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2008年元旦
あけましておめでとうございます
年末から年始にかけて、日本列島各地は大荒れの天気に見舞われたようですが、幸いオホーツクは晴れの予報で、オホーツクネイチャースクール恒例の、阿寒国立公園藻琴山元日登山に行ってきました。
国道の峠からスノーシューをはいて、東京農業大学の学生2人と朝6時半から登り始めた。登り始めの、25度程度の斜面は雪が少なく、いつもは頂上に向ってまっすぐに登るところだが、とても歩ける状態ではなかった。ここ10数年元日登山をやってきたが、こんなに雪の少ない年はなかったことだ。
しかたなくそこから標高差で約100メートルほど上にある、冬季閉鎖になっている展望台まで自動車道路を上がることにした。道路上の積雪は30〜40センチだが、年末に降った、湿った重たい雪がしまっていて、10センチくらい沈み込むくらいで楽に歩くことができた。
それでもまっすぐ登ることに比べると、200メートルほど距離が長くなった。
展望台の横の登山口から、登り始めた。6時50分ちょうどに、摩周岳の東側に真っ赤な元日の太陽が顔をのぞかせた。しかし太陽は全体を現わす前に、雲の中に入り込んでしまった。
ここから頂上まで、夏の道で1.8キロ、夏だと普通の人の足で1時間半ほどの行程である。しかし例年この時期は最も雪が不安定で歩きにくいために、その倍の3時間ほどかけて登ることにしている。
登り始めて間もなく、1〜2日前にスノーシューのグループが歩いた踏み跡が夏のコース上にあって、それをたどる。内心、この踏み跡が頂上まで続いていることを期待した。しかしそれは5〜600メートル行った、屈斜路湖があたりで見渡せるところまで行って引き返していた。
そこまででも2〜3度ハイマツの下を四つん這いになってくぐったり、またいだり踏みつけたり、体で押しのけたりと、苦労しながら登ったのであった。
さてそこからがまた大変であった。夏道の上に積もった雪の上を歩くが、雪が少ないので、ハイマツやダケカンバの枝やハイマツが行く手を阻み、くぐったりまたいだり、押し分けたりの連続であった。それを避けようとして、左右に迂回しようとすると、もっとひどい状態で、踏み抜いた雪の下のハイマツにスノーシューが絡み、もちあげることができなくなる。そこでまた夏のコースにもどる。
悪戦苦闘しながら頂上まじかの屏風岩までたどり着いた。ここから頂上までは30分ほどで、例年だと幅10メートルほどの雪庇ができていて、その上を障害物を避けて楽にあるこことができるのだが、藪こぎの悪戦苦闘はまだ続く。
9時30分頃、ようやく山頂に辿り着く。
屈斜路湖の大パノラマが圧巻である。藻琴山は1000メートルにわずか30センチだけ足りないほどの山であるが、周りに高いところがないので、網走周辺の各所からそのなだらかな山頂を眺めることができる。
しかしこの山は屈斜路カルデラの河口壁の一部をなし、海抜120メートルの屈斜路湖の湖面からは、880メートルもそそり立っているのである。山頂から南側の斜面は、屈斜路湖にめがけて70度くらいの急斜面で下の沢にむかって落ちている。冬はまさに死の滑り台である。
山頂でツェルトをかぶり、風を避けながら、熱い甘い紅茶で、苦難の初登頂を祝った。今年の一番乗りである。1年生の学生が、冬山が初めてということもあり、やや疲れ気味の様子であった。30分ほどして下山開始。
下り始めて30分ほどして、心配していた私の持病の足の痙攣がはじまった。予防措置はしていたのだが、登りの激しいラッセルの3時間余りは、このところの運動不足の私には、案の定、この結果となってしまった。筋肉痛を抑える薬を塗りながらまた、藪や雪を踏みしめ下山した。登りに踏んだ跡をたどるので、下りはさすがに楽だった。
それでも2時間半ほどかけてゆっくりと下った。途中4〜5回立ち止まり薬をぬる。展望台近くなってから、スノーシューをはいた中年の男性一人と出会う。さらにその下の登山口付近で、スキーをはいて登ってくる中年男女と出会う。そこで私は、「今日はスキーではのぼれませんよ」と教えた。
車のところに戻った時は、午後1時近かった。
毎年オホーツクネイチャースクールの初詣では難行苦行である。
今年一年の苦難(?)が思いやられる。
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