|
間伐と称して、森の手入れをするというが、実は干ばつのための費用を賄うために、業者にお金になる太い木も一緒に切らせないとやってゆけない、という現状なのである。間伐をする木の中に太い広葉樹を混ぜて伐って売らないと、手入れをするための経費も出ない状態なのである。そのことは植えた木の財産価値を、さらに低くしてしまう悪循環に落ちいるはめになる。それは自転車操業というより、破たん操業である。
おまけに少しでも経費を浮かすために、周辺の、これ以上切ってはならないはずの、残されたなけなしの天然林(保残林)から、まるで行きがけの駄賃のように、落葉広葉樹を切り出しているのである。伐り出された落葉広葉樹の丸太の山に、販売のための量を示す表示が掲げてあった。高さ3m、幅約2m、長さ約20mの木材の山と、もう一つその半分ほどの丸太の山を合わせて、約90立方メートルと表示されている。私は同行の学生に、この90立方メートルの木はお金にしていくらくらいだと思うかと尋ねた。彼は首をかしげ、わからないと言った。そこで私は、最上質の薪であるミズナラの樹は、山で1立方メートル7〜8000円だから、この木はたぶん4〜5000円くらいだろう。仮に5000円としていくらになるかと聞いた。彼が答える前につづけて5000×90で45万円だよと言った。
「えっ」と彼は驚いて絶句した。そのあとに「そんな値段なら僕が買って、そのまま山に残したいくらいです」と言った。その思いは私もまったく同感であった。この数百本の、さまざまな種類の落葉広葉樹が生きて、山に生えていた時の姿を知っている私には、その思いがさらに大きかった。
わずか45万円ほどの金で、国民の目に見えないところで売り飛ばされた、山の天然林の木々は、どれだけ大きな価値を持っていることだろう。お金に換算することのできない様々な意味で、鳥や虫や野生動物や微生物や人間や、地球の環境にたいして、どれ程の大きな役割を果たしていることだろう。今問題が明るみに出た、社会保険庁、防衛庁、外務省の役人たちの無責任さと全く同じ構造が、自分たちの利益のために国民の財産を食いつぶしている実態が、これでもかこれでもかと見えて、実に暗澹たる思いである。
その後12号と13号の土場を見、斜面を登って目的の見晴らしのいい尾根の上に出る、その途中に何本かの木を伐り出した時につけられたブル道と呼ばれる道を横切る。今年は例年になく今のところ雪が少ないので、伐って刈りはらわれた枝などの小山がスキーの進行を妨げる。透けすけになってしまった落葉広葉樹の森は、何ともみすぼらしくあわれで、残された木も何となくさびしそうに感じられた。
ひさしぶりに来て、また後味の悪い、いやな思いをしながら、登ってきた沢の1本北側の沢を下った。下る途中にも森の伐られた跡が広がり、途中から列状間伐されたトドマツの植林地に入る。以前はとてもスキーで通り抜けることなどできなかった植林地に、幅3〜4mの広い雪の道が何本も何本も広がり、その中の1〜2本の道を横にずれながら下り、12号の土場に出る。
もう一度少し詳しく土場の様子を調べ写真を撮り、帰路に就いた。ゆるい林道の下りをスキーを滑らしながら、明日月曜日からの林野庁の出先機関との、やり取りのあれこれを考えた。車のところに戻り、やはり時々はこの森へ来て、守らなければならないと改めて思うとともに、なんともやりきれない気持ちであった。
(2008・2.・3 小田島護)
|