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大作曲家の祈りの音楽:ラジオ放送のお知らせ
もぎぎの日常雑感
[ vivian ]
2012/3/11(日) 午後 10:26
大作曲家の祈りの音楽:ラジオ放送のお知らせ
もぎぎの日常雑感
[ 茂木大輔 ]
2012/3/11(日) 午後 4:21
大作曲家の祈りの音楽:ラジオ放送のお知らせ
もぎぎの日常雑感
[ vivian ]
2012/3/10(土) 午後 5:14
NHK文化センター青山校で特別講演いたします。
もぎぎの日常雑感
[ 茂木大輔 ]
2012/2/15(水) 午後 10:56
NHK文化センター青山校で特別講演いたします。
もぎぎの日常雑感
[ 茂木大輔 ]
2012/2/15(水) 午後 8:54
NHK文化センター青山校で特別講演いたします。
もぎぎの日常雑感
[ 茂木大輔 ]
2012/2/15(水) 午後 8:50
さて、ロ短調ミサ曲のDona nobis pacemについて、お感じになったことを書いて頂きとても嬉しく思います。
これはやはり一度全曲を通して聴いて頂きたいと言う事がまず思われますね。もう一つ実は重要と思われるのは、バッハは意図的に、この曲を全曲の前半部分で一度用いていると言う事です。(Gloriaの第4曲、Gratias:あなたの偉大な力に感謝します)
したがって、絶望感の漂うAgnus Deiを聞き終えたあとにDona nobisが開始されると、聴き手は、不思議な温かい懐かしさを覚えます。また、「平安を下さい」という祈りは、その偉大な(神の)力によって、きっと聞き届けられるだろう、という結びつけを行って、希望の光をそこに見る事が出来ます。バッハは全曲の中で、全く同じ音楽を異なる歌詞で用いることをこの場所だけで行っていますから、その効果は本当に大きいものです。
是非、全曲を、歌詞対訳とともにお聴きになることをオススメします。僕などの知識は本当に浅いものですが、お答えできる事は喜んでいたしますのでまた質問をお待ちしています。
NHK文化センター青山校で特別講演いたします。
もぎぎの日常雑感
[ 茂木大輔 ]
2012/2/15(水) 午後 8:50
NHK文化センター青山校で特別講演いたします。
もぎぎの日常雑感
[ yurika ]
2012/2/15(水) 午後 2:00
NHK文化センター青山校で特別講演いたします。
もぎぎの日常雑感
[ yurika ]
2012/2/15(水) 午後 1:58
「kyrie」の祈りが広がっていく印象に比べ、「Agnus Dei」のアリアは低く静かで「憐れみたまえ」と歌っているにも関わらずどこか諦めすら感じられます。「Agnus Dei」の文章は「Gloria」の一部だと思うのですが、「Gloria」の「憐れみたまえ」とも違う気がしました。開放弦の低い響きを使ってバッハは何を表現しようとしているのでしょう?
「Dona nobis pacem」も感動的ではあるものの、強い祈りとも違う気がしました。"Dona nobis pacem"も言葉だけ見れば、「Gloria」の"in terra pax hominibus"に繋がる、強い祈りであるように思うのですが、どちらかというと「憐れみたまえ」と主に望み祈るより「どうもありがとうございました」と感謝してる感じです。主が憐れまれた後に広がる希望の奥行きみたいなものが足りないというか、静かに亡くなる前の「憐れみたまえ」みたいで、何となくストンと落ちませんでした。
NHK文化センター青山校で特別講演いたします。
もぎぎの日常雑感
[ yurika ]
2012/2/15(水) 午後 1:58
昨日は興味深いお話をどうもありがとうございました。講座の後にご予定があったのに、チョコレートお邪魔じゃありませんでしたか?気が付かずに申し訳ありませんでした。
今回のお話ではバッハの「ロ短調ミサ曲」に大変興味が湧きました。お話を伺いながら最も関心を抱いたのは、「Agnus Dei」〜「Dona nobis pacem」でバッハが表現しようとしていたものは何か?ということです。
通しで聴けばさほど気にならないのかもしれませんが、昨日のように部分を切り出して聴いてみると、同じように「憐れみたまえ」を意味する言葉を象徴的に使っている賛歌であるにも関わらず、「Kyrie」と「Agnus Dei」の"kyrie eleison"と"miserere nobis"の印象があまりに違うのが、とても気になりました。



