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今のプロレスラーはたいへんです。
素早く複雑な技の応酬と、危険な技のオンパレードに耐える肉体。 派手やかな必殺技と、パフォーマンス。
そういった全ての要素がなければ、ファンの支持を受ける事ができません。 昭和50年当時を振り返れば、男子プロレス団体は、全日本プロレス、新日本プロレス、国際プロレスの三団体のみ。 女子は全日本女子プロレスの一団体のみであった為、活躍の場が集約された分、そこまで深く、各レスラーに求めるものはなく、大半のレスラーは、ごく一部の花形レスラーにつなげる為の駒に過ぎませんでした。
ところが今は、全国に無数の団体がしのぎ合う為、各レスラーは時に、他団体にフリー参戦する事も。
どうしても自身がメインを務めれるレベルに達しないと、食っていけない状況。 レスラー意識が変わった事で、前座第一試合から、大技連発の白熱した試合が展開され、出場選手自体も、派手やかなコスチュームやパフォーマンスで客を盛り上げるようになりました。 昭和50年頃のプロレスでは、前座試合では大技使用が禁止され、大技が使えるのはサブ又はメインとされていたそうですが・・・ プロレスも変わりました。
(当時は相撲体質の要素が残り、大関にあたるのが、鶴田や坂口・藤波、横綱にあたるのが、馬場や猪木。 いかにメインが盛り上がるかが全て。 前座試合は相撲でいう十両のようなものでした)
本間朋晃の売りは、「こけし」 と言われるパフォーマンス。
倒れた相手に向かって、ダイビング・ヘッド・バットを行う際、両手を横におき、頭を傾けて、一瞬空中に止まったような錯覚を起こしながら落下。 またロープに投げて、反動でかえってくる相手に向かって、空中停止のジャンピング・ヘッド・バットを行う事も。 その時の姿・恰好が 「こけし」 そっくり。
決まれば食らった相手のダメージは大きいのですが、外れる(自爆)と、自身のダメージも大きく、その時の痛がる表情や姿が、またファンウケ・・・。 そのあたりを上手く利用しながら、会場の雰囲気を高めていくのですから、鍛えた肉体と、卓越した受け身技術がなければ務まりません。 また、おちゃらけ顔や潰れたダミ声も、「こけし」 イメージとマッチしており人気の秘密。 このあたりも売りとして意識されているみたいです。
経歴を振り返ると、高校2年時にはプロレスラーになると決め、新日本の門を叩いたそうですが失敗。
そこでアニマル浜口ジムで鍛えながら、みちのくプロレスに入団するも、人間関係に馴染めず、わすか一週間で、アニマルジムに出戻り。 その後、クレート小鹿が立ち揚げた、大日本プロレスに入団。 デスマッチを得意?として注目を浴びるようになり、フリーに転向し、全日本プロレスに参戦した際、馬場元子氏に目をかけられ入団。 武藤敬司の付き人兼、サポーターとして存在価値を高めていきます。
2006年、ヘルニアの為、長期欠場を余儀なくされた事で、全日本プロレスを退団。
主戦場を新日本プロレスに・・・。 真壁刀義率いるヒール(悪役)ユニット ” G B H ” メンバーとして活躍。
見事な嫌われぶり?により知名度・注目度が急上昇。 2010年には、プロレスリング・ノアにフリー参戦。
前述した 「こけし」 パフォーマンスもあって、今では人気レスラーとなりました。
2015年、G1=CLIMAXにエントリーするも、二年越しの17連敗という、G1ワースト連敗記録を達成。
しかし同年の、プロレス大賞(技能賞)にも選ばれる等、試合内容や盛り上げ方は一級品として評価されています。
順風満帆かに思えた2017年3月3日 沖縄大会において、邪道のグリーンキラー(ハングマンDDT)を受け、緊急搬送される事態に。 一時は四肢麻痺状態に陥る重度化となり、診断名は中心性頚髄損傷。
この間、リハビリを支えた一般女性と入籍。 鍛えた肉体が功を奏して、2018年6月23日、地元・山形大会で477日ぶりに復帰。 身長181cm 体重98kg 2018年9月時点で41歳。 今後の活躍に期待です。
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伝説のプロレスラーサイン集(日本
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