茂木大輔:もぎ議録

クラシック音楽は理解して聴けば感動100倍!が活動のモットー。まずは自分が理解しよう・・・(笑)

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解説
 
 
*ベートーヴェン交響曲の中での「第6番」
 
「田園」は、「運命」(第5番)とほぼ同時期に作曲され、同じ演奏会で公開初演された。(1808年12月22日:アン・デア・ウィーン劇場におけるベートーヴェン主催の演奏会。)この演奏会ではほかにピアノ協奏曲第4番、合唱幻想曲やハ長調のミサ曲(一部)など、膨大なプログラムが演奏され、「もぎオケ」よりも長かった。
この「田園」はコンサートの最初に演奏されたため、当夜は「第5番」と呼ばれていたが、出版(18095月:ライプツィヒのBreitkopf und Härtel社)に際して現在の番号になった。
なお、この初版に際して、ベートーヴェンが初演のときに楽譜に記入したばかりか当日の印刷パンフレットに記入していた、5つの楽章の標題(説明?)は、若干の変更を受けている。
まず初版(第1ヴァイオリンパート譜)の冒頭には、
「パストラル(田園)交響曲
または
田舎の生活の記憶
(絵画としてよりも、より感覚の表現である。)」
と書かれている。
第1楽章は、
「田舎に到着した時、人の中に目覚める愉快で心地よい気分」であったものが、「田舎に到着したときの愉快な感覚の目覚め」に変えられた。
2楽章:
「小川のほとりの情景」
第3楽章:
「田舎の人々の愉快な集い」
は変更なし。
第4楽章:
「雷、嵐」が、「通り雨(夕立)、嵐」に変更。
第5楽章:
「羊飼いの歌:嵐の後の、有り難く、神への感謝と結びつけられた愉快な気分」は、「羊飼いの歌、嵐の後の喜ばしく有り難い気分。」
とされた。これらの訂正がベートーヴェン自身によるものか、出版社が独自に行ったのかは、解らない。(おそらく後者。)
これら、少なからず重要な変更は、第1楽章からは「人間の」と「心地よい」が消えたこと、雷が雨になってしまったこと、第5楽章では「神への感謝」が消えたことだろう。
こうした、全部の楽章にわたる詳細な標題を持った交響曲はベートーヴェンはこれ以前にも、以後にも作曲しなかった。(例外として、第3番「英雄」は「シンフォニア・エロイカ」(英雄的な交響曲)という題名を持っているほか、第2楽章に「葬送行進曲」と記されている。「運命」は後世の人の命名であり、「第9」は題名ではなく番号ですぞ!)
もう一つ異例なことはこの交響曲だけが楽章を5つ持っているということであり、最後の3つは連続して演奏される構成になっていること。彼の作曲した他の全ての交響曲は4楽章構成だった。
 
5楽章形式はベルリオーズが「幻想交響曲」で行っていて、この曲も具体的な物語を持ち、それを楽譜や印刷物にして聴衆に知らせて演奏するようにしていたことも同じ。)
 
 
*音楽における「描写」について
 
この交響曲にはふんだんに、ベートーヴェンが散歩していたと伝えられるハイリゲンシュタットなど、ウィーン近郊の田舎を思わせる描写が盛り込まれている、と理解されてきた。確かにここには、温暖な空気、なだらかな丘陵の地平線、日差し、様々な鳥の声、小川のせせらぎや淀み、水面の光り輝く反射、素朴な楽師たちの演奏や踊る農民たち、天候の急な悪化や大雨、雷鳴、雨上がりの様子などを連想させる音楽があり、それらは「描写音楽」として素直に受け止められて来た。これを聞いてああ、ヨーロッパ行きて〜!とか田舎行きて〜!とか、聞いていて思うアナタは都会のストレスが溜まってますね!
しかし、そう思わせることが目的だったのだろうか?音楽で何か具体的な存在を描写することは、何もベートーヴェンや、この交響曲に始まったことではない。むしろ、オペラや教会音楽の作曲においては、そうした描写、あるいは音象徴と言われる記号が常に用いられてきた。ヴィヴァルディの「四季」やハイドンの「朝・昼・晩(交響曲第6〜8番)」、「天地創造」や「四季」などのオラトリオ、モーツアルトの数多くのオペラにおいて、鳥や水、悪天候や農民の踊りは、定番のように描写されてきた好ましい題材だった。またバッハを始め膨大なミサ曲、受難曲などの作例の中には、涙や溜め息、鞭打ちや騒乱など人間の行動から、大地の平穏、天上世界の絢爛、イエスの降臨・昇天・復活にいたる、幅広い描写(象徴)が満ち満ちている。ベートーヴェンの「荘厳ミサ」においてもそれは例外でなく、さらには「第9」にも、神々のいる天の星々は極めて具体的に音として描かれている。
問題は、ベートーヴェンの「田園」が、彼が好きであったという田舎の散歩の幸福な感情を描く、保存するためだけに、それを都市に持ち込んで演奏する「風景画」として機能させるため(だけ)に、この交響曲を作曲したのか?ということなのだ。
(「風景画」は、パリなど都会の生活の喧騒やストレスが高まり始めた時代から、「となりのアパートしか見えない窓の代わり」として流行したらしいですね。)
 
*「パストラル」の伝統
 
 
それに対する解答を、まだたった一つの旋律も示されないうちから、ベートーヴェンは作品の冒頭そのものにおいて、我々に明解に伝えている。それは、ヴィオラとチェロによって引き伸ばされるぶぃ〜〜〜ん、という長い音(保続)。
すかさず、マーボー豆腐の主題が始まってしまうので気付きにくいが、この保続はチェロのファ(F)にたいしてヴィオラのド(C)で、難しく言うと「(空虚)5度の保続」になっている。しかもヴィオラは開放弦にあり、ヴィブラートなどの細工はできず、きわめて素朴な音色がする。
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実はこの、単純に引き伸ばされる音、バグパイプやハーディ・ガーディなど、様々な民俗楽器を思わせる音響こそが、パストラル音楽の伝統に連なるものであった。
「パストラル」は羊飼いの生活を描いたギリシャ時代まで遡る田園詩、田園美術の伝統であり、その多くは、「自然の中での、これといってすることもない登場人物たちのたわいのない戯れ」などを描いていたという。羊飼いもホンモノは忙しいとか寒いとかいろいろ事情はあるはずで、ここでは「理想化された田舎の生活」の象徴が、「羊飼いたち」であった、ということなのだ。
「ダフニスとクロエ」も、「牧神の午後への前奏曲」も、こうしたパストラル音楽の伝統に連なる作例ということになる。
(絵画、この周辺で。)
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ジョルジョーネ:「田園の奏楽」(ルーブル美術館蔵)
のどかな田園で音楽を演奏し、幸福に時間を過ごす男女。右中景に羊飼いが見える。
 
また音楽において「羊飼い」はクリスマスとの密着した象徴性を持ち、神聖な、喜ばしいムードをたたえていたという。こうした音楽には、もはや定番の記号として、バグパイプを連想させる5度、または単音の保続が用いられて、その上に6/8や12/8の旋律が書かれてきた。バッハの「クリスマス・オラトリオ」第2カンタータの序曲をはじめ、クリスマス関連の音楽の多くがその響きを持っている。ヴィヴァルディの「春」の第3楽章はその、数多い中の一例ということになる。
そして、「田園」を見てみるならば、「バグパイプ保続」はこの交響曲の冒頭にいきなり出現してパストラルの伝統を思わせるばかりか、そのフィナーレ(第5楽章)はやはり5度の保続を2つも重ねた2階建ての上に、明らかに羊飼いの笛やホルンを思わせる主題が6/8拍子で鳴り響くという(スコアそのままでいいので、譜例お願いします。)構造になっているのである。
 
 
 
*ベートーヴェンの理想郷
 
こうして見てくると、冒頭のふたつの楽章において、山と川、二つの自然賛美が行われたあと、ちょっと愚かな(弱い)ものとしての拙い人間の踊りが登場し、それを、全く恐るべきものとしての嵐が文字通り蹴散らす。ここで、今まで登場していない、ピッコロ、トロンボーン2本、ティンパニという最強兵器が投入されていることは、したがって嵐の自然的脅威を描くために必然的と思われる。
しかし、嵐はほどなく晴れて行く。その後に訪れる平安こそが、超自然的な神への感謝に結びつく喜ばしい感情である、とベートーヴェンは標題でも語っている。
フィナーレの、特別に手の込んだ音楽を聴く喜びの深さ、輝かしさは、あえて「無人に(自然のままに)」作られた第1、2楽章や、人間と自然の物語を聴いたあと、ひときわ聴き手の耳を捕らえているに違いない。
 
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ジョルジョーネ:嵐(テンペスタ)ヴェネチア・アッカデーミア美術館蔵
左に立つ人物は羊飼いであることが持った長い杖から解る。背景の空に稲妻が光っている。
 
ここまで読み解いてくるならば、前提としての(創造されたままの・平和で美しい自然)に、愚かな人間が登場し、それを脅威が圧倒し、しかし救済されて祈りと感謝が歌われる、という筋書きは、何もウィーンの田舎や、あるいはそもそもが森や野原だけの問題ではなく、キリスト教世界観だけの問題でもなく、もっとはるかに大きな、人類と歴史と神の問題に繋がっていることが解ってくるではないか。それはたとえば直接的には、震災前の美しい自然と津波の脅威やその後の種々の不安になぞらえることもできるかもしれないし、人間の心の中にだけ起きる様々な問題への救いを作っているのかもしれない。
ベートーヴェンは理想を描こうとしたし、確かにこの音楽には彼の暮らしたオーストリアの美しい風景が描かれている。けれどもそれはこの音楽が持っている小さな側面のひとつに過ぎない。冒頭、バグパイプの5度に象徴されるパストラルの伝統から出発したベートーヴェンは、森や小川の散歩を経て、聴く人々を心の中の本当の理想郷(平安と祈り)へと導いて行くのである。
 

ニコラ・プッサン:「我アルカディアにも在り」(アルカディアの羊飼いたち)ルーブル美術館蔵
アルカディアは理想郷のひとつ。石碑に「死はここにもある」と書かれているのを見ておびえる羊飼いたち。
 
 
 
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今回は弾けるメンバー集めてあります。解説ではチェロ+バスを取り出して聞いて頂きます。ピッコロ、「ウイリアム・テル序曲」を御用意しています。ぜひ。

2011/11/16(水) 午前 0:54 [ 茂木大輔 ]


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