もっこす爺の「なんだかなぁ・・・」

お気楽・極楽・無駄話・雑魚釣り・フォークソング・エレキ・昭和レトロ・広く浅くなんでもかんでも年金生活貧乏爺の独り言・・・。

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「雷神」なんとも効果がありそうな名前です。

「風神」は昔、プロレスのリングの上で活躍してました。

この「雷神」注意書きをみると「生殖機能への悪影響」とか
「遺伝子疾患の恐れ」とか書いてある。

でも、もっこす爺にとってもうどちらも用無しみたいなので
安心して使っちゃいます。

効果は抜群です、さすがに「雷神」、ネーミングに偽りなし!。


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効果は抜群だけど一つ欠点が・・・・。

容器の中蓋が硬くて外しにくく、
すぐに亀裂が入って使い物にならなくなります。

すかさず別の容器に移し替えました・・・。

これから使おうとする人は、容器の準備を
しておいた方がいいでしょう。



今日は5月5日「子供の日」。
もっこす爺もはるか昔に子供時代がありました・・・。ただ少しだけ貧乏だったけど・・。

子供の日といえば「鯉のぼり」、どこの家庭でも誇らしげに大きな「鯉のぼり」が風になびいて泳いでいました。

特に男の子がいる家庭では「鯉のぼり」の他に「矢旗(武者のぼり)」も同時に揚げていました。

イメージ 1


もちろん、もっこす家もと言いたいところだが、和紙でできた黒鯉と赤鯉の二匹だけの「鯉のぼり」だけだけでした。

その「鯉のぼり」もあちこちに破れを補修した継はぎだらけの姿になっていました。

他の家の鯉のぼりは布製で色鮮やかで、そして当然ながら少しの風でもたなびいて泳いでいましたが、もっこす家の鯉のぼりはゴワゴワしていて、だらしなくぶら下がっているだけの代物でした。

今思えば、そんな鯉のぼりでも子供の日にちゃんと揚げてくれた親に感謝しています。

そして、必ず手作りの紅白饅頭で祝ってくれました。
白い饅頭には赤い字でもっこすや兄弟の名前が書いてあり、とても嬉しかった事を思い出します。

子供の日になると必ず想い出す昭和35年位の出来事だったと思います・・・。











貧乏だった子供時代、50年以上も前の話。
今日は「ゴム鉄砲」です。

春の「温泉祭」、夏の「灯籠祭」の出店で針金で出来た連発式の「ゴム鉄砲」を売っていた。

どう言う仕組みになっているか判らないが立てたマッチ箱を連続で打ち倒す。

売人の口上がこれまた上手でもっこす爺達を引きとめる。

どこかの偉い人が特許をとって、ここだけでしか買えないなんて事を言っていた。

欲しくてたまらないが、もっこす爺が持っているお小遣いではとても買えない。
でも町の子供たちは我先に買って行く。

一歩下がったところから50円玉を握りしめて眺めるしかなかった。

「ゴム鉄砲」の値段は忘れてしまったが、恐らく2〜300円程度ではなかったかと思う。

その他の子供相手の出店、「ハッカ売り」、「地球こま」、「イカ焼き」、「回転くじ」、「ヨーヨー」、「輪投げ」どれも遠くから眺めるだけで買えなかった。

そんな「ゴム鉄砲」ですが、もっこす爺たちは竹を材料に自作してました。

ネットでもっこす爺達の作っていた竹製の「ゴム鉄砲」に近い形を探しましたが見つかりませんでした。

但し、材料は異なりますがとても良く似た写真を見つけました。

これは、木でできていますが、もっこす爺は全て孟宗竹を使って作っていました。

金属類は一切使用せず、接続には当然、竹釘にて固定、ガタつく場合には凧糸で補強。

大きさは5〜60cmの銃身の長いライフルタイプで輪ゴムを2個繋いだものを使うものでした。

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遊び方はマッチ箱を倒す、これも徐々に距離を遠くにして射つ。

それから、当時沢山いた「蠅」を仕留めるといったこともやっていました。

これはマッチ箱を倒すより、面白かったですね、まるで狩猟をやっている感じでした。

今になって想えば買えない物はあり合わせの物で自作、代用するという事を学ぶことが出来たので良かったと思っています。

物が溢れている現在よりも、昔の方が楽しかったと思っているのはもっこす爺だけでしょうか・・。




今日も半世紀前貧乏子供時代の話。
「あっさげ」判りますか?、標準語でいうところの「竹馬」の事です。

これも一人が作ると皆に伝染する。

小さい子供から大体中学生くらいまで一緒になって遊ぶ。

中学生の乗る「あっさげ」の乗り降りは屋根の上からという強者もいました。

高さが高いと竹もその分大きいのを使わなければならないし、とても重くなり歩くのに往生する。
乗り降りも大変ということで大体縁側より乗る高さが実用的?でした。

上手に乗りこなせるようになると、片方の「あっさげ」を肩に担いで一本足でトントン進むという「兵隊」という技を繰り出していました。

この「あっさげ」の写真はネットよりお借りしましたが、作り方が一緒です。

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恐らく「竹馬」という下の写真のタイプを想いこされる方が多いと思いますがもっこす爺の田舎では観た事がありませんでした。

これは「都会の竹馬」だと思います。
(竹馬に都会と田舎の区別があるか判りませんがテレビなんかで見るものはこのタイプですね)
イメージ 2
このタイプに乗ったことはありませんが、構造的にいうと踵が下がって乗りにくくなるのではないかと思いますがどうだったんでしょうか?


もっこす爺の貧乏子供時代の事です、今から半世紀、50年前の頃の話。

その頃は一日中、山や川で遊びまわっていました。

そんな遊びに使う道具は皆自分たちで作っていました。

一人が何かを作ってくると瞬く間に伝染しみな一斉につくり、そして出来栄えを自慢し合あったものでした。

今日は「弓矢編」。

男の子であれば誰でも一度は作って遊んだことがあるのではないかと思います。
イメージ 1

山から孟宗竹を切り出し、それを割って節を削り写真とは違いますが2枚合わせにして本体を作りました。
2枚合わせの方が弾力性があがり遠くまで射ることが出来るので結構気を使って仕上げていました。
弓の弦は針金を使用、普通の紐は大き過ぎ、細いと切れるので針金が一番都合が良かった。

矢は細くて節間の長い「矢竹」を使用、真っ直ぐになるよう火であぶって矯正する。

理想的な矢、太さと長さの物は数本しか得られませんでした。

矢羽は本来なら鷹の羽らしいですが手に入れる事は不可能なのでニワトリの羽を使用しそれらしく似せていました。

矢じりは、五寸釘の先端を叩いて平たくしヤスリで整えたものを差し込み竹の周囲は凧糸を巻き補強する。

矢入れは竹筒にて作成。

遊び道具とはいえ、本人は野武士になったつもりでそこいらを駆けずりまわり的を当てっこしたり、神社の板壁に向かって射ったりして遊んでいました。

又、当然ながら人が集まると戦争ごっこが始まります。
この時の約束は矢の先端は平たくする、顔は狙わない、というだけでした。

一度だけ、額で矢を受けた子がいて、その時は丸い矢の凹みが出来血が一筋流れてきたので
遊びを中断しましたが今から考えると恐ろしい事をしていたんだと思います。

今だったら大騒ぎ・・・もう、こんな時代は2度とこないでしょうね。

もっこす爺の子供時代は戦国時代ではありませんので間違いなく・・・(笑)。








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