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昭和レトロに思いをよせ・・ 古き良き時代を振り返り・・

伝説のプロ野球選手サイン集

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1980年代後半〜1990年代にかけ、他球団を圧倒した西武ライオンズ。
「常勝・西武ライオンズ」 の凄さは、巨人V9に勝るとも劣らない選手層の厚さと、V9の正捕手だった森監督の緻密な野球による賜物。 
1979年(昭和54年)管理野球で有名な廣岡達朗監督を招聘。 田淵、野村克也、山崎、江夏といった実力ベテランを獲得。 松沼兄弟や石毛といった実力選手を下地に戦力を強化し、森昌彦監督就任後は、1986年〜1994年にかけ、9年間で8度のリーグ優勝。 うち6度が日本一という快挙。 唯一逃したリーグ優勝も、近鉄とのゲーム差は0.5でしたので、リーグ9連覇と言っても過言ではない強さでした。
前身は西鉄ライオンズの流れを組むクラウンライターでしたが、1978年(昭和53年)オフに、西武グループの国土計画が買収。 身売り金は当時にして14億円前後と報じられたように、買い手がつかないパ・リーグのお荷物球団を、西武が根本的に立て直した球団であり、「新生」と言う言葉がピッタシのフレッシュ球団でもありました。 
(何分、クラウン時代は練習グラウンドすら確保できず、地元の福岡大学に借りる有様。 宿舎からの送迎バス代が払えず公共機関での球場入りは当たり前。 宿舎での食費は高いとの理由で、ラーメン代程度の夕食費が支給される等、選手のモチベーションは下の下。 こんな球団が大スター江川に手を出し、即入団をお断りですから恥の上塗り状態。 スター選手もおらず、不人気時代のパ・リーグですから、買い手がつかなかったのは当然の事。)

安部理(おさむ)は1980年(昭和55年)のドラフト会議にて、西武から4位指名を受け入団。
岩手県大船渡の中学を卒業後、東北の名門 ”東北高校” に進学。 甲子園にも4度出場。 身長184cmという恵まれた体格から長打を連発し、「東北の掛布」 なる異名がついた程の打者でした。
粗削りな面が目立ち、一軍に昇格したのは4年後の1984年。 一軍に定着したのは1987年(昭和62年)以降ですので、かなり遅咲きの選手でもあり、黄金期の西武においては控え扱い。 
しかし実力派であり、1988年にはシーズン100試合以上(107試合)に出場し、8本塁打を放つ等、中核打者としても起用できる存在感を示し、西武の選手層の深さを他球団にアピールするとともに、ファンからも支持される控え選手に成長。 1987年(昭和62年)6月13日 南海戦において、山内和宏から放った初本塁打は、満塁本塁打でもありました。

1987年の日本シリーズでは、セ・リーグを制した王貞治監督の巨人と対戦。
安部理は3番・秋山 4番・清原 に続く5番(第一戦は6番)を任され、レフトで先発出場。 初戦は巨人が、西武の先発 東尾を攻略し7−3で勝利しますが、後楽園球場に移ってからの3戦、5戦(これが後楽園球場最後の公式試合)に勝利し王手で迎えた第6戦。 西武球場において3−1で巨人を破り日本一。

こういった実力選手が控えに座るのですから、常勝・西武軍団の凄さと強さは、ずば抜けていたと言えます。
意図的なのか偶然なのか・・? 常勝・西武では下位打線(特に7〜8番打者とレフト)に準レギュラーポストを設けており、固定レギュラーにとって代われるチャンスを、与えていたようです。 これにより若手や準レギュラーは発奮。 熾烈なレギュラー争いに加え、選手の向上心(意欲)も高まったとの事。

1996年オフ、チームは若返りを目的に黄金期メンバーを整理。 戦力外となり、ライバルであった近鉄のテストを受け合格。 近鉄でも控えながら、移籍1年目の1997年、81試合 173打数 52安打 2本塁打 打率301 と活躍。 当時の某スポーツ紙では、「安部が強い西武ではなく、弱い球団にいたのであれば、長年チームの中核としてレギュラーであったであろう・・」 と報じた程でした。

1999年をもって引退しますが、現役最終試合は9月23日 西武ドームだった事もあり、両チーム入り混じっての胴上げが行われる等、「縁の下の力持ち」 的な存在として、人望があった事がわかります。

=通算成績=
458安打  38本塁打  217打点  18盗塁  打率258

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西武球場に足を運ぶようになった時良く出ていました。身体も大きい左の長打も打てる選手です。ほぼレギュラーですから相手は一息つけないですね。引退の時の胴上げ見ました。安部の応援歌歌えます(笑)あと代打の切り札、森博幸も印象に残る強打者でした。他チームならクリーンナップだったと思います。この頃は燃えていたなと思います。今は年間10数試合しか球場へ行かなくなりました(笑)
今は球場では静かにblog写真を撮って酔っ払います。

2018/12/24(月) 午前 6:23 karaムク

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引退時の胴上げを生観戦とは流石ですね(笑)私も今回のブログで記事を書くにあたり、もっと出場していたのでは?と思ってしまった程、常勝・西武の中心選手でした。このような選手が準レギュラーだったわけですから、あの当時の西武が強かったわけです。某スポーツ紙が言っている通り、他球団ならレギュラーだったでしょうね。常勝軍団の一員で準レギュラーながら、トレードも戦力外もなかったわけですから、西武球団も存在価値を認めていたという事です。

2018/12/24(月) 午前 9:20 mogura

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西武という球団は設立以来、何もかも独特で個性的。歴史に例えれば
「織田信長」のような存在に感じます。名参謀・根本やしたたかな廣岡、更に森とフロント&スタッフも充実。表戦略も裏戦略もずば抜けていました。そこに大スター清原の入団。デストラーデ、秋山と強力打線は斬新でかっこよかったです。ON時代の巨人が今存在しても、レベルのあがったプロ野球に対応できないように思いますが、あの頃の西武なら、今のペナントに参加しても優勝が狙えるチーム編成が可能かと思います。守備では辻、石毛。投手力もよかったですしね。

2018/12/24(月) 午前 9:28 mogura


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