茂木大輔:もぎ議録

クラシック音楽は理解して聴けば感動100倍!が活動のモットー。まずは自分が理解しよう・・・(笑)

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ごあいさつ

 
 

本日はようこそいらっしゃいました。

ヨーロッパの街では、クリスマス(イエスの生誕)を待ち望むこの季節(アドヴェント)に、普通の日常とは少し違ったコンサートが沢山開かれます。

少し違った、というのは、日頃のマーラーやチャイコフスキーなどの大きなシンフォニーに代わって、バッハ、ハイドン、モーツアルトたちの小さな編成のオーケストラを中心に、いろいろな楽器のソロを楽しむ「室内オーケストラ」のコンサートが盛んになるということなのです。

実は、音楽の歴史的には、この季節(待降節)と復活の前の時期(四旬節)は古来、断食なども行われたそうで、オペラの上演が禁止されていました。

そのため、空いている歌劇場のステージを使って、歌の入らない、オーケストラのコンサート(チャリティー・コンサートなどの慈善目的)のみが許されて、それが次第に、オペラ中心の音楽生産からシンフォニー・コンサートという新しい習慣を作ったきっかけともなっているのです。

ハイドンに多くの交響曲を依頼したパリの「コンセール・スピリチュエル」というオーケストラもこうした劇場閉鎖期に活躍しておりましたし、ベートーヴェンのほとんど全てのシンフォニーはこの時期(12月)に劇場で初演されているのです。

そうしたオーケストラ・コンサートの歴史が、21世紀の今日まで受け継がれているのがヨーロッパの面白いところだと思います。

もちろん、教会では多くの「クリスマス・オラトリオ(バッハ)」や、「メサイア(ヘンデル)」などこの時期のための音楽が上演されていますし、放送交響楽団、フィルハーモニー管弦楽団、歌劇場管弦楽団などのメンバーは、大忙しで楽器を持って駆け回る、という時期にもなります。ちょうど日本で「第9」がそうであるように、文字通り音楽家の「書き入れ時」になるんですね。

常設で15人くらいの「室内管弦楽団」はヨーロッパにも数が少なく、演奏は、こうした種々のオーケストラのメンバーたちが「祝祭的」に、一夜限りのオーケストラを作って行うことが多く、メンバーたちの交流の機会にも「なっています。

 

今夜は、ぼくが留学中に数多く聞いて来たそういうコンサートを、是非日本でも行いたいという想いから、N響の同僚の皆さんや,「もぎオケ」での活動を通じて力になって下さっているソリストの皆さんにお願いして、長年お世話になっているリブロ・コーポレーションのお力を借りて、一夜限りのオーケストラを編成して行うものです。

バッハ、モーツアルト、ハイドンなど、限りなく美しい音楽を、家庭的サウンドとともにお届け出来ることをとても楽しみにしています。最後までごゆっくりお楽しみ下さい。

 
 

茂木大輔

 
 
 
 
 
 
 
 

曲目解説

 

・バッハ:カンタータ第147番より・コラール変奏曲

 

“「主よ、人の望みの喜びよ」”として、ピアノ編曲などでも知られるバッハの名曲です。原曲のカンタータは、イエスがマリアの胎内にいる時に、同じく胎児であった預言者ヨハネを感じて踊った、という奇跡を中心に歌われるもので、バッハはライプツィヒでの改作のおりにこの合唱曲を追加しました。今日は合唱部分を管楽器に、オルガンのように編曲してお届け致します。

 
 

・モーツアルト:ホルン協奏曲第1番・ニ長調 K412514

ホルン独奏:福川伸陽

 
 

モーツアルトには4曲のホルン協奏曲があり、いずれも、ザルツブルク時代からウィーンでの晩年までの親友であったホルンの名手、ロイトゲープのために書かれています。この第1番は最後に書かれたものであり、モーツアルトが完成したのは第1楽章のみ。第2楽章の残されたスケッチを弟子ジュスマイヤーが完成したのは、あの有名な「レクイエム」と同じ経緯であるばかりか、ジュスマイヤーが中間部に「エレミアの哀悼」という悲しい賛美歌を挿入していることから、「ホルン協奏曲のレクイエム」のような位置づけになっています。

いみじくもモーツアルトの命日(12月5日)も最近でしたね。

先年より、日本フィルから移籍してN響の首席ホルン奏者となった福川さんは、現在、管楽器という枠を大きく超えて,日本で最も活躍する演奏家の一人になっています。この演奏会の当日もマチネーのリサイタルをしてから到着するという超絶スケジュールです。美しい音と妙技、ご期待下さい。

 

・クライスラー:「愛の喜び」「美しきロスマリン」

ヴァイオリン独奏;礒絵里子

 

19世紀後半の天才的ヴァイオリニスト・作曲家であったクライスラーの有名な小品を、ヴァイオリンと弦楽オーケストラでお聴き頂きます。

クライスラーはブルックナーに作曲を習ったそうですが、あの1時間を超える交響曲を連発したブルックナーと、数分の愛らしい小品が今も世界中で演奏されるクライスラーの対比が面白いですね。親交のあったラフマニノフはこの2曲をピアノ曲に編曲しているそうです。ベルギー留学から帰国されたデビュー当時から親しい共演を重ねてきた礒絵里子さんのソロがとても楽しみです。

 
 

・モンティ:チャルダッシュ

ヴァイオリン独奏:Duo Prima(神谷未穂・礒絵里子)

 

仙台フィルのコンサートマスターという重職にもありながらソリストとして世界的に活躍される神谷さんと、礒絵里子さんは従姉妹同士で、2重奏ユニット「Duo Prima」として活躍されています。クライスラーと同時期に活躍したイタリアの指揮者モンティの名曲、超絶技巧が炸裂する、ハンガリー風舞曲の「チャルダッシュ」を弦楽オーケストラとともにお聴き頂きます。

 
 

・ハイドン:交響曲第43番変ホ長調「マーキュリー(水星)」

第1楽章:Allegro(快活に)

第2楽章:Adagio(心地よく)

第3楽章:Menuett(メヌエット:フランス風宮廷舞曲)

第4楽章:Finale,Allegro”Merkur”(フィナーレ・快活に:「水星」)

 

「交響曲の父」として、なんと106曲もの交響曲を残し、このジャンルの形式や音楽的内容を、をあらゆる試行錯誤を経て完成に導いたのがハイドンです。

実はハイドンの初期にはそのオーケストラ(エステルハージ宮廷楽団)は15人くらいの編成で、その人数のために非常に多くの曲が書かれましたが、今夜のオーケストラはまさにその編成を再現しているものです(フルート1、オーボエ2、ホルン2、弦楽器数名づつ)。この時期のハイドンには隠れた名曲がおびただしく残されていますが、現在のオーケストラ演奏会(60〜100人くらい、ホールは2千人くらい)には馴染まないため、演奏されないのが残念です。今夜はその中でもとびきり美しい、可愛らしく、輝かしく、どこか温かみのある「水星」交響曲を聞いて頂きます。「音楽の大理石」と呼ばれるハイドン交響曲、15人のオーケストラ。皆さんはどうお聴きになるでしょうか。

 
 

休憩

 

・モーツアルト:フルートと管弦楽のためのアンダンテ・ハ長調 K315

フルート独奏:竹山愛

 
 

「神童」としてヨーロッパ中を席巻したモーツアルトですが、20歳のころには人気が落ちて、就職活動のために旅に出なくてはならなくなりました。その途次のマンハイムで恋に落ちて行き足の止まったモーツアルトに舞い込んだのは、裕福なオランダ人医師(アマチュア:東インド会社)からのフルート協奏曲作曲の依頼でした。お金のためにイヤイヤ取り組んだにしては、あまりにも素晴らしい、成果中のフルート奏者が今日でも宝物にしている協奏曲や4重奏曲がこのときに生み出されました。東インド会社には感謝ですね。メセナは大事です。笑。

おそらく、そのなかでト長調協奏曲K313の第2楽章が(彼には)難しかったために、新たに書き直されたのがこの「アンダンテ」です。これまたほんとうに珠玉の名曲であって、ドジャン先生がヘタクソで良かった・・・・笑。

日本音楽コンクール1位ほか輝かしい経歴で、N響は勿論全国のオーケストラでも活躍する竹山愛さんに美しい音で独奏して頂きます。

 
 

・アイブラー:(伝;ハイドン、またはレオポルト・モーツアルト);

ベルヒルガルテンの木製児童楽器を伴うカッサシオン(「おもちゃ交響曲」)

 

ザルツブルク近郊の山岳地帯にあるベルヒスガルテンという村は、ヒトラーが山荘を作っていたことでも有名な、風光明媚な高地です。ここでは18世紀当時、豊富な材木を背景として、子供たちのための木製楽器(教育用、玩具用)が多数生産され、ヨーロッパ中に輸出されていました。アオシマ、タミヤ、ハセガワ(50音順)日本のプラモデルのようですね。

ちょうど今のようなクリスマスシーズンには、これらの木製楽器は、楽譜などとセットになって、ヨーロッパ中に出荷されました。このための曲も、楽器会社から依頼されてザルツブルクの音楽家たちが作曲していたものと考えられています。通称「おもちゃ交響曲」は、その愉快なおもちゃ楽器の使い方や、作品が実は大変良く作られていることから、長い間ハイドンの作品として出版され、信じられて来ました。最近の研究から、まずモーツアルトの父レオポルト、ハイドンの弟ミヒャエル、と推測が変遷し、それぞれに楽章の数や調性も違いますが、今では無名の音楽教師アイブラーの書いたものというのが定説になっています。

ラッパ(木製)太鼓、うずら、水笛、カッコーなどを、本日の出演者である一流音楽家の皆さんが真剣に演奏いたします。クリスマスシーズンのザルツブルク、送られて来たプレゼントを開けて喜んで家庭で合奏する光景などを想像しながらお聴きになって下さい。

 
 
 

・バッハ:ブランデンブルク協奏曲第2番ヘ長調・BWV1047

独奏:

ピッコロ・トランペット:多田将太郎

フルート:竹山愛

オーボエ:坪池泉美

ヴァイオリン:神谷未穂

 
 

 演奏会の最後には、本日の「総力戦」であり、かつ、クリスマス期の音楽にはつきものである高音専用トランペット、「ピッコロ・トランペット」(独奏:多田将太郎)という最終秘密兵器投入により、輝かしい音楽の喜びを味わって頂けたらと思います。

バッハは宮廷音楽家として勤務していた時代に作曲した数多くの協奏曲から、異なる独奏楽器の組み合わせによる6曲を選んで浄書し、ブランデンブルク辺境伯に寄贈しました。これは就職活動の意味もあったと思われます。この6曲は演奏されないまま綺麗に保存されていましたが、元の宮廷での創作は全て散逸してしまったことから、不思議な運命によって「救出」されたことになりますね。このうち第2番にはこの高音トランペットの、精神にも官能にも最大の興奮をもたらすソロがあり、その妙技に組み合わせたフルート(リコーダーが原曲)、オーボエ、ヴァイオリンという弱音の楽器が、見事にバランスを保ちながら美しい綾なす音楽を紡いで行く魔法のような魅力があるのです。

クリスマス期にはバッハの「クリスマス・オラトリオ」がありますが、ここで活躍する楽器たちは、トランペットは神を、オーボエは羊飼いを、そしてフルートは天使(精霊)を、さらにはヴァイオリンは(おそらく)「人間」を象徴しています。イエスの受胎告知・静かな生誕・東方3博士の礼拝などの喜びになぞらえて、この3楽章からなる音楽をお聴き頂くのも佳きことかと存じます。N響オーボエセクションの新人、坪池泉美のソリストデビューでもありますので、今後ともお引き回しのほど、よろしくお願い申し上げます。

では、皆様によいクリスマスと,よいお年が来ますように!

 
 

茂木大輔

 
 
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クリスマスコンサートへの御案内
 
 
クリスマスも近づき、アドヴェントと呼ばれる時期に入ると、ヨーロッパの各都市ではバッハ、ハイドン、モーツアルトなどの音楽を小さな編成のオーケストラで演奏するコンサートが多数開かれます。
ぼくが留学していたミュンヘンでも、ミュンヘン・フィル、バイエルン放送交響楽団など一流のオーケストラ・メンバーたちが交互にソリストとして登場して、こうした演奏会をいっぱい、自主的に開催していました。
寒いヨーロッパの冬、イエスの生誕を待ち望む幸福で静かなクリスマスに、おおがかりな交響曲とは違った室内オーケストラの家庭的サウンドは、とてもよく似合っていたものでした。
 
今回、東京でもこうしたコンサートを実現したいと考え、N響の仲間たち、および「N響アカデミー」に学ぶ若手や、交流のある素晴らしいソリストの皆さん15人とともに、以下のごとく開催するハコビとなりました。忙しい日本の年末ですが、美しい音楽とともに心休まる時間を過ごして頂ければ幸いです。
 
平日の夜ということで、まだ客席に余裕がございます。
大勢でお越し下さい。お待ちしています。
 
 
 
12月15日
1900開演
渋谷文化総合センター大和田:さくらホール
 
「アドヴェントの贈り物」
 
茂木大輔と仲間たちの室内オーケストラ
ゴージャス・クリスマス・ガラコンサート
 
 
主催・お問い合わせ:リブロ・コーポーレション
 
03-3372-4531
 
ウエブサイト
 
 
コンサート詳細
 
・クリスマス期のバッハ・カンタータの代表作147番から「主よ,人の望みの喜びよ」で知られるコラールで開幕します。
 
・現在日本のホルン奏者の人気・実力ともにナンバー1であるN響首席ホルン奏者;福川伸陽が、モーツアルトの命日(12/5)に寄せて、「ホルン協奏曲第1番」を演奏します。この曲はモーツアルトの死後に弟子のジュスマイヤが補筆、中間部に「エレミヤ哀悼の賛歌」を挿入していることから、「ホルン協奏曲のレクイエム」とも言われています。今回、管楽器パートには茂木が編曲を施して、オルガンの響きに近づける試みを加えています。
 
・従姉妹同士でユニット「Duo Prima」を結成していることでも知られる、ヴァイオリンのソリスト礒絵里子と、仙台フィル:コンサートマスターの神谷未穂が、クライスラー「愛の喜び」「美しきロスマリン」「チャルダッシュ」など、よく知られたヴァイオリンの名曲を華やかに演奏します。
 
・「交響曲の父」ハイドンは106曲ものシンフォニーを残していますが、初期には僅か13人の楽団のために書かれていました。今回その時期の、美しくも繊細な第43番「マーキュリー(水星)」を取り上げます。音楽の大理石のような味わいをお楽しみ下さい。
 
・聴き所のひとつは、「おもちゃ交響曲」です。
以前はハイドンの作と考えられて来ましたが、いまではアイブラーというザルツブルクの作曲家の作品とされています。木の、子供用の楽器がたくさん登場するユーモラスな交響曲ですが、実は、18世紀当時、ザルツブルクの山にあったベルヒスガルテンという村では、こうした木製の玩具を作ることが産業として発展しており、クリスマスにはこうした木製楽器玩具のセットをプレゼントすることが流行したそうです。今回、こうした小さな楽器をN響メンバーなどが大真面目に練習して、楽しい時間を作りたいと頑張っております。お楽しみに!
 
 
・最後は日本音楽コンクール一位のフルート;竹山愛、仙台フィルコンサートマスター神谷未穂、N響オーボエ新人坪池泉美、トランペットの新進ソリスト多田将太郎が、バッハの輝かしい合奏協奏曲「ブランデンブルク協奏曲第2番」を演奏します。ピッコロ・トランペットの輝かしい響きと、オーボエ、フルート、ヴァイオリンが見事に調和する,音楽の興奮とスペクタクルの頂点は、イエスの生誕を祝うクリスマスにもぴったりの音楽・合奏の喜びそのものです。
 
オーケストラ(総勢15人)は、それぞれにソロパートを受け持ちながら合奏にも参加します。企画・お話しと指揮は、N響首席オーボエ奏者であり、指揮者としても活躍する茂木大輔(「のだめカンタービレ」クラシック音楽監修、エッセイストとしても活躍)が担当いたします。
以上
 
 

演奏曲目について

 
 

*交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K385

 

もともとは、1782年にザルツブルクの大富豪ハフナー家の依頼によって書かれたセレナーデ(BGM音楽のセット)で、翌年、ウィーンにおけるモーツアルト自身の大リサイタル(「ブルク劇場コンサート」:1783年3月23日)のために、セレナーデ特有の「行進曲」や二つのメヌエットのうちのひとつを削除して、フルートとクラリネットを加えて、4楽章形式の交響曲として作り直されました。

このブルク劇場コンサートのプログラムが手紙に残っていますが、コンサートの最初と最後にこの交響曲が書かれており、2回全曲演奏したとは(長過ぎるので)考えられないことから、楽章をバラバラにして序曲がわり、フィナーレ代わりのように用いていたと想定されています。

今日は、4楽章を連続で演奏するのではなく、コンサートのあちこちに、この交響曲を楽章ごとに用いて、当時交響曲が持っていた機能を体感して頂こうと思います。

 

第1楽章(Allegro con spirito;精気を持って快活に)

は、オクターブを跳躍する圧倒的な開始と中断、直後に続く電気ショックのようなトリルと、そこに対比される静かな弦楽器が作る主題が、爆発的コントラストと興奮を作り出すオープニング。

 

第2楽章(Andante;進みながら)

は、ハイドンが好んだ、時計のように静かに時間が進む間奏曲。

 

第3楽章(MENUETTO;メヌエット舞曲)

跳躍、中断、対比される弦楽器など、第1楽章のアイデアを受け継ぎながら、さらなる喜びに至る主部と、田舎風の「トリオ」(中間部)からなっています。

 

第4楽章(フィナーレ:Presto:非常に速く)

静かに始めておいて不意打ちに大きくなるのは「フィガロの結婚」序曲とも似ている楽しい趣向です。モーツアルトは手紙で、「フィナーレは出来る限り速く演奏するように」と言っています。

 
 

☆ひとことメモ

 

 

・交響曲の楽章

交響曲(オーケストラのための複数楽章の音楽)を、速い>遅い>メヌエット>速いフィナーレ、という4つの楽章で作ることが一番良いと、多数の実験から示したのは、「交響曲の父(106曲現存)」ハイドンでした。ことにウィーンでは、メヌエットを含む4楽章の交響曲が定番となり、それはベートーヴェンの9つの交響曲を作る基礎になり、以降ほとんどの作曲家の交響曲に踏襲されました。ピアノなどの協奏曲は,3楽章形式が基本になっています。

 

 

Kの意味

モーツアルトの作品名の最後には、K、または、K.V.という記号があって、大抵三桁の数字が続いています。これは、19世紀のケッヘルという音楽学者がモーツアルトの全作品を年代順に並べて番号をつけたもので、「ケッヘル番号」と呼ばれています。なお、その後の研究により年代が大幅に見直されたため、ケッヘル番号は幾度か大規模な変動を受けています。

 

・トリオ

当時ウィーン風の交響曲やセレナーデ、弦楽4重奏曲は第3楽章にメヌエットを持つのが普通でした。メヌエットは3拍子の宮廷舞曲で、A-B-Aという構成になっています。このBにあたる中間部を「トリオ」と呼びますが、これは文字通り管楽器など3人だけで演奏したことが語源になっているそうです。

 

*歌劇(オペラ)「フィガロの結婚」K492より

 

モーツアルトのオペラの中でも、また、オペラというジャンル全体のなかでも最も有名なのが「フィガロの結婚」です。1786年にウィーンで初演され、その後プラハ(チェコ)でも爆発的人気を持って上演されました。

ジャンルとしてはオペラ・ブッファ(喜歌劇)に属しており、全体的にコメディの様相が強い作品です。貴族を風刺するような毒や、エロティックな題材が随所に登場し、宮廷劇場での上演は危険をはらんだものでした。原作はフランスの劇作家ボーマルシェ、台本(イタリア語)はモーツアルトの名パートナーであったダ・ポンテでした。

舞台はセヴィリア(スペイン)、先行するパイジェッロのオペラ「セヴィリアの理髪師(のちにロッシーニも作曲)」では、床屋のフィガロが、令嬢ロジーナに恋したアルマヴィーヴァ伯爵を機知機転で取り持って、めでたく結婚させたことになっています。続編の「フィガロの結婚」では、その手柄で伯爵の従僕になったフィガロが、伯爵夫人(もとのロジーナ)の小間使いスザンナと結婚しようとしている、それを、浮気な伯爵がスザンナに横恋慕して邪魔をする、いろんな人物が入り乱れてああドタバタに・・・という物語が描かれています。今日は、モーツアルト当時のコンサートでよくあったように、このオペラからの名アリアを抜粋してお届けします。

 

オペラの台本

ケルビーノ(椅子),スザンナ、伯爵(作者不詳)

 

・序曲

 

あらゆるオペラ序曲の中でも最も有名なのがこの曲。幕開き前の劇場のざわめきや開始のファンファーレ、聴衆の笑い声までが一緒に聞こえる愉快な序曲です。同じニ長調で書かれた「ハフナー」の第1楽章、第4楽章と比較して頂けるのも楽しみです。

 

・第1幕より

 

・第6曲「ぼくは自分がわからない!」(ケルビーノ)

 

ケルビーノは、伯爵夫人のお小姓で、恋に恋する美少年です。あらゆる女性の美しさに胸をときめかせ、ことに伯爵夫人には熱烈な恋心を抱いている様子。

なお、少年の役ですがメゾ・ソプラノ(女声)に書かれており、歌舞伎の女形の反対ですね。こういうのを「ズボン役」というようです。

 
 

・第10曲「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」(フィガロ)

 

あまりにケルビーノに節操がないので、伯爵は彼を軍隊に行かせて邸宅から追い払うと宣告。がっかりしょんぼりのケルビーノをフィガロがからかって歌うアリアです。

 

・第2幕より

 

・第11曲「愛の神様、慰めて下さい」(伯爵夫人) 

 

いっぽうそのロジーナ(伯爵夫人)は、あれほど熱愛してくれた伯爵の愛が冷めて、自分の小間使いスザンナに色目を使っていることを悲しんでいます。

ドタバタの第1幕では登場しなかった伯爵夫人が、2幕の幕開けにいきなり歌うこの曲の美しさは、クラリネットの澄んだ音色と相まって、ストーリーの軽薄さと関係なく聴き手の深い感動を誘います。

 
 

・第12曲「恋の悩みを知る御婦人なら」(ケルビーノ)

 

名曲の多い「フィガロの結婚」のなかでも最高峰の名曲。

スザンナの弾くギターの伴奏で、ケルビーノが伯爵夫人への恋を歌う。

フィガロはケルビーノを女装させてスザンナのかわりに伯爵と密会に行かせる計略。

 

・第3幕より

 

・第18曲「訴訟に勝っただと?」(伯爵)

 

フィガロの計略で、伯爵夫人が浮気をしているという手紙が来たり、スザンナが密会に応じたり、フィガロを別人と結婚させるための訴訟を企てて混乱している伯爵が、フィガロへの嫉妬と復讐の喜びを誓う。浅井さんには、伯爵とフィガロ、二役を演じて頂きます。

 
 

・第19曲「あの美しい思い出はどこへ」(伯爵夫人)

 

ケルビーノを行かせる計略が失敗したので、夫人は今度は自分とスザンナが衣装を取り替えて逢い引きに行くことにする。小間使いの服を着てまで夫の浮気を防がなくてはならない自らの悲しい運命を嘆き、美しかった恋の想い出を懐かしむ。叙唱(レチタティーヴォ;語るように歌うこと)〜ゆっくりな回想〜速いフィナーレ、と3段構えになった大アリアです。

 
 

・フィナーレ「フィガロの結婚」の結婚行進曲

 
 

結婚式での結婚行進曲といえば、メンデルスゾーン(「真夏の夜の夢」)や、ワグナー(「ローエングリン」)が有名ですが、「フィガロの結婚」にも、可愛く美しい結婚行進曲が出てきます。オペラの中ではフィガロが楽隊を連れてきて、早く式を上げさせてくれと伯爵にせがむシーンで使われ、実際の結婚シーンではありませんが・・・これからお式を予定されている方、御参考に!(笑)

 
 

*交響曲第40番ト短調K550

 

モーツアルトには41曲の交響曲が残されている(37番は序奏のみ)ということを書きましたが、そのうち、短調で書かれているのは第25番とこの第40番の2曲だけ(いずれもト短調:gm)です。どちらかと言えばBGM的な機能が期待されていた当時の交響曲に、深刻な表情の短調は似合わなかったのでしょう。旅先での公開演奏会や、地元の音楽仲間との家庭的集いを想定していたモーツアルトのシンフォニーは、そのほとんどが明るく活発な表情をたたえていたわけです。

ただし、ひとつの宮廷でずっと70曲以上の交響曲を書き続けていたハイドンには、早い時期から「鑑賞の対象」としての交響曲を書く立場が与えられ、「疾風怒濤」と言われる短調交響曲も一時期集中的に作曲していました。ハイドンを尊敬していたモーツアルトの第40番にも、その影響は当然現れているはずです。

先述した、「後期3大交響曲(39,40、41番)」は、モーツアルト32歳の1788年に、6月26日から8月10日までの、わずか6週間という奇跡的な短期間に集中的に作曲されているのですが、この3曲は明らかにひとつのセットとして構成されていました。堂々たる序奏(イントロ)を持ち、ファンファーレ風に開始される39番変ホ長調と、フィナーレに「ジュピター」の異名をとるきっかけになったと思われる偉大な宇宙的フーガを持つ41番ハ長調の間に挟まって、もっとも小さな楽器編成の、繊細で情熱的なこの第40番ト短調が挟まっているのです。

このセットの目的が「連続して演奏する」ことではなかったのは前述したような当時の習慣からはほぼ確実で、さらに貧しかった当時のモーツアルトが演奏する(=収入)の宛もなく作曲するとは考えられないので、セット出版、大きな演奏会シリーズ、または献呈などが作曲の理由と想像されています。なぜ、これらが書かれたのかについては何も資料が残されておらず、演奏されたという具体的な記録もないために、モーツアルトを神秘的にとらえようとした19世紀には、「聴くこと無く世を去った」という伝説も作られていました。

しかし、この第40番には、スコア(楽譜)の最終ページ以降に、クラリネットを2本追加して、その分オーボエのソロを減らすなどした改訂稿が書き付けられており、演奏する機会なく改訂することはさらに考えられないため、「どこかでは演奏された」と考えるのが自然でしょう。

この作品は、その異様ともいえる集中力、緊張感、激情や深い悲しみ、それに差し込んでくる癒しの光など、ベートーヴェンを始めとする後世の作曲家に、あまりにも深い影響を与えてきました。ベートーヴェンは、「運命」を作曲中のスケッチ帳にこの40番のフィナーレの旋律を書き写し、そこから運命の第3楽章を作っているほどです。N響に客演していた名指揮者で作曲家でもあるアンドレ・プレヴィン氏は、「ぼくは、ほとんどの曲はどこか直したくなるのだが、この曲だけは一カ所もそれが見つからない」と激賞し、頻繁に指揮していました。

第1、第4楽章には「フィガロの結婚」で好色な伯爵がスザンナの寝室のドアを叩く「どんどん」という恐ろしい音や、ケルビーノの息苦しい悩み、ため息が聴かれ、第2楽章では後の「魔笛」でタミーノ王子が初恋を感じる甘い瞬間につながる旋律も見られます。また第3楽章のメヌエットはもはや宮廷舞曲ではなく、前衛的な音楽の実験ともいえる厳しい表情を持っています。

創作当時モーツアルトにとって3部作の中間地点であったかも知れないこの交響曲は、結果的に音楽史の中での交響曲の位置づけを大きく進化させる価値を持ち、後世から見れば彼のオペラやピアノ協奏曲で培った声楽・器楽の表現を集大成した作品とも言えるでしょう。演奏前に、幾つかのポイントを解説してお聴き頂きます。お楽しみに!

 
 

(茂木大輔)*無断転載を禁ず

 
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プログラム解説(茂木大輔)
 
*モーツアルトについて
 
ウォルフガング・アマデウス・モーツアルト(1756-1791)は、すべてのクラシック音楽の作曲家の中で、最も人気のある一人です。(ほかに、ベートーヴェン、ショパンなどが人気の横綱ですね。)これは作品がとても優しく、心地よく、気品があり、軽やかで聴きやすいということのほかに、幼少時から天才少年として世界中を回りながら、わずか35歳で貧困のなか、病死してしまったという悲劇的な人生のイメージも、その透明で深い悲しみをたたえたような作風と一致して聴かれているのかもしれません。
オーストリアのザルツブルクで、宮廷音楽家の父親のもとに生まれて英才教育を受け、ピアノの名手として即興演奏や作曲も披露しながら、音楽の本場イタリア、宮廷文化の中心地パリ、最大の大都市ロンドンなど、文字通り全ヨーロッパを公演して歩きながら成長しました。(そのため、モーツアルトは学校に行けませんでした。)旅が多かった故に残されている膨大な手紙(書簡)には、母国語のドイツ語のほか、幼少時から自然に話していたイタリア語、フランス語などが頻繁に書かれています。15歳頃にはすでにオペラの本場ミラノ(イタリア)で委嘱を受けてオペラを作曲、その後毎年新作を依頼されるなど、世界中の音楽を子供時代から呼吸して育ったモーツアルトの作品は国際的で、ことに、ドイツ的な形式の中にイタリア風の美しい旋律を自然に一体化していることが大きな魅力になりました。
当時、音楽家として生きて行くためには宮廷に就職することがほとんど唯一の道で、さらに大きな作曲を仕事にするためには宮廷楽長になることが条件でしたが、モーツアルトはなかなかその就職先を決めることができないまま、二十歳を過ぎても故郷ザルツブルクで無理解と冷遇に甘んじていました。25歳のときついにウィーンで上司コロレード伯爵と訣別して飛び出し、以後、ウィーンで結婚・定住して、一時は演奏会が大人気を博したものの、以後は貧しく、亡くなるまで様々な小さな依頼仕事をこなしながら、フリーの音楽家として活動したのです。
 
*モーツアルトの作品
 
 
こうした人生のあり方と、18世紀末という時代の特徴から、モーツアルトの作品の主要ジャンルは、後世の作曲家と少し異なっていました。重要と思われるものから書いてみましょう。
 
・オペラ
モーツアルトの最大ジャンルです。イタリア滞在経験を生かし、歌手の声を存分に歌わせながら、感情の機微を描き出す音楽をこまやかに作り出すことができたこと、若くしてすでに相当の経験を積んでいたことから、作曲を依頼されるケースがあったのが要因。本人もまず第一にオペラを書きたかったようです。イタリア語の宮廷型のオペラ「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」などと、庶民向けのドイツ語の歌芝居「後宮からの逃走」「魔笛」など、両方のジャンルに不動の名作を残しています。テレビのない時代、歌劇場は唯一の夜の娯楽であって、町中の人が集まる場所でした。大人数の歌手や舞台を含む大作を一人で作り上げるオペラ作曲家は、現代の映画監督のような立場・快感だったのではないでしょうか。
 
・ピアノ協奏曲
モーツアルトは何をおいてもピアノの名手で、そうした自分自身をアピールするためには、オーケストラをバックに自分が独奏するピアノ協奏曲は最強のツールでした。少し前のバロック時代にはチェンバロという音量の弱い、またにニュアンスのつかない鍵盤楽器しかなく、バッハなどが室内合奏用の協奏曲(編曲)を残してはいましたが、モーツアルトの時代になって次第にピアノフォルテ(ピアノの正式名称:強弱がつけられるという意味)が発達して、公開演奏会での独奏楽器として立派に活躍できるようになったことも作用していたと思われます。モーツアルトは27曲ものピアノ協奏曲を残しており、ショパンの2曲、ベートーヴェンの5曲、ブラームスの2曲などと並んで、今日でも重要なレパートリーになっています。中でも、ニ短調(20番)、ハ短調(24番)など短調で書かれた協奏曲は、後世の交響曲に匹敵するような精神力を持っています。
なお、ヴァイオリンや、フルート、クラリネット、ホルンなどの管楽器のためにも協奏曲は書かれており、それぞれに素晴らしい貴重な作品です。
 
・交響曲
もしベートーヴェンの主要ジャンルを語るならば、「交響曲」は何を措いても最も重要とされることでしょうけれども、モーツアルトの場合には少し様子が違っていました。8歳のときに書いた「第1番」から32歳で書いた最後の「3大交響曲」まで、現存している交響曲は41番までありますが、今日、一般的に演奏されるのは後期の5〜6曲、ことに最後の3曲に限定されています。
これは、モーツアルトの時代に交響曲が持っていた役割が、メイン・プログラムというよりは「脇役」であったことが理由と考えられます。そのため、今日の大きなオーケストラで大ホールで集中して聴かれる対象としては、初期〜中期のモーツアルトのシンフォニーは、ちょっと「気楽」に感じられるものが多くなっているのです。
当時、コンサートのメインはあくまでもオペラ歌手たちの華やかなアリアや、楽器の名人芸を披露するヴィルトゥオーゾたちで、「シンフォニー(交響曲)」は、そのどちらをも含まない器楽(のみ)の音楽として、幕開けや休憩時間代わりに演奏されることが多かったようです。ベートーヴェンやチャイコフスキーの交響曲を楽章ごとにバラバラにして演奏することなど今日では考えられませんが、当時はBGM的に自由に使われていたと思われます。
事実、今日演奏する第35番「ハフナー」は、もとは6楽章あるセレナーデ(祝宴のためのBGM)でしたし、娯楽・祝宴用音楽である気軽なセレナーデ、ディヴェルティメントなどと交響曲は、当時はとても似通ったジャンルだったのです。
しかし、モーツアルトがこのジャンルに真剣に取り組んで深い内容の作品を残すようになったのは、ウィーンでの予約演奏会が不調となって、ピアノ協奏曲などの需要がなくなった時期に重なっています。後期3大交響曲(39,40、41番「ジュピター」)が深刻で大規模な内容をたたえているのは、は、あのビートルズがコンサートを停止してレコード録音に集中した時期から急に素晴らしいアルバムが生まれたように、公開演奏できなくなったモーツアルトの創作意欲が注ぎ込まれたからだったのではないでしょうか。
 
*ほかのジャンル
 
「トルコ行進曲」を含むピアノ・ソナタなどのピアノ音楽は可憐で深淵な名曲の宝庫であり、ミサ曲,「レクイエム(未完:絶筆)」などの教会音楽や、弦楽4重奏、5重奏、ピアノや管楽器を含む室内楽など、創作は多岐に渡っていました。オペラが素晴らしいことは勿論ですが、ほかの作曲家のオペラのために、特定の歌手を想定した「差し替えアリア」などとして書かれたり、オペラの場面を設定した上で単独に書かれる「コンサート・アリア」には名曲が多く、当時の舞台を華やかに彩った名歌手たちの声を今日に伝えています。
 
 
まもなく、(2・11:祝日)新進気鋭、愛知室内オーケストラを指揮します。
今回のテーマは「パリ」。
19世紀にまさに一世を風靡していたパリのオペレッタのほとんどは今日上演されることがありませんが、その歴史の淘汰を生き延びて不夜城パリの空気を今につたえるオッフェンバック「天国と地獄」の素晴らしい序曲。
フランス(ベルギー)で生まれ、またたくまに木管楽器の歴史を塗り替えた新しい楽器サクソフォンの歴史、そのデビューから現代における最新の作品までを網羅。
初めて(有名曲で)管弦楽にサクソフォンが用いられたビゼ「アルルの女」より第2組曲。
サクソフォン用法においても神であったラヴェルが「展覧会の絵」でアルト・サックスを用いた「古城」
20世紀フランスの華麗な作曲家、イベールの「室内協奏曲」(割くドフォン協奏曲)は、サックスと管弦楽の共演の最大傑作!
さらに、現代日本で最新の音楽を追求する旭井翔一作曲のパガニーニ・リミックス 。
「パリ」と「サクソフォン」、ふたつの軸をテーマに、今年から常任指揮者新田ユリを迎えて新時代を開く気鋭の「愛知室内オーケストラ」が、どんなサウンドを聴かせてくれるのか本当に楽しみです。
ほかに「カルメン」「亡き王女のパパーヌ」などの名曲も聴けます。
サクソフォンの独奏は一宮管楽器コンクールで優勝した松下洋。とてつもない超絶技巧の「パガニーニ・リミックス」は彼のための作品でもあり、オケ中でのサックスもすべて担当するマルチぶりで演奏会全体をリードします。一期一会、聞き逃せない演奏会です。是非お越し下さい。
http://www.ichinomiya.hall-info.jp/…/bisai_e…/pdf/150211.pdf

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