茂木大輔:もぎ議録

クラシック音楽は理解して聴けば感動100倍!が活動のモットー。まずは自分が理解しよう・・・(笑)

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2015年03月

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演奏曲目について

 
 

*交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K385

 

もともとは、1782年にザルツブルクの大富豪ハフナー家の依頼によって書かれたセレナーデ(BGM音楽のセット)で、翌年、ウィーンにおけるモーツアルト自身の大リサイタル(「ブルク劇場コンサート」:1783年3月23日)のために、セレナーデ特有の「行進曲」や二つのメヌエットのうちのひとつを削除して、フルートとクラリネットを加えて、4楽章形式の交響曲として作り直されました。

このブルク劇場コンサートのプログラムが手紙に残っていますが、コンサートの最初と最後にこの交響曲が書かれており、2回全曲演奏したとは(長過ぎるので)考えられないことから、楽章をバラバラにして序曲がわり、フィナーレ代わりのように用いていたと想定されています。

今日は、4楽章を連続で演奏するのではなく、コンサートのあちこちに、この交響曲を楽章ごとに用いて、当時交響曲が持っていた機能を体感して頂こうと思います。

 

第1楽章(Allegro con spirito;精気を持って快活に)

は、オクターブを跳躍する圧倒的な開始と中断、直後に続く電気ショックのようなトリルと、そこに対比される静かな弦楽器が作る主題が、爆発的コントラストと興奮を作り出すオープニング。

 

第2楽章(Andante;進みながら)

は、ハイドンが好んだ、時計のように静かに時間が進む間奏曲。

 

第3楽章(MENUETTO;メヌエット舞曲)

跳躍、中断、対比される弦楽器など、第1楽章のアイデアを受け継ぎながら、さらなる喜びに至る主部と、田舎風の「トリオ」(中間部)からなっています。

 

第4楽章(フィナーレ:Presto:非常に速く)

静かに始めておいて不意打ちに大きくなるのは「フィガロの結婚」序曲とも似ている楽しい趣向です。モーツアルトは手紙で、「フィナーレは出来る限り速く演奏するように」と言っています。

 
 

☆ひとことメモ

 

 

・交響曲の楽章

交響曲(オーケストラのための複数楽章の音楽)を、速い>遅い>メヌエット>速いフィナーレ、という4つの楽章で作ることが一番良いと、多数の実験から示したのは、「交響曲の父(106曲現存)」ハイドンでした。ことにウィーンでは、メヌエットを含む4楽章の交響曲が定番となり、それはベートーヴェンの9つの交響曲を作る基礎になり、以降ほとんどの作曲家の交響曲に踏襲されました。ピアノなどの協奏曲は,3楽章形式が基本になっています。

 

 

Kの意味

モーツアルトの作品名の最後には、K、または、K.V.という記号があって、大抵三桁の数字が続いています。これは、19世紀のケッヘルという音楽学者がモーツアルトの全作品を年代順に並べて番号をつけたもので、「ケッヘル番号」と呼ばれています。なお、その後の研究により年代が大幅に見直されたため、ケッヘル番号は幾度か大規模な変動を受けています。

 

・トリオ

当時ウィーン風の交響曲やセレナーデ、弦楽4重奏曲は第3楽章にメヌエットを持つのが普通でした。メヌエットは3拍子の宮廷舞曲で、A-B-Aという構成になっています。このBにあたる中間部を「トリオ」と呼びますが、これは文字通り管楽器など3人だけで演奏したことが語源になっているそうです。

 

*歌劇(オペラ)「フィガロの結婚」K492より

 

モーツアルトのオペラの中でも、また、オペラというジャンル全体のなかでも最も有名なのが「フィガロの結婚」です。1786年にウィーンで初演され、その後プラハ(チェコ)でも爆発的人気を持って上演されました。

ジャンルとしてはオペラ・ブッファ(喜歌劇)に属しており、全体的にコメディの様相が強い作品です。貴族を風刺するような毒や、エロティックな題材が随所に登場し、宮廷劇場での上演は危険をはらんだものでした。原作はフランスの劇作家ボーマルシェ、台本(イタリア語)はモーツアルトの名パートナーであったダ・ポンテでした。

舞台はセヴィリア(スペイン)、先行するパイジェッロのオペラ「セヴィリアの理髪師(のちにロッシーニも作曲)」では、床屋のフィガロが、令嬢ロジーナに恋したアルマヴィーヴァ伯爵を機知機転で取り持って、めでたく結婚させたことになっています。続編の「フィガロの結婚」では、その手柄で伯爵の従僕になったフィガロが、伯爵夫人(もとのロジーナ)の小間使いスザンナと結婚しようとしている、それを、浮気な伯爵がスザンナに横恋慕して邪魔をする、いろんな人物が入り乱れてああドタバタに・・・という物語が描かれています。今日は、モーツアルト当時のコンサートでよくあったように、このオペラからの名アリアを抜粋してお届けします。

 

オペラの台本

ケルビーノ(椅子),スザンナ、伯爵(作者不詳)

 

・序曲

 

あらゆるオペラ序曲の中でも最も有名なのがこの曲。幕開き前の劇場のざわめきや開始のファンファーレ、聴衆の笑い声までが一緒に聞こえる愉快な序曲です。同じニ長調で書かれた「ハフナー」の第1楽章、第4楽章と比較して頂けるのも楽しみです。

 

・第1幕より

 

・第6曲「ぼくは自分がわからない!」(ケルビーノ)

 

ケルビーノは、伯爵夫人のお小姓で、恋に恋する美少年です。あらゆる女性の美しさに胸をときめかせ、ことに伯爵夫人には熱烈な恋心を抱いている様子。

なお、少年の役ですがメゾ・ソプラノ(女声)に書かれており、歌舞伎の女形の反対ですね。こういうのを「ズボン役」というようです。

 
 

・第10曲「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」(フィガロ)

 

あまりにケルビーノに節操がないので、伯爵は彼を軍隊に行かせて邸宅から追い払うと宣告。がっかりしょんぼりのケルビーノをフィガロがからかって歌うアリアです。

 

・第2幕より

 

・第11曲「愛の神様、慰めて下さい」(伯爵夫人) 

 

いっぽうそのロジーナ(伯爵夫人)は、あれほど熱愛してくれた伯爵の愛が冷めて、自分の小間使いスザンナに色目を使っていることを悲しんでいます。

ドタバタの第1幕では登場しなかった伯爵夫人が、2幕の幕開けにいきなり歌うこの曲の美しさは、クラリネットの澄んだ音色と相まって、ストーリーの軽薄さと関係なく聴き手の深い感動を誘います。

 
 

・第12曲「恋の悩みを知る御婦人なら」(ケルビーノ)

 

名曲の多い「フィガロの結婚」のなかでも最高峰の名曲。

スザンナの弾くギターの伴奏で、ケルビーノが伯爵夫人への恋を歌う。

フィガロはケルビーノを女装させてスザンナのかわりに伯爵と密会に行かせる計略。

 

・第3幕より

 

・第18曲「訴訟に勝っただと?」(伯爵)

 

フィガロの計略で、伯爵夫人が浮気をしているという手紙が来たり、スザンナが密会に応じたり、フィガロを別人と結婚させるための訴訟を企てて混乱している伯爵が、フィガロへの嫉妬と復讐の喜びを誓う。浅井さんには、伯爵とフィガロ、二役を演じて頂きます。

 
 

・第19曲「あの美しい思い出はどこへ」(伯爵夫人)

 

ケルビーノを行かせる計略が失敗したので、夫人は今度は自分とスザンナが衣装を取り替えて逢い引きに行くことにする。小間使いの服を着てまで夫の浮気を防がなくてはならない自らの悲しい運命を嘆き、美しかった恋の想い出を懐かしむ。叙唱(レチタティーヴォ;語るように歌うこと)〜ゆっくりな回想〜速いフィナーレ、と3段構えになった大アリアです。

 
 

・フィナーレ「フィガロの結婚」の結婚行進曲

 
 

結婚式での結婚行進曲といえば、メンデルスゾーン(「真夏の夜の夢」)や、ワグナー(「ローエングリン」)が有名ですが、「フィガロの結婚」にも、可愛く美しい結婚行進曲が出てきます。オペラの中ではフィガロが楽隊を連れてきて、早く式を上げさせてくれと伯爵にせがむシーンで使われ、実際の結婚シーンではありませんが・・・これからお式を予定されている方、御参考に!(笑)

 
 

*交響曲第40番ト短調K550

 

モーツアルトには41曲の交響曲が残されている(37番は序奏のみ)ということを書きましたが、そのうち、短調で書かれているのは第25番とこの第40番の2曲だけ(いずれもト短調:gm)です。どちらかと言えばBGM的な機能が期待されていた当時の交響曲に、深刻な表情の短調は似合わなかったのでしょう。旅先での公開演奏会や、地元の音楽仲間との家庭的集いを想定していたモーツアルトのシンフォニーは、そのほとんどが明るく活発な表情をたたえていたわけです。

ただし、ひとつの宮廷でずっと70曲以上の交響曲を書き続けていたハイドンには、早い時期から「鑑賞の対象」としての交響曲を書く立場が与えられ、「疾風怒濤」と言われる短調交響曲も一時期集中的に作曲していました。ハイドンを尊敬していたモーツアルトの第40番にも、その影響は当然現れているはずです。

先述した、「後期3大交響曲(39,40、41番)」は、モーツアルト32歳の1788年に、6月26日から8月10日までの、わずか6週間という奇跡的な短期間に集中的に作曲されているのですが、この3曲は明らかにひとつのセットとして構成されていました。堂々たる序奏(イントロ)を持ち、ファンファーレ風に開始される39番変ホ長調と、フィナーレに「ジュピター」の異名をとるきっかけになったと思われる偉大な宇宙的フーガを持つ41番ハ長調の間に挟まって、もっとも小さな楽器編成の、繊細で情熱的なこの第40番ト短調が挟まっているのです。

このセットの目的が「連続して演奏する」ことではなかったのは前述したような当時の習慣からはほぼ確実で、さらに貧しかった当時のモーツアルトが演奏する(=収入)の宛もなく作曲するとは考えられないので、セット出版、大きな演奏会シリーズ、または献呈などが作曲の理由と想像されています。なぜ、これらが書かれたのかについては何も資料が残されておらず、演奏されたという具体的な記録もないために、モーツアルトを神秘的にとらえようとした19世紀には、「聴くこと無く世を去った」という伝説も作られていました。

しかし、この第40番には、スコア(楽譜)の最終ページ以降に、クラリネットを2本追加して、その分オーボエのソロを減らすなどした改訂稿が書き付けられており、演奏する機会なく改訂することはさらに考えられないため、「どこかでは演奏された」と考えるのが自然でしょう。

この作品は、その異様ともいえる集中力、緊張感、激情や深い悲しみ、それに差し込んでくる癒しの光など、ベートーヴェンを始めとする後世の作曲家に、あまりにも深い影響を与えてきました。ベートーヴェンは、「運命」を作曲中のスケッチ帳にこの40番のフィナーレの旋律を書き写し、そこから運命の第3楽章を作っているほどです。N響に客演していた名指揮者で作曲家でもあるアンドレ・プレヴィン氏は、「ぼくは、ほとんどの曲はどこか直したくなるのだが、この曲だけは一カ所もそれが見つからない」と激賞し、頻繁に指揮していました。

第1、第4楽章には「フィガロの結婚」で好色な伯爵がスザンナの寝室のドアを叩く「どんどん」という恐ろしい音や、ケルビーノの息苦しい悩み、ため息が聴かれ、第2楽章では後の「魔笛」でタミーノ王子が初恋を感じる甘い瞬間につながる旋律も見られます。また第3楽章のメヌエットはもはや宮廷舞曲ではなく、前衛的な音楽の実験ともいえる厳しい表情を持っています。

創作当時モーツアルトにとって3部作の中間地点であったかも知れないこの交響曲は、結果的に音楽史の中での交響曲の位置づけを大きく進化させる価値を持ち、後世から見れば彼のオペラやピアノ協奏曲で培った声楽・器楽の表現を集大成した作品とも言えるでしょう。演奏前に、幾つかのポイントを解説してお聴き頂きます。お楽しみに!

 
 

(茂木大輔)*無断転載を禁ず

 
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プログラム解説(茂木大輔)
 
*モーツアルトについて
 
ウォルフガング・アマデウス・モーツアルト(1756-1791)は、すべてのクラシック音楽の作曲家の中で、最も人気のある一人です。(ほかに、ベートーヴェン、ショパンなどが人気の横綱ですね。)これは作品がとても優しく、心地よく、気品があり、軽やかで聴きやすいということのほかに、幼少時から天才少年として世界中を回りながら、わずか35歳で貧困のなか、病死してしまったという悲劇的な人生のイメージも、その透明で深い悲しみをたたえたような作風と一致して聴かれているのかもしれません。
オーストリアのザルツブルクで、宮廷音楽家の父親のもとに生まれて英才教育を受け、ピアノの名手として即興演奏や作曲も披露しながら、音楽の本場イタリア、宮廷文化の中心地パリ、最大の大都市ロンドンなど、文字通り全ヨーロッパを公演して歩きながら成長しました。(そのため、モーツアルトは学校に行けませんでした。)旅が多かった故に残されている膨大な手紙(書簡)には、母国語のドイツ語のほか、幼少時から自然に話していたイタリア語、フランス語などが頻繁に書かれています。15歳頃にはすでにオペラの本場ミラノ(イタリア)で委嘱を受けてオペラを作曲、その後毎年新作を依頼されるなど、世界中の音楽を子供時代から呼吸して育ったモーツアルトの作品は国際的で、ことに、ドイツ的な形式の中にイタリア風の美しい旋律を自然に一体化していることが大きな魅力になりました。
当時、音楽家として生きて行くためには宮廷に就職することがほとんど唯一の道で、さらに大きな作曲を仕事にするためには宮廷楽長になることが条件でしたが、モーツアルトはなかなかその就職先を決めることができないまま、二十歳を過ぎても故郷ザルツブルクで無理解と冷遇に甘んじていました。25歳のときついにウィーンで上司コロレード伯爵と訣別して飛び出し、以後、ウィーンで結婚・定住して、一時は演奏会が大人気を博したものの、以後は貧しく、亡くなるまで様々な小さな依頼仕事をこなしながら、フリーの音楽家として活動したのです。
 
*モーツアルトの作品
 
 
こうした人生のあり方と、18世紀末という時代の特徴から、モーツアルトの作品の主要ジャンルは、後世の作曲家と少し異なっていました。重要と思われるものから書いてみましょう。
 
・オペラ
モーツアルトの最大ジャンルです。イタリア滞在経験を生かし、歌手の声を存分に歌わせながら、感情の機微を描き出す音楽をこまやかに作り出すことができたこと、若くしてすでに相当の経験を積んでいたことから、作曲を依頼されるケースがあったのが要因。本人もまず第一にオペラを書きたかったようです。イタリア語の宮廷型のオペラ「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」などと、庶民向けのドイツ語の歌芝居「後宮からの逃走」「魔笛」など、両方のジャンルに不動の名作を残しています。テレビのない時代、歌劇場は唯一の夜の娯楽であって、町中の人が集まる場所でした。大人数の歌手や舞台を含む大作を一人で作り上げるオペラ作曲家は、現代の映画監督のような立場・快感だったのではないでしょうか。
 
・ピアノ協奏曲
モーツアルトは何をおいてもピアノの名手で、そうした自分自身をアピールするためには、オーケストラをバックに自分が独奏するピアノ協奏曲は最強のツールでした。少し前のバロック時代にはチェンバロという音量の弱い、またにニュアンスのつかない鍵盤楽器しかなく、バッハなどが室内合奏用の協奏曲(編曲)を残してはいましたが、モーツアルトの時代になって次第にピアノフォルテ(ピアノの正式名称:強弱がつけられるという意味)が発達して、公開演奏会での独奏楽器として立派に活躍できるようになったことも作用していたと思われます。モーツアルトは27曲ものピアノ協奏曲を残しており、ショパンの2曲、ベートーヴェンの5曲、ブラームスの2曲などと並んで、今日でも重要なレパートリーになっています。中でも、ニ短調(20番)、ハ短調(24番)など短調で書かれた協奏曲は、後世の交響曲に匹敵するような精神力を持っています。
なお、ヴァイオリンや、フルート、クラリネット、ホルンなどの管楽器のためにも協奏曲は書かれており、それぞれに素晴らしい貴重な作品です。
 
・交響曲
もしベートーヴェンの主要ジャンルを語るならば、「交響曲」は何を措いても最も重要とされることでしょうけれども、モーツアルトの場合には少し様子が違っていました。8歳のときに書いた「第1番」から32歳で書いた最後の「3大交響曲」まで、現存している交響曲は41番までありますが、今日、一般的に演奏されるのは後期の5〜6曲、ことに最後の3曲に限定されています。
これは、モーツアルトの時代に交響曲が持っていた役割が、メイン・プログラムというよりは「脇役」であったことが理由と考えられます。そのため、今日の大きなオーケストラで大ホールで集中して聴かれる対象としては、初期〜中期のモーツアルトのシンフォニーは、ちょっと「気楽」に感じられるものが多くなっているのです。
当時、コンサートのメインはあくまでもオペラ歌手たちの華やかなアリアや、楽器の名人芸を披露するヴィルトゥオーゾたちで、「シンフォニー(交響曲)」は、そのどちらをも含まない器楽(のみ)の音楽として、幕開けや休憩時間代わりに演奏されることが多かったようです。ベートーヴェンやチャイコフスキーの交響曲を楽章ごとにバラバラにして演奏することなど今日では考えられませんが、当時はBGM的に自由に使われていたと思われます。
事実、今日演奏する第35番「ハフナー」は、もとは6楽章あるセレナーデ(祝宴のためのBGM)でしたし、娯楽・祝宴用音楽である気軽なセレナーデ、ディヴェルティメントなどと交響曲は、当時はとても似通ったジャンルだったのです。
しかし、モーツアルトがこのジャンルに真剣に取り組んで深い内容の作品を残すようになったのは、ウィーンでの予約演奏会が不調となって、ピアノ協奏曲などの需要がなくなった時期に重なっています。後期3大交響曲(39,40、41番「ジュピター」)が深刻で大規模な内容をたたえているのは、は、あのビートルズがコンサートを停止してレコード録音に集中した時期から急に素晴らしいアルバムが生まれたように、公開演奏できなくなったモーツアルトの創作意欲が注ぎ込まれたからだったのではないでしょうか。
 
*ほかのジャンル
 
「トルコ行進曲」を含むピアノ・ソナタなどのピアノ音楽は可憐で深淵な名曲の宝庫であり、ミサ曲,「レクイエム(未完:絶筆)」などの教会音楽や、弦楽4重奏、5重奏、ピアノや管楽器を含む室内楽など、創作は多岐に渡っていました。オペラが素晴らしいことは勿論ですが、ほかの作曲家のオペラのために、特定の歌手を想定した「差し替えアリア」などとして書かれたり、オペラの場面を設定した上で単独に書かれる「コンサート・アリア」には名曲が多く、当時の舞台を華やかに彩った名歌手たちの声を今日に伝えています。
 
 

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