小田島護の自然塾「オホーツク・ネイチャースクール」便り

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風鈴と丸太

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リリリリラララー、リロリロ、ララリン
風琴が鳴ります
風にゆれる板が
銀色の管に風を伝え
山の広場にメロディが響きます

キャンプファイヤー広場で男と女が
カラマツの丸太の皮をむいています

リリリリラララー、リロリロ、ララリン
美しい鐘の音
風の指が奏でる調べにのって
私は丸太の皮むきします
この丸太を土台にして
山小屋のウッドデッキを作るのです

リリリリラララー、リロリロ、ララリン
エンジュの木の枝にぶら下がった
風琴から風の調べが
丸太の皮をはぐ音とこだまします

キャンプファイヤー広場で赤とんぼの群れが
秋の日差しを楽しんでいます

森のイナバウアー

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山に新しい、3つめの山小屋が完成しました。
こんどの山小屋は藻琴山を見晴らす、ウッドデッキを付けました。
目の前に、鳥たちの見晴らし台があり、こちらが望遠鏡でバードウォッチングをしているとき、鳥たちも見晴らし台の木のてっぺんから、山を見渡しています。

山の木々にエゾセミの羽化が始まり、蝉カラが木々にたくさん残っています。
また羽化している最中のエゾゼミにもよくお目にかかります。
イナバウアーをしている写真をお見せします。
今朝、モズが羽化したばかりの蝉の幼虫を狙って、待っているのを見ました。
これが自然です。

流氷カヌー

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東京農大カヌー同好会の卒業祝いとコンパをかねて、
オホーツク海の流氷カヌーに連れて行きました。
大喜びの若者たちです。
しかし流氷の中のカヌーは、きちんとした自然の情報が読める指導者がいないと、何が起こるかわからない危険な遊びです。
くれぐれも初心者はまねをしないでください。

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間伐と称して、森の手入れをするというが、実は干ばつのための費用を賄うために、業者にお金になる太い木も一緒に切らせないとやってゆけない、という現状なのである。間伐をする木の中に太い広葉樹を混ぜて伐って売らないと、手入れをするための経費も出ない状態なのである。そのことは植えた木の財産価値を、さらに低くしてしまう悪循環に落ちいるはめになる。それは自転車操業というより、破たん操業である。

おまけに少しでも経費を浮かすために、周辺の、これ以上切ってはならないはずの、残されたなけなしの天然林(保残林)から、まるで行きがけの駄賃のように、落葉広葉樹を切り出しているのである。伐り出された落葉広葉樹の丸太の山に、販売のための量を示す表示が掲げてあった。高さ3m、幅約2m、長さ約20mの木材の山と、もう一つその半分ほどの丸太の山を合わせて、約90立方メートルと表示されている。私は同行の学生に、この90立方メートルの木はお金にしていくらくらいだと思うかと尋ねた。彼は首をかしげ、わからないと言った。そこで私は、最上質の薪であるミズナラの樹は、山で1立方メートル7〜8000円だから、この木はたぶん4〜5000円くらいだろう。仮に5000円としていくらになるかと聞いた。彼が答える前につづけて5000×90で45万円だよと言った。

「えっ」と彼は驚いて絶句した。そのあとに「そんな値段なら僕が買って、そのまま山に残したいくらいです」と言った。その思いは私もまったく同感であった。この数百本の、さまざまな種類の落葉広葉樹が生きて、山に生えていた時の姿を知っている私には、その思いがさらに大きかった。
わずか45万円ほどの金で、国民の目に見えないところで売り飛ばされた、山の天然林の木々は、どれだけ大きな価値を持っていることだろう。お金に換算することのできない様々な意味で、鳥や虫や野生動物や微生物や人間や、地球の環境にたいして、どれ程の大きな役割を果たしていることだろう。今問題が明るみに出た、社会保険庁、防衛庁、外務省の役人たちの無責任さと全く同じ構造が、自分たちの利益のために国民の財産を食いつぶしている実態が、これでもかこれでもかと見えて、実に暗澹たる思いである。


その後12号と13号の土場を見、斜面を登って目的の見晴らしのいい尾根の上に出る、その途中に何本かの木を伐り出した時につけられたブル道と呼ばれる道を横切る。今年は例年になく今のところ雪が少ないので、伐って刈りはらわれた枝などの小山がスキーの進行を妨げる。透けすけになってしまった落葉広葉樹の森は、何ともみすぼらしくあわれで、残された木も何となくさびしそうに感じられた。

ひさしぶりに来て、また後味の悪い、いやな思いをしながら、登ってきた沢の1本北側の沢を下った。下る途中にも森の伐られた跡が広がり、途中から列状間伐されたトドマツの植林地に入る。以前はとてもスキーで通り抜けることなどできなかった植林地に、幅3〜4mの広い雪の道が何本も何本も広がり、その中の1〜2本の道を横にずれながら下り、12号の土場に出る。
もう一度少し詳しく土場の様子を調べ写真を撮り、帰路に就いた。ゆるい林道の下りをスキーを滑らしながら、明日月曜日からの林野庁の出先機関との、やり取りのあれこれを考えた。車のところに戻り、やはり時々はこの森へ来て、守らなければならないと改めて思うとともに、なんともやりきれない気持ちであった。
(2008・2.・3 小田島護)

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そんなことがあって数年後、私は自宅の近くに自分の山を持ち山小屋をもつようになって、冬のオホーツクの森にくることは少なくなった。
しかしその間も北見側のオホーツクの森で、残されたトドマツの天然林や、周辺の落葉広葉樹の天然林がすこしづつ切られているのを目撃していた。

今回3年ぶりくらいに冬のオホーツクの森に行こうと思い立ち、昨日、大学で林学を学ぶ学生にこの森を見せようと思い出かけることにした。午後2時、車を止めてスキーで歩く林道入口についた。林道の入り口には禁止されているはずのスノーモービルの新しい跡が付いている。車からスキーを下し、出発の準備をしていると、林道の奥から甲高いスノーモービルのエンジン音が聞こえてきた。と、間もなく大型の赤いスノーモービルが見えた。
私は道路の真ん中に飛び出して、とまれ、と合図した。そしてその場所に掲示されている、スノーモービル乗入禁止の看板を示して、君たちは道路交通法に違反している、なぜ乗るのかと注意した。そして携帯で警察を呼び検挙してもらうと脅した。実はこの看板も数年前に私が出させたものであった。
日曜日のこともあり、地元の7台のスノーモービルのグループであった。

また入り口では、「土場の案内」という矢印が書いてあることに気がついた。これは新しく伐採などの作業をやる場合の現場を案内するためのしるしである。土場とは切り出した木材をいったん積み上げておく場所のことである。私はその時すぐに、それはどこを切ったのだろうかと思った。最近林道を除雪し、車が走った形跡があり、その上に新しい雪が10センチほど積もっていた。

歩きずらいスノーモービルのキャタピラの跡を避けながら、一の沢という名の支流に沿って上流に向かう。右手は沢沿いのいわゆる河畔林と呼ばれる落葉広葉樹の天然林である。右手の斜面は主にトドマツの植林地が続く。植えられて15年ほどの林だが、手入れがなされていないため、びっしりと枝が込み合って、根元から3分の2ほどの高さまでは枝葉は枯れてしまって、木材の成長は上3分の1ほどの葉によって支えられている。これは典型的な国有林の姿の一つである。予算がないために森の手入れができないのだ。これでは樹は計画的に成長しないし、枯れた枝は節となって木材の価値を著しく低くしてしまう。 私が不良造林地と呼んでいる人工林であり、北海道の国有林のいたるところに広くみられる林である。

1キロほど行ったところの右手に、11号土場という矢印が付いた看板があった。目的地がこの奥なので帰りに見ることにして、そこは通り過ぎた。さらに1キロほど行ったところで、右手の斜面を上に向かう、普段は使われていない林道に入った。そこから4〜500メートル行ったところに12号と13号の土場が300mほど離れて2カ所あり、切り出して積み上げた丸太の山が見えた。

まず12号の土場を視る。高さ4〜5mのトドマツの間伐材の山と、その奥に天然林から伐採された落葉広葉樹の丸太の山があった。保残林とよばれる白樺やミズナラ、ハリギリ、ハルニレ、シナノキなどの、何らかの理由があって残された森の木々である。植林されたトドマツの手入れとして、15〜20年の間に干ばつをするのは当然のこととしても、その上部に残された天然の二次林から落葉広葉樹を切ることは理解できない。

その上、間伐とは名ばかりの、極めて乱暴な列状間伐と呼ばれる非合理的な伐採方法で、機械を使って効率的(?)に伐採をしている。本来間伐とは、最初は「密植」と言って、1haに2〜2000本の苗を植え、苗同士を上へ上へと延びる、競争を促す方法で生えた木の中から、10〜20年ぐらいして競争に負けた、成長の悪い木を切り除くことである。それは
残された木の生長を促す、手間のかかる丁寧な作業でなければならない。

ところが機械力による効率一辺倒の列状間伐という方法は、これから成長が盛んになる時期の、成長の良い木までもいっしょくたに切ってしまうやり方で、極めて不合理な方法である。ブルトーザーを使って運び出すために、植えられた木は1列ないし2列の幅に切られてしまう。残された2列の木はもう、すけ透けで、その中に当然切り除かなければならない枯れた木が多く残されている。森の手入れとは名ばかりの、強引な森の破壊であり、森の収奪である。なぜこんな方法が間伐と称して行われているのだろうか。

その大きな理由は、赤字の林野庁には森を手入れし、育てる金がないことがあり、それ以上に、国民の財産としての、国有林の森を守り育てるという情熱も責任意識も全くない為である。これが今日の森林の荒廃を招いている大きな原因であると、私は考えている。

間伐と称して、森の手入れをするというが、実は間伐のための費用を賄うために、業者にお金になる太い木も一緒に切らせないとやってゆけない、という現状なのである。間伐をする木の中に太い広葉樹を混ぜて伐って売らないと、手入れをするための経費も出ない状態なのである。そのことは植えた木の財産価値を、さらに低くしてしまう悪循環に落ちいるはめになる。それは自転車操業というより、破たん操業である。
(下)につづく

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