日は1976年(昭和51)7月号、35年前おじさん23歳
 
表紙は「郷ひろみ・・・20才の微熱」
 
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歌の題名じゃないけれど20歳の大人の感じがする。
 
歌本の巻末に載っている読者が選ぶベスト20では1月号からトップを守り続けており人気の凄さが伝わる。
 
それにしても美青年ですなぁ・・・・。
 
おじさんも若い時、鏡を見ては溜息をついてこんな顔に生まれてくれば彼女もできたのにと神様をうらんでいた。
 
表紙を見ながら23歳のおじさんの頃が思い出される。
 
できることなら本当にもう一度あの頃に戻りやり直してみたい。
 
最近、人生の半分を折り返して更に残りの半分ちかくになって毎日後悔している。
若い時にもっと積極的に生きていればよかったなと・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
本日は体育の日で世間は祝日。
でも、おじさんの会社では祝日の休みと言うのが殆どない為、何の祝日か判らなくなる時がある。
おじさんの子供の頃は、勉強嫌いで学校が休みになる祝日を首を長くして待っていたが今はそんなこともない。
祝日のありがたみが薄れていくこの頃だ。
 
さて、今日は1976年(昭和51)6月号から
 
表紙は「キャンディーズ・・・春一番」
 
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キャンディーズと言えば「春一番」。
この曲がかかるとおじさんは絶対忘れる事のない出来事が浮かんでくる。
 
おじさんが初めて手術を経験しいろいろなことを考えた頃だ。
 
前年に一度入院しその時は手術をしなくても治る可能性大という説明と入院している人の手術跡をみた時、正直恐くなって手術をパスする方法を選んでしまった。
 
それから、一年が経過した頃、病気が再発し根本的に治療しないと何度でも繰り返すと思い手術を決断した。
 
就職して故郷を離れ一人暮らしをしているおじさんには頼る人もなく入院の準備を始めた。
 
事前の説明で、術後に着る浴衣の脇を開いた物が必要とのことでおじさんはなれない針と糸をもって浴衣の改造を実施した。
 
この時、無茶苦茶淋しかったことを覚えている。
 
入院して担当医を紹介された時、病室の皆は中部地方で一番の医者になってよかった言ってくれた事が唯一の安心材料だった。
 
手術の前はベッドに横になったまま排尿の練習。これが思ったように出来ない。
不思議と横に寝たままだと出来ないものだと初めて気がついた。
自分でできないと○○○に管を入れられると病室の先輩が言うものだから必死で練習した。
 
いざ、手術当日ベッドに載せられ手術室に入り麻酔の準備をしている時、何気なく目にしたボードに手術内容らしきものが書いてあり良く見ると術側「右」と書いてある。
 
おじさんは左側が悪い筈なのにと思いベッドに横になったまま看護婦さんに確認すると医者がカルテをみたとたん急にあわただしくなった。
 
どうも、術側を間違えていたらしく、手術道具の配置等を大慌てで変更している。
 
おじさんはその中で麻酔を打たれ数を数えている途中に意識が無くなり気がついた時は集中治療室のボコボコという酸素?の音だった。
 
あの時おじさんが気がつかなければそのまま関係ない方を切られていたと思うとゾッとする。(いわゆる医療事故ですな)
 
その後、三日間は息をするのも痛く特に咳き込む時は目玉が飛び出すくらいきつかった。(肺の手術だったので息を止める訳にもいかず呼吸するたびに咳と痰がでて本当に苦しかった。)
 
遠い熊本から出てきてくれたお袋に5分間隔で時間の経過を聞いていたそうだ。
(自分としては5分がそれこそ数時間経過していると思っていた)
 
その後、日増しに少し体が動くようになって来た時ラジオから聴こえてきたのが「春一番」だった。
 
春らしい歌詞と軽やかな曲に自分の回復していく体を重ね合わせ毎日リハビリに精をだした。
 
結局、この年は入院期間を含め3ヶ月間会社を休み、初めての手術も経験しいろいろな意味でおじさんの記念すべき年になった。
 
手術後、35年も経ち現在手術した方に別の病気が見つかり春先から治療中であるが何とか薬だけで対応出来ないか期待している。
 
35年前の痛さが甦ってくるのでもし手術が必要なんて言われたらどうしようと少々びびっている今日この頃だ。
 
たかが歌謡曲でもこうした節目の時の歌は昨日のことのように覚えている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昨日、会社休んじゃいました。
一日中横になってみたものの体全体の倦怠感は解消せず気分が悪い。
この先一体どうなることやら考えるだけで億劫になる。
 
さて、本日は1976年(昭和51)5月号
表紙は「桜田淳子・・・泣かないわ」
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3月号の「山口百恵」と同様に大人の雰囲気になった。
デビューの時から較べると随分垢ぬけた感じがする。
 
表紙を見ると当時流行っていたフォーク系の紹介記事が多いのに気づく。
 
・第2回 GS・フォーク全集
 
・フォークBIG3 LPコレクション特集
 ・風「北国列車」
 ・井上陽水「招待状のないショー」
 ・南こうせつ「さよならの街」
 
・よしだたくろう「明日に向かって走れ」
 
どれもこれも昨日のように記憶が甦ってくる。
 
当時、おじさん23歳どっぷりとフォークソングにはまっていました。
 
特に「吉田拓郎」・「かぐや姫」・「井上陽水」・「NSP」が好きでLPレコード買ったりFM放送からエエアチェックしたりして歌を覚えたものだ。
 
エアチェックで録り溜めたカセットテープは1000本位あると思う。(歌謡曲含めて)
 
LPレコードが大体2000円前後だったので、当時は高くて全てを買う事ができず友人が買ったと聞くとそれを借りてテープに落として聴いていた。
 
そのカセットテープも60分用で400円位だったのでこれの出費も結構痛かったが、テープの数が増えていく事の魅力には勝てなかった。
 
とにかく、今と違って自分の好きな時間に好きな歌を聴くという環境が無かったので自分で増やすしかなかった。
 
手間暇はかかったけど今となってはいい想い出だ。
 
最近はパソコンのネットでいつでも聴く事ができ便利になったが充実感はえられない。
 
さて、久しぶりに「北国列車」を聴くかな。便利なネットで・・・・?。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昨日、熱が下がらず会社を早退してしまった。
発熱・倦怠感・腰痛・ひざ痛・おまけに歯痛まで重なりおじさんの体は五重苦状態だ。
 
これだけ一度に不具合が重なってくると何かに憑かれているのではないかと思ってしまう。
 
それにしても毎日がちょっと辛い。
 
 
さて、今日の明星歌本は1976年(昭和51)4月号から
 
表紙は「井上陽水・・・Good,Good-Bye」
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フォーク会の大御所の一人が登場するなんて本当に珍しいことだ。
歌本の表紙は殆どアイドル系で飾られるのにちょっとビックリの感じ。
 
逆に言えば、この当時フォーク系・ニューミュージック系と言われる歌に勢いがあった頃だ。
おじさんはニューミュージックというよりフォーク系のほうが性にあっていた。
 
井上陽水を聴いたのは「氷の世界」というファーストアルバムからで全曲繰り返し何度聴いた事か。
以下に収録曲を記すがメロディと歌詞が自然に出てきてしまうほどだ。
 
1・あかずの踏切り
2・はじまり
3・氷の世界
4・帰れない二人
5・チエちゃん
6・白い一日
7・自己嫌悪
8・心もよう
9・待ちぼうけ
10・桜三月散歩道
11・FUN
12・小春おばさん
13・おやすみ
 
全曲本当に素晴らしい出来上がりです。
 
当時、フォークといえば「陽水」「拓郎」「かぐや姫」と言われていた時代。
 
その中で井上陽水の歌詞に使われている日本語の奥深さには感動したものだ。
 
最近は「少年時代」の中の歌詞に引き継がれているように思う。
 
「氷の世界」・「陽水ライブ、もどり道」・「陽水Ⅱ、センチメンタル」・「断絶」この頃が一番いい。
 
それから「陽水生誕」も陽水の歴史がわかってなかなか面白い。
(正式発表前のデモテープ音源等で構成され歌詞やメロディが異なっているものがあるので興味深いアルバムです。)
 
久しぶりに陽水の歌を聴きたくなったぞ。
 
 
 
 
おじさんの体調不良は昨日も続き、正直言って辛くなってきた。
このところ、発熱が37.5〜37.8℃が再発し毎日続いてだるくてかなわない。
おまけに腰痛が少し改善してきたら今度は膝が悲鳴をあげだした。
 
何とかならんのかい!おじさんのポンコツ体は・・・。
 
今日は1976年(昭和51)3月号の表紙
 
山口百恵・・・・「白い約束」
ちょっと光の関係で一部飛んでしまって見えなくなってしまっている部分があるがご勘弁を(
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百恵ちゃん
この頃になると随分大人びた感じになってきた。
とても十代には見えないな。
貫禄充分で大スターの仲間入りの片鱗が垣間見えるようになってきた。
 
この号の人気ランキングでは8位にとどまり、花の中三トリオの一人、桜田淳子3位にダブルスコアの差をつけられている。
 
アイドル的に考えれば桜田淳子の方がリードしていたかも知れないがおじさんの記憶は百恵ちゃんの方が沢山残っている。
 
その後の活躍と突然の引退の記憶のせいかも知れないが。
 
 
その他の気になる内容から
 
●新沼謙治「おもいで岬」でデビュー。
当時のスカウト番組「スター誕生」の出身だが、彼の話す東北弁と左右の眼の表情(大きさ?)が印象深かった。
それから、レース鳩を飼っていると昔言っていたことを思い出した。
 
(おじさんも小学生の頃は鳩を飼っていました。ブームだったんです。)
 
●坂本九「うちのお父さん」新曲発売
坂本九さんは日航ジャンボ機墜落事故で亡くなられましたが南こうせつのカバーソングを出していたなんて初めて知った。
 
南こうせつ本家の歌はLPレコードで何回も聴いたが、坂本九の歌は聴いた事がない。
(LPレコードは針を一回落としただけで新品同様で保管しています。レコード買うと先ずカセットにダビングして通常聴くのはテープだったから保管しているレコードはどれも新品同様)
 
但し、彼の人柄と笑顔と歌い方を考えると何となく想像はできる。
一度、YouTubeに載っていないか探してみよう。
 
昔の歌本ひとつで想い出がでてくるなんて暇つぶしには最高のグッズ。
処分しないで保管しておいてよかったなぁ。
 
ということで今日はこの辺で・・・・。
今から、二時間ほど二度寝に入ります。zzzzz。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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