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そう、こういうことは書かないんですけど、
でもまあここはゲイブログですからね。
本宅もあるのにここもやってるんですから
気にする必要もなく。


いつものようにネットの中を漂流していたら
伊藤文學さんのブログを見つけました。
この人の名前を知らなくても『薔薇族』の名は有名でしょう。
その編集長さんです。
雑誌自体は盛衰を繰り返してるようですが。

僕自身はこの雑誌はそう身近ではありません。
ゲイ雑誌の存在を知った頃には見てたかな。
だから数年前に廃刊になったときにも
そう思い入れはなかったんですけど、
ここのブログを読んでいていろいろ関心が湧いてきました。
たぶん年齢的な変化もあるのかな。僕の。


なんらかの方法で直面しなくてもいい人達も多いのでしょうけど、
それでも「ゲイとして加齢していくこと」については僕としてはとても関心があることです。
歳は誰でも経過していくもので、
そうするとゲイの人ってどういう風に老いていってるの?
どういう風に生きてきたの?
というのは自然と思うわけです。

ネットや携帯のおかげであまりに開放的でにぎやかになった
ゲイ環境ですが、逆に言えば若い人ばかりがそういう「表舞台」に載っている。
だけどね、今若い人だって若くなくなっていくし、
出会いメディアに載せれるほどルックスに自信ある人ばかりではないし、
都会で生きてる人ばかりではないし、
自分の性癖を受け入れきれてないとか捉えきれてない人もいる。

だから今回トラバした「同性愛の風俗史」についての記事
http://bungaku.cocolog-nifty.com/barazoku/2007/08/post_c50e.html
に僕は同感と思ったんですよ。


『薔薇族』は昭和46年に創刊したそうです。
その頃にもむろん(少ないですが)文通欄への投稿はあったようですし、
そして読み求める人はたくさんいたみたい。
これを知って僕は、
「昭和46年にも同性愛者は当然いたんだな」って
思ったんですよ。
そしてこの頃だとまだ戦争を経験した人も読者には居たみたいで
戦時中の同性愛がらみの話を出版社に送ってきた人もいるようです。

つまり僕らが一般の教科書やテレビや報道の中で見てきた
日本が経験した歴史的事実の時代にも、やっぱりゲイは生きていたってことなんですよ。
当たり前かも知れないけどちょっとハッとさせられました。


たぶん人間が「歴史」の勉強をするのは
人類が行いうることを先人の所業から学ぶためだと思います。
じゃあゲイは?

有志の人たちが今日本人ゲイのためにいろんな情報を流してくれてはいる。
だけど受取手はたぶん基本は「個」で、集合としての力はない。
受け取る情報を頼りに孤独に自分の人生をどうするのか考えてると思う。
でも一般的な悩みってさ、
大抵自分より年長の人に訊いたり参考にしたりしながら
解決していかないだろうか。
となるとゲイとして生きるうえでの悩みだって、
年長のゲイ、今はこの世にいなくなっている先人のゲイ達の送ってきた人生から学んで、
自分の判断材料にするのが人類としての「知性」なんじゃないか?

古い時代に生きてきた
ゲイの先人達の「歴史」がいま刻々と
語り手を失いつつある。
それは大変な事態だなあ、と
この記事を読んで思ったわけなんですよ。


最近、戦時中の写真展を見て、これは貴重なものだなあと思ったんでね。
当時の風俗をいまの人間に伝えるものとしてね。

それと同じようにゲイの風俗を、
不遇だったら不遇だった歴史、おおらかだったらおおらかだった歴史、
そんな資料に残りにくそうなことは
敢えて残そうとしなければいけないことなんだと思いました。

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奥の深い記事だなぁ〜と思いながら読みました。
言われてみると、ネット環境の充実によって友達は増えたけど
この世界を生きてきた先輩達の話を知る事ってあまりないですよねぇ。
昔はこんな事で苦労した、とか
今こんな事で苦労してる、とか。
今の日本が刹那的に生きる風潮にあるから余計かもしれませんけど。
「ゲイの歴史」、ちょっと興味あるなぁ。

>たぶん人間が「歴史」の勉強をするのは
>人類が行いうることを先人の所業から学ぶため

おっしゃる通り。
そこから同じ過ちを繰り返さない事を学ぶんですよね。
俺も自分を知る為に知りたいな、ゲイの歴史。

2007/10/7(日) 午前 2:28 [ やまも ] 返信する

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ありがとう。
深夜(朝方?)に頑張って書いた甲斐がありました(笑)。

今はBADIがたぶん一番人気だと思うのね、雑誌では。
だから僕も薔薇族を見なかったし
それで実際廃刊になったのかも知れないけど、
それでもずっと作ってきた人、ゲイ世界に関わってきた人の言葉は
すごく興味深かった。
年配のゲイだって、地方のゲイだって、
集まれる飲み屋や仲間がいて、共有感を得ていたりするみたいだよ。
すべてがそうとは言えないけど。
それにやはり結婚して子供も作った人もいるみたいだけど。
(望んだのか、四苦八苦なのかはわからないけど

だからね、若いときしか
楽しくない・美しくない・幸せじゃない
なんてことはないってことを知りたいんだよね。僕も。
先輩達を知ってさ。

ほんとにこの記事を読んで、
微力でも応援したいと思ったもの。

2007/10/7(日) 午前 3:35 なお 返信する

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薔薇族一時期読んでました。
なんかね、古めかしい感じと陰花っぽい風情が良かったのかも。こんな事書くと怒られるかもしれないけど。
でも、なんかね、自分の他にもこんなに、ってのを知るために最初は見た気がします。

2007/10/11(木) 午前 10:28 [ you*ouy*uy*uday*u ] 返信する

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そうだね。
そういう意味では広い範囲に行き渡って、
隅々の同性愛者にまで知らしめてくれたのかも。たくさんいるってことを。

その後はそれぞれの趣向で分かれていくからねえ。

2007/10/11(木) 午後 2:16 なお 返信する

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初めまして。わたしは女ですけど、ん〜、若い頃から異邦人の友人が多かったりしたせいでゲイやバイも沢山いたので、同性愛も一種の愛のカタチだと思っているのですけど、きっと私は特殊なのかもしれない。でもゲイの美青年に惚れた時は本気で自分が女であることが厭で厭で堪らなかったな。
同性愛を禁忌とするのは、西洋的な思想なんじゃないかと思ってます。江戸時代は普通に衆道もあったワケで、女たちも性的にもすこし開放的というか、性に対する意識は今とは違ってたんじゃないかと。
なんかわけのわからないコメになっちゃいました。まだまだ保守的なお国柄ですが、どうぞ自分を偽らずに生きて欲しいと思います。

2007/10/20(土) 午前 1:41 [ - ] 返信する

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コメントありがとうございます。
ゲイに惚れた女性の気持ちとは・・ノンケに惚れたゲイと同じかなあ?
自分が対象外であることを感じさせられますね。

江戸時代は銭湯も混浴なんでしたっけ?
おおらかだったような気がします。
例えば僕みたいな男でも女性の体には興味あるんですよ(笑)。
ただ、欲望をぶつける対象には今はなってないという。
そんな風に、好奇心のあり方なんて男女ゲイノンケ拘わらず
様々だと思いますので、それが通用する社会になればいいですね。
なりそうな気はしますが。
ネットによって、いろんな人間がいることは
バレだしてますから。

2007/10/22(月) 午後 9:56 なお 返信する

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