|
「展覧会の絵」指揮ノート
(09年4月28,29日、西宮指揮予定:大阪センチュリー交響楽団)
展覧会の絵の中核は「ブイドロ」にある、という観念は、これを指揮した指揮者はみんな思うのではないか。シンメトリーの中心にあって、規模も、音量も、繰り返しのオスティナートの力も、ほかの曲からは群を抜く。さらに置かれている位置の重要性。「チュルリー」の明るい空気から一転する地獄、終ったあとのプロムナードの悲しみのニ短調。
ブイドロ(牛車と訳されること多し)は、
プロムナードを含むと全15曲の7曲目。(まさに中心にある)
含まず、ナンバーのある曲目で数えると10曲のうち4番目になる。
ただし。7のリモージュ市場〜8のカタコンブ、9のバーバ・ヤーガと10のキエフの大門は連続して演奏されているので、聴覚的段落としては8曲の4番目になる。(原曲にあるプロムナードの見落としについて後述)
スメント風(バッハ受難曲のシンメトリー構造を解析、発見した)に分析するならば:
以下外枠(曲の開始<>終止)から内枠へ
冒頭のプロムナード<>フィナーレとしてのキエフ(ことに最終部分でのプロムナードの回想)が大枠
1こびと<>9バーバ・ヤーガ(どちらも不気味な伝説中の生物)
2古城<>8カタコンブ(古代回想)
3チュルリー公園<>7リモージュ(どちらも子供と主婦の楽しい喧騒である)
中央にブイドロとひな鳥、サミュエル・ゴールデンベルクが残る。
「ひな鳥(希望、生命力、ひ弱なものへの愛情の視線)」を中心に
貧困、原罪、宿命、苦痛、労働、おそらくは人種や死をみつめた「ブイドロ」と「サミュエル・ゴールデンベルクとシュミレ」が配置されている。
マタイ受難曲での「愛よりきたりて」(バスのない編成)を、「十字架につけよ」の叫びが縁どるように、重苦しい2曲が「ひよこ」をはさんで中核を成している。
ひよこの楽器編成にはコントラバスがないのも印象的。ただしマタイでは唯一「愛よりきたりて」で通奏低音を休ませたのに対し、「展覧会」のチュルリー、リモージュもコントラバスを欠いている。
もちろん楽器法はラヴェルによるものでムソルグスキーの本来の構成プランとは直接関係がないのだが、「重量・軽量」ということから言うならば、最軽量のひよこを中心に、外枠に向かって、「重・軽・歌・不気味・(開始と終結)」という順番で広がってゆく見事なシンメトリーを構成していると言えるだろう。指揮者としての重点はしたがってブイドロから開始される3曲、ことに最重量級のブイドロにある。音量もこの音楽でひとつのクライマックスを迎える。(ムソルグスキー:”con tutta forza,ラヴェル:fff)
バーバ・ヤーガの不気味な鶏の足を持つ時計小屋が、「ひよこ」の変容ではないかと今更に思う。また、「こびと」の原画とされるスケッチには、ついたての向こうにいるグノムの可愛い脚が描かれている。この3つの外枠+中心+外枠が、展覧会の絵の「脚関連中核構造」なのかもしれない。
調性構造から見た「展覧会の絵」
2009年02月12日01:59
冒頭プロムナード:Bb
(6音から開始してPentatonic,旋法的)
1:こびと:Ebm(4m)
プロムナード:Ab(4度)
2:古城:G#m!!!(同名異音的)
プロムナード:B(平行調)
3:チュルリー:B(同じ)>ロ長調に安定
4:ブイドロ:G#m(2と同じ:平行調に戻る)
プロムナード:dm(遠隔調で非常に唐突>印象が強い)
5:ひよこ:F(平行調)
6:サミュエル・ゴールデンベルク:Bbm(4m:近親:旋法的)
7:リモージュ:Eb:(5度調)
8:カタコンブ:一応Bm>この曲の調性は非常に不安定。BmはEbから最も遠い増4度の短調で、最後の小節から増4度を繰り返して撹乱している。(明るい市場から地下の墓場へ。雰囲気が突然暗くなる)
死者の言葉で:Bm(そのまま。ここでは確立的)〜B(ロ長調)
9;バーバ・ヤーガ:この曲の調性も旋法的で不安定だが、調号の上からはC。ただしCmとの間を揺れ動く。中間部もC。ダ・カーポ時にGの連打がああることで初めて調感覚が作られる序奏部は、前のロ長調からの推移的。コーダはEbを強めてキエフを準備。
10:キエフ:Eb。(Cmの平行調)
基調を、Eb系に置く。こびとのEbm,リモージュのEb,キエフのEbでの終結。
プロムナードの最初は旋法的でそこへの導入的な5度調。
近親調、同名異音を繰り返し(というか、古城はおそらく本当はAbm?)フラットが7個つきますが・・・
前半はB(ロ長調)に安定。
ひよこの、唯一登場する明るいF,サミュエル・ゴールデンベルクのBbmを経てリモージュの主調Ebに至り、そこから調性構造の後半となる。
キエフでのEbの確立の解放感を強調するかのように、カタコンブ、バーバ・ヤーガともに調性は不安定。安定しているのは死者の言葉でのBm.(前半に呼応している)ドラマ的に見れば、調構造の比較的平和な前半、最も明るい中央部分、不安定な後半、最後のキエフでの確立と終止、ということになる。
その意味から大きな段落を作るのが、やはりブイドロに続くプロムナードのdm.ここはオーボエのソロもあるために印象が強いが、チャーバに書かれた(ラヴェル)低音の泥臭い響きと、木管(ラヴェル:原曲の高音域)の空気感の対照も非常に強い区切り(後述)である。
つぎの接続はなんといってもリモージュからカタコンブ(既述)の落差。
バーバ・ヤーガでねじ曲げられてゆく調性、キエフに入った瞬間の幸福感、輝き。
音楽のドラマとしても、前半やや冗長(古城周辺)で後半がイヤというほどドラマチックなのが展覧会の絵なのであり、中央にブイドロ〜ひよこ〜ユダヤ人という極端に対照された3つのセットが挟まっていると考えられるだろう。
早書きで完成したことが有名な曲だし、冒頭と終止の調が違うなどアマチュア的なのかと誤解していましたが、この方も非常になかなかやることをやっているのでした。ムソルグスキーおそるべし。
2009年02月12日 02:07
数分間考えたが:
やはり「古城」はAbーmollではないか。
そう思って指使いを変えたりして、そう音程を取ってもらったら、あの曲の演奏にともなう不思議なイヤさが、全部消えて行くような気がするのだ。
同名異音で転調しても、まずは古城はAb-moll,そしてプロムナードはCb-dur開始で途中からH-dur,そして今度こそブイドロのGis-mollに至るのが正しいのではないか。表記の都合で「古城」はGis-mollに書かれているだけなのかも知れない。イタリア風、古代の歌、主役のアルト・サクソフォーン、イングリッシュホルン(これらの楽器はラヴェルはフラット系で表記している)オーボエ・ソロ(36,45小節)のあのDis-Cis-Hというイヤさは、Eb-Des-Cesならなんでもないではないか!
注釈
チャーバ;ミスプリです。
チューバのことだったんだが、何だかロシアの楽器みたいだ。チャーバ。
念のため。同じ音でも、フラット系に取れば甘く柔らかに。シャープ系に取れば輝かしく固くなる。やたらシャープのある古城の楽譜からあの甘いアリアの雰囲気を作るのにいつも違和感があった。
センチュリーで試します。
追記
プロムナードの見落としと模式的楽章構成(接続法)
2009年02月12日11:08
ムソルグスキーの原曲では、ラヴェルが管弦楽版でカットしたもうひとつのプロムナードが
6:サミュエル・ゴールデンベルク
と、
7:リモージュ
の間に存在していたのをすっかり忘れていた。
この曲を計算に入れなくては、ムソルグスキーの本来の構成意識は見えない。
1:シンメトリー構造について
全曲の曲数は(プを含む)16曲、プを含まないと10で同じ。
一昨日の:
>>>
1こびと<>9バーバ・ヤーガ(どちらも不気味な伝説中の生物)
2古城<>8カタコンブ(古代回想)
3チュルリー公園<>7リモージュ(どちらも子供と主婦の楽しい喧騒である)
中央にブイドロとひな鳥、サミュエル・ゴールデンベルクが残る。
には変更なし。ただし、全体での中核構造(4〜6)の位置は、やや押し上げられることになる。
むしろ重要なのは調性構造であって、
2:調性構造
サミュエル・ゴールデンベルクのBbmから、リモージュのEb(主調?)に移る前にこのBbのプロムナードがあることは、冒頭のプロムナード(Bb)〜こびと(Ebm)の関係を再度繰り返していることになるので、大枠の構造としてEbを用いていることがより強固に感じられるだろう。
現在シンメトリーの中核部分として論じている4〜6のあとに冒頭と同じ調、雰囲気のプロムナードをもう一度演奏することは(おそらくそれゆえにラヴェルはカットしたと思われる)、そこに「接続」ではない大きな段落を作ることになる。
昨日「段落」として紹介しているブイドロ(Gis-moll)からプロムナード(dm)への接続は、むしろ遠隔調であるがゆえに段落するのではなく緊張を持って転換する「接続」なのであるが、原曲ではこの6〜7の間には管弦楽版にない大きな段落(休み)があった、ということになる。
誤解を恐れず「楽章」という概念を持ち込んで段落と接続を上位構造的に分析してみると結果はつぎのようになる。
〜は全終止による曲の通常の連続、
>は半終止やアタッカなど音楽的連続。
第1楽章(Eb)
序奏部(プ)〜こびと
第2楽章(B)
プ〜古城~プ>チュルリー
第3楽章(中核部分:シンメトリーの中央、更に中央にひよこ)(G#m~F-Bbm)
ブイドロ〜プ>ひよこ〜サミュエル
第4楽章(Bb-Eb~(3度転調)ーB)
プ〜リモージュ>カタコンブ>死者の言葉
第5楽章(C~Eb)
バーバ・ヤーガ>キエフ
・ サミュエルからつぎの(カットされた)プは同主調近親調で接続感が強い。(だろう)
・死者の言葉のロ長調の終止は先(FisがGに進む)を聞き慣れた耳には半終止、アタッカのように聞こえている。
茂木大輔
無断転載を禁じます。
|