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ローマの地下墓地。キリスト教徒迫害の時代にあって生き延びた信者たちの墓は地下に設けられたという。「こびと」が地下の財宝を守る妖精であったが、ガルトマン(絵を描いた建築家:ムソルグスキーの友人)の地下墓地を探索する自画像(といっても描かれている人物は複数)はカンテラを手にして幻想的。
頭蓋骨がうずたかく積まれた地下墓地はおれもエッシエンバッハに連れられてリンツの聖フローリアンの教会で見た。
この音楽は、その描かれている情景に負けず劣らず特殊で不気味で異様だ。
調性をロ短調と判定したのは最初にフェルマータする「73」の前のドミナントからと調号だが、なんとこの調号はラヴェルの追加。ムソルグスキーにはなかった。
これはかなり指揮者としては重要な情報で、この調号を見て振る(演奏する)のと調号無し、すべて臨時記号で演奏する(ピアニストはそうしているわけ)のは大きな響き、イメージの違いになる。
リモージュの大騒ぎから突然投入される音は3オクターブのHの音。ここから、3つのフェルマータつきオクターブ音を経て、4小節目に和声がついて動き始める(といっても音符は全音符)Fis音まで、H-G-G(上)-Fisと、4つの音が最上声部に連続するがこれが十字架音型を持っている。
このときのバスはDなので、普通ならここがD7のドミナントになってG-durを構成するように聞こえるのだが、増4度を構成するCの代わりにHが鳴っているためにその機能はなく、むしろロ短調に近く聞こえる。
ここからバスは8音にわたって長い順次の下降線を描く。
まず半音階で5音(そこがBbでフェルマータ)つぎに全音を一度含む半音階で3音、再びフェルマータ。ここが先程述べたBmのドミナントに聞こえる音。(「73」の1小節前)ただしこれは聴覚のトリックで、この音は3音がなく空虚5度。
ここまでが前半になる。
*最初のファンファーレ(1〜3小節)ユニゾン、G-durの固有音
*下降バスの前半(4〜8小節)ff-p>ff-p>ff(フェルマータ)と、強弱による打撃3度。すべて不協和音。
*下降バスの後半(9〜11小節)9小節で初めて通常の和音(D)が2転とはいえ出現するのが救い。つぎが長7、収まりは空虚5度(先述)。和音のエネルギーは下降の前半に比べて弱まり、音量も衝撃を含まず、落ちてゆくだけ。
ムソルグスキーはここにダブルバーを引いている。
全体における後半は再び3和音のGから始まる。後半の特徴はバスが動かないオルゲルプンクト的であることで、まず小節間がG,つぎが8小節間のA(3拍目でG)、そこから2小節G,そのあと最後まで6小節間がFis.
これまた長いとは言え下降線を作っているのも気になる。
まず全体の後半は
*ファンファーレ(12〜14小節)3発ともff.G,Gmの固有和音。バスもG.*旋律的部分:(15〜22小節)(ラヴェルではトランペット・ソロ)A7sus4からdmを目指し、旋律(教会的?)はgmに向かっている。
全体の前半の不協和音群に比較して、Gmに統一されている調性感、バスの安定した状態。音量は<>、(カンタービレ)頂点は旋法的なGmsus4/Aにある。
しかし:
後半の後半は
*奇跡的転調(23〜24小節)いきなり変ホ長調の和音が輝かしく響く。転調にも驚くが、この楽章での最高音域が使われていることも目立つ。墓場に差し込む陽光か、奇跡の象徴か。
すぐにハ長調がpで。音域も再び沈む。
*終結(25〜30小節)
再び不協和音の、視覚的にはっきり見えない暗闇に戻る。低音域でのロシア的男声合唱。
ここではバスがFisのオルゲルプンクト(保続)にあるが、上部3声が揃って下降する中、半音階的に上昇するテノールが目立つ。(ラヴェルでは第4ホルン:ラヴェルはこの箇所を4つのホルンとバスのみで表現している。)
聴覚の予測は最終小節でソプラノがCisに下降し、C#mへの半終止、またはF#mへの全終止になることを感じるが、(直前はE#dim7/F#)実際はソプラノはdにとどまってしまい、低音域がBm/F#、上3声はE#dim7のままのクラスター的複調(不協和音、機能判別不能)でこの楽章はつぎのBmプロムナード( F#の高音域が開始)に進んでゆく。この音の苦しさをラヴェルはタムタムを一発鳴らすことで強調している。
全曲を通じても、最も創造的で異様な音楽であり、前半の「こびと」と対照をなし、また「バーバ・ヤーガ」への精神的準備を充分に作っている。
そのバーバ・ヤーガ〜キエフをクライマックスの解決と見るならば、リモージュ〜カタコンベの落差は、それを準備する夜明け前の暗闇ということになるだろう。作曲の1874年はブラームスの交響曲第1番に2年、チャイコフスキーの交響曲第5番に14年間も「先立っている」ことを思えば、ムソルグスキーの天才を知るには充分であろう。この曲がピアノ曲として発表されてからラヴェルが編曲(1922)して全世界を席捲するまで、半世紀もの時間がかかったのも理解できる。
少しは考えて振らなくては、天才とその作品に申し訳ないのだ。
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