|
2/14:青山ツインタワーの文化センターで音楽の力についてお話しします。
<こちらのリンクからお申し込みできます。よろしくお願いいたします。(下記のものは情報の画像です。)
そのままピットインに駆け込みます。夜はぜひそちらも!笑
スズケン市民講座2/14『人間を考える』音楽の力講師: 茂木大輔
各界の著名人に、豊かな人生経験の中から、様々な感動や発見のエピソードを通して、人間のすばらしさや生きる力等について語っていただく連続講座。
今回は、『音楽の力』をテーマに音楽との出会いのエピソードや感動のお話を通して、人間の可能性、生きる喜び・力など、講師が音楽にかける思いを語ります。 講座の詳細・お申込み
|
全体表示
[ リスト ]





話すテーマは「大作曲家の祈りの音楽」、バッハ:マタイ受難曲、モーツアルト:アヴェ・ヴェールム・コルプス、バッハ「ロ短調ミサ」のなかにある祈りの音楽、死への怖れと慰め、「憐れみたまえ」という言葉について、祈りの求めるものなどについて御話しします。
2012/2/11(土) 午後 11:33 [ 茂木大輔 ]
昨日は興味深いお話をどうもありがとうございました。講座の後にご予定があったのに、チョコレートお邪魔じゃありませんでしたか?気が付かずに申し訳ありませんでした。
今回のお話ではバッハの「ロ短調ミサ曲」に大変興味が湧きました。お話を伺いながら最も関心を抱いたのは、「Agnus Dei」〜「Dona nobis pacem」でバッハが表現しようとしていたものは何か?ということです。
通しで聴けばさほど気にならないのかもしれませんが、昨日のように部分を切り出して聴いてみると、同じように「憐れみたまえ」を意味する言葉を象徴的に使っている賛歌であるにも関わらず、「Kyrie」と「Agnus Dei」の"kyrie eleison"と"miserere nobis"の印象があまりに違うのが、とても気になりました。
2012/2/15(水) 午後 1:58 [ yurika ]
「kyrie」の祈りが広がっていく印象に比べ、「Agnus Dei」のアリアは低く静かで「憐れみたまえ」と歌っているにも関わらずどこか諦めすら感じられます。「Agnus Dei」の文章は「Gloria」の一部だと思うのですが、「Gloria」の「憐れみたまえ」とも違う気がしました。開放弦の低い響きを使ってバッハは何を表現しようとしているのでしょう?
「Dona nobis pacem」も感動的ではあるものの、強い祈りとも違う気がしました。"Dona nobis pacem"も言葉だけ見れば、「Gloria」の"in terra pax hominibus"に繋がる、強い祈りであるように思うのですが、どちらかというと「憐れみたまえ」と主に望み祈るより「どうもありがとうございました」と感謝してる感じです。主が憐れまれた後に広がる希望の奥行きみたいなものが足りないというか、静かに亡くなる前の「憐れみたまえ」みたいで、何となくストンと落ちませんでした。
2012/2/15(水) 午後 1:58 [ yurika ]
そんなことをずっと考えていたら少し混乱してしまったので、質疑応答の際に先生の解釈をもう少し伺おうと思ったのですが、手を挙げる勇気がなかなか出ませんでした。すみません。聴きこむことでまた違う何かが見えてくることに期待して、これを機会に「ロ短調ミサ曲」を少し勉強してみたいと思います。
この度は楽しい講義をありがとうございました。次の授業を楽しみにしています。
PS. 今日は山下洋輔さんの講座を受講してきます。昨夜のピットインには伺えず残念でした。次の機会にはぜひ伺います。長いコメント失礼しました。
2012/2/15(水) 午後 2:00 [ yurika ]
ありがとうございました!
詳細に聴いて下さって有り難いです。
まず一点、Agnus Deiは独立した部分を成していて、Gloriaの一部ではないのです。ミサ通常文の歌詞は御話したようにほとんどのミサ曲で共通ですから、簡単に全文を読む事ができます。(CDのライナー等にも対訳があるでしょう。)ぜひ一読をお勧め下さい。
2012/2/15(水) 午後 8:50 [ 茂木大輔 ]
さて、ロ短調ミサ曲のDona nobis pacemについて、お感じになったことを書いて頂きとても嬉しく思います。
これはやはり一度全曲を通して聴いて頂きたいと言う事がまず思われますね。もう一つ実は重要と思われるのは、バッハは意図的に、この曲を全曲の前半部分で一度用いていると言う事です。(Gloriaの第4曲、Gratias:あなたの偉大な力に感謝します)
したがって、絶望感の漂うAgnus Deiを聞き終えたあとにDona nobisが開始されると、聴き手は、不思議な温かい懐かしさを覚えます。また、「平安を下さい」という祈りは、その偉大な(神の)力によって、きっと聞き届けられるだろう、という結びつけを行って、希望の光をそこに見る事が出来ます。バッハは全曲の中で、全く同じ音楽を異なる歌詞で用いることをこの場所だけで行っていますから、その効果は本当に大きいものです。
是非、全曲を、歌詞対訳とともにお聴きになることをオススメします。僕などの知識は本当に浅いものですが、お答えできる事は喜んでいたしますのでまた質問をお待ちしています。
2012/2/15(水) 午後 8:50 [ 茂木大輔 ]
ミサ通常文(ミサ曲の歌詞となっているものです。)をネットで見つけました。ほかにも沢山あるでしょうね!
http://www.ne.jp/asahi/voce/home/Kyoutuu/missa-text.htm
2012/2/15(水) 午後 8:54 [ 茂木大輔 ]
もう一点:教会音楽の作曲については、作曲家たちは歌詞と五線紙だけを前にして完全自由に創作したのではなく、むしろ沢山の、伝統的な制約やルールを学んで、それに依頼主の意向などを反映して作曲しなければならなかったと考えられます。自分はこの問題には無知なのですが、楽譜=音として伝えられているものは全て作曲家・作家の自由な表現であったと考えるわけにはいかない、ということも、一応念頭に置いた上で、多くのミサ曲を俯瞰して、次第に本質に近づいて行ければよいのではないでしょうか。
2012/2/15(水) 午後 10:56 [ 茂木大輔 ]