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トランペット音楽の歴史)
バッハ、ヘンデルのトランペット(17世紀)
キリスト教における神性の象徴としてのトランペットが、音楽の中でひとつの頂点を形成したのが17世紀のドイツ教会音楽でした。
このころのトランペットは一本の真鍮の管を長く伸ばし、ないしはくるりと一巻きし、吹き込み口にマウスピース(唇を当てる小さなお椀のようなもの)、反対側に「ラッパ」があるという、途中にはなんのメカニズムも、木管楽器のような穴もあいていないものでしたが、このシンプルなトランペットで、想像を絶する超絶技巧を演奏する事が可能でした。
え?自然倍音しか出ないのでは?
その通りなのですが、倍音には実はまだ先があります。
倍音は、オクターブが上がってゆくとだんだんに間がつまってくる、という法則があるのです。
どそどみそしど〜
だったものが、さらにその上のオクターブでは、どれみふぁ#そらしbど〜
と音が並んできます。もちろんこの当たりになると音域は非常に高いため空気の圧力も大変ですし、唇の緊張も、また隣の音を吹いてしまわないようにする微妙なコントロールも難しい。しかし、それゆえにトランペットで奏でられる素早い旋律やパッセージには、文字通り奇跡的な感動がみなぎっていることになります。
これを実現するために管を長く(基本の音を低く)設定し、倍音の詰まった、上のほうのオクターブで演奏する超絶技巧をクラリーノ奏法といい、非常に限られた奏者だけに可能な特殊技能でした。
代表的な作品としてバッハの「ロ短調ミサ曲」(3本のトランペットとティンパニ)、「クリスマス・オラトリオ、カンタータ第147番(「心と口と行いと人生を以て」)ヘンデルの「メサイア」(「ハレルヤ・コーラス」)などがあります。ことに「ロ短調ミサ曲」のあちこちに聴かれるトランペットの木管楽器なみの高速運動は、神の国の絢爛と輝く光を、現世の音として聴くような、得難い音楽体験をもたらしてくれる素晴らしい効果です。
今日??橋さんに演奏していただくブランデンブルク協奏曲第2番は、バッハの勤務した宮廷にたシュライバーというトランペットの名手のクラリーノ奏法のために書かれたものですが、この奏法でさえも出せない音がいくつか指定されており、秘密の技法でこれもクリアーしていたに違いありません。ヴァイオリン、オーボエ、フルートと対等に渡り合うトランペットは、当時の貴族たちにはまさに奇跡のような感動を与えた事でしょうが、われわれにもいつも新しい法悦をもたらしてくれます。
ハイドン、モーツアルトのころ:18世紀まで
こうしたクラリーノ奏法はあまりの超絶技巧であったためにやがて廃れていきます。
ハイドン、モーツアルト(18世紀終盤)のころのトランペット・パートは、たまに繊細な弱音を求められたりはするものの、基本的には自然倍音の中でティンパニと一緒に華麗なファンファーレを演奏する(だけの)役割に徹していました。そのため、音はほとんどド、ソ、ミしかなく、静かな楽章では用いられず沈黙(Tacet)が指示されています。曲が調を変えると、楽器を換えて(あるいは替え管を抜き差しして)対応しました。
ハイドンの最晩年には、管に穴をあけてそれを木管楽器のキイのような装置で開閉し、半音階さえも演奏できるという有鍵トランペット(キイ・トランペット)が開発され、ハイドンと、その弟子フンメルがいずれも協奏曲を残しました。この楽器は不成功ですぐ廃れましたが、曲のほうは今日のバルブ・トランペットで演奏できるため名曲として生き残っています。
ベートーヴェンはホルン、ティンパニ、クラリネット、チェロなど管弦楽のいくつかの楽器の用法を画期的に革新しましたが、トランペットについては保守的でした。第九の終楽章、有名な歓喜の主題は「ファ(ニ長調で:実音G)」を出さなくてはならないのですが、このファの音をどのように出していたのかははっきりしたことは解りません。(ホルンも同じ金管楽器で自然倍音の制約を受けていましたが、朝顔に右手を突っ込む事で様々な音程を作ることができました。しかしトランペットにはそういう奏法は伝わっていないのです。)
楽器の発達:19世紀
その後、金管楽器にはバルブやロータリーという装置が付けられるようになりました。これは管にバイパスをつけて基本の長さを変え、いくつもの調の倍音を得られるようにすることや、そもそも2つの楽器を全部組み込んでいて(ダブル・ホルン)切り替えて演奏することができる、などのためです。チャイコフスキーなどの華やかなトランペット・ソロはこうした楽器が前提になっていたはずです。
19世紀初頭から流行したのはピストンつきのコルネットで(ホルンを太く小さくして正面を向けたような楽器で円錐管。トランペットは管のほとんどの部分が真っすぐで円筒管)、ベルリオーズの幻想交響曲などで用いられていますが、音色に欠点はあったものの、「自由に動けるラッパ」がオーケストラに持ち込まれたことから、トランペットとコルネットを両方用いている作品も多く見られます。逆にブラームスなどのように保守的な書法にこだわってほとんどベートーヴェンと同じようなトランペット用法を続けた人もいます。やがてこれらは現在の形のピストン付きBb管やC管、あるいはロータリー・トランペットなどに吸収・統一されてゆきます。
フランス、アメリカ:20世紀
管弦楽の魔術師ラヴェルを中心に、フランス近代管弦楽は管・打楽器の用法を躍進させて、まるで「弦楽器つき吹奏楽団」のような管打楽器中心の色彩的オーケストラを創り出しました。
その代表が「春の祭典」(ストラヴィンスキー)や「火の鳥」であり、レスピーギの「ローマ3部作」、そしてラヴェルの「ボレロ」「展覧会の絵」です。
トランペットについて目立っているのは、3本での用法が多い事やミュート(弱音器)の使用、ピッコロトランペットの活用など。レスピーギにみるように、舞台裏からの演奏や、バルコニーなど別動隊(バンダ)を用いることもよく行われました。
ドイツ語圏でもR.シュトラウスやマーラーなどの作品で金管楽器用法は少しづつ進歩しましたが、トランペットに関するよりもホルンについてのほうが進歩的でした。
アメリカではジャズの世界でトランペットの全く新しい魅力、運動性が急速に開発されてゆきます。ガーシュインのスコアにはパリのアメリカ人、へ調のコンチェルトなどに長大なトランペットのブルース・ソロが書かれていますが、ビッグバンド・スイングジャズにおける熱狂の旋律のあとの時代では、なんといってもマイルス・デイヴィスが開拓したクール(冷静)な、静かに歌うトランペット(多くはミュート付き)、木管を凌駕するほどの運動性でアドリブ・ソロを繰り広げるスリル、「死刑台のエレベーター」の映画音楽をすべて即興で演奏してしまうという創造性が目立っています。
「王様の楽器」であったトランペットはこうした歴史の上に、今日では吹奏楽の花形として、また「スター・ウオーズ」「インディ・・ジョーンズ」など冒険的映画音楽の主役として君臨する、「楽器の王様」になったのです。
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